第10話 試合開始
そして試合が始まる。
俺たちのチームは後攻だ。
「今日の相手の先発は、工藤孝也なのです。彼はドラフト五位で入ってきたピッチャーで、21歳の若さで一軍デビューを果たしたのです。そして今年は防御率3.78、二勝三敗の成績を残しているのです」
なるほど。
隣に解説してくれる人がいるというのは実に言い。
何しろ、他球団の若手までは把握できていない。
おかげで野球をさらに楽しめる。
というか、ドラフト五位で入った二十一歳が、三点台か。
「しかも、彼は変化球主体のピッチングで攻めてくるのです。それぞれの変化球が特質を持っていて、無駄球などないのです。少し制球難なところと、ボールが浮きやすいところを除けば、今トッププロスペクトの一人だと思うのです」
なるほどな。中々将来性のありそうな投手だな。
「確かにそれはいいピッチャーだな」
まあ、それはいいんだが。
「やっぱり詳しすぎないか?」
「そりゃ、他球団の選手もある程度は知らないと、野球通は名乗れないのですから」
「ほお」
夢葉の目は真剣そのものだ。
やはり夢葉はガチなファンだな。
そもそもよく考えたら夢葉のアカウント。そこそこ野球のことも呟いていたな。
そこはあまり読んでなかったが、SNSでも熱心に野球のことも呟いてるのだろうか。
あ、
「てか。これやばいんじゃね」
打球がこちらに向かってくる。
しかもものすごいスピードで。
「やばいのです」
先制打者ホームランというやつか。
いきなりの失点はまずいぞ。
勝った金曜土曜も中々ローゲーム展開で、一点を争う試合だった。
一点でも惜しいところだ。
「相手の江島選手はそこまでホームランを打つ選手ではないのですけど」
「そうなのか」
「はい。だって、長打率の低い選手なのですから。俗にいうアへ単です」
「なるほど」
アへ単というのは、単打しか打たない選手だ。
確かに例年通して本塁打を打つイメージはないな。
「しかし、元々立ち上がりの悪い選手なのですから、きっと試合を作ってくれるのです」
カキーン
夢葉がそう言った瞬間、打球がフェンスに当たった。ツーベースだ。
「なあ、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫なはず……なのです」
自信持ってくれ。
俺まで不安に思ってしまう。
そして、セカンドゴロでワンアウト取ったところで、二者連続フォアボール。
ワンアウト満塁だ。
「なあ、夢葉」
「大丈夫なのですよ。たぶん」
「多分ってつけるな」
周りから、大音量のチャンステーマが流れてくる。
一応こっちの球団のホームのはずだよな。
なんだか、アウェイに感じてしまう。
「相手の球団は、ファンの応援が凄いという特質があるのです。何しろ、これでも本領発揮ではないのですから。……ちなみに146ページを見てほしいのです」
俺はぱらっと見る。すると、球団の良いところは応援が凄いところと、選手達も認めるくらいすごい応援であると、書いてある。
てか、他球団までまとめてたのかよ。
よくよく見ると、しっかりと他球団の全選手の情報も書かれてある。
「……すごいな……」
化け物レベルの情報収集力だ。
これ、もし仮に売れば少なくとも二千円レベルの価値があるんじゃ。
つーか、遠目でよくは見えないが、ピッチャーも乗ってないか?
「山岡選手は、相手の応援歌も力に変える投手なのですよ。相手の竹林選手も、二年連続二けたホームランを打っている強打者。でも、山岡選手ならきっと抑えてくれるのです」
そして、ショートゴロで一点は失ったものの、最後の打者を三振に打ち取った。
「うおおおおお」
「すごいのです」
いつの間にか大盛り上がりだ。
これを一点に抑えるってすごい事じゃないのか?
「これが球場での野球観戦の面白さなのですよ」
夢葉はドヤ顔でそう言った。
可愛い。
球場での野球観戦の先輩からの言葉だ。説得力が段違いだ。
でも忘れちゃいけないのは、最初のホームラン含めて二点失ってるんだよな。
劣勢なのは変わらない。
だが、ピンチの後はチャンスだ。抑えた流れで複数得点してくれたら良いのだが。
そして、こちらの攻撃のターンとなった。一番柳原。
いきなり痛烈な、ツーベースを放った。
「おお!」
思わず前かがみになる。
「反撃開始、なのです」
そうして二番吉原のバントだ。
「ワンアウト三塁をこちらも作ったのです。世良選手ならきっと、ランナーを返してくれるのです」
そして、夢葉は周りのファンに合わせて全力で応援歌を歌いだす。
おお、結構な美声だ。
「応援歌の歌詞なら125ページにあるのです」
俺は125ページを開き、応援歌を歌う。
周りと一緒になっている感じがして、楽しい。
そうして歌っていると、世良選手が打球を跳ね返す。だが、ショート前。
アウトを取られた。
しかし、ランナーは無事に帰り、一点を返した。
「取られたら取り返す。倍返しなのです」
お、某ドラマの名言。
「ここでマラティスなのです。きっとホームランを打ってくれるのです」
「そうだな」
そして俺もマラティス選手の応援歌を歌う。
中々特徴的なリズムだ。
正直歌っていて楽しい。
だが、力のない打球がふらふらとショートの頭に着て、キャッチされた。
「むう、悔しいのです」
「ドンマイ」
「ありがとなのです。しかし、ここからまた点を取ってくれるのです。流れを持っていかれなかったことが大きいのですから。後は、山岡選手が抑えてくれればいいのですよ。幸い次は下位打線。そろそろ調子が上がってくるのです」
しかし、その夢葉の言葉はフラグになってしまった。
下位打線にぼこぼこと打たれ、二安打一死球で、ノーアウト満塁。
隣の夢葉は「あわわ、なのです……」と、震えている。
まずいな、非常にまずい。
何しろ、二週間前に派手に大量失点したのだから。
「これってやばいよなあ」
「やばいのです。だって、二週間前に三回六失点の大炎上したのですから」
「先週は七回二失点だったから大丈夫だと思ったんだけどな」
しかもここでまた一番だ。
先程本塁打、そして二塁打を打たれた選手たち。
単純計算で、二点は追加でとられることを覚悟しなければならないか。
周りの間瀬はどんどんとボルテージが上がっている。
ここが正念場だ。
本当に球場が熱い。ここから男同士の勝負が始まるんだな。
そして一球目を投じた。隣の夢葉は祈るように手を合わせている。
「お願いなのです。お願いなのです」
一球目、見逃しストライク。
「ふう」
軽く胸にためてた息を吐き出す。
だが、まだ終わっていない。
二球目、ストライク。
三球目、ファール。
四球目、五球目、六球目、ボール。
「後一球ボール球投げたら終わりなのです」
そう嘆く夢葉。
ここはアウトに取りたいところだ。
それも三振で。
何しろ三振に打ち取れば、ランナーは進塁できないから失点を防げ、しかも見方がエラーするリスクも負わないんだから。
そして七球目ファール八球目ファール。
心臓がどきどきしている。
夢葉も同じだろうか。
そして運命の九球目。打者のバッドが空を切った。
「やったのです!!」
夢葉はガッツポーズをとった。
俺はそんな夢葉に対して腕を持っていく。
俺の意図に気が付いた彼女はハイタッチをしてくれた。
だが、まだ一アウト。ピンチは終わってなどいない。
そして二人目の打者を二塁ファールフライに打ち取った。だが、
「フォアボール!!」
「押し出しなのです」
一点を更に取られてしまった。
「しかも次のバッターは、昨年54本塁打で本塁打王を取った、若き大砲なのです。これはもうきついのです」
流石に俺も知っている選手だ。
山村勇。二十二歳ながらすでに通算100本塁打を記録している選手だ。
「あ」
初球を持ってかれてしまった。
満塁ホームランだ。
「うわああああああああ、なのです。伸びないでほしいのです」
だがもう、感じ的に入ること間違いなしだ。
見事に、スタンドにぶち込まれた。
「泣きたいのです。こんなの無理なのです」
そう夢葉は俺に抱き着いてくる。
「頭撫でてほしいのです」
「よしよし」
「ありがとうなのです」
これで六点差。先週の六失点を超える七失点だ。
「なんで押し出しの時点でピッチャー変えないねん、ああ?」
そう後ろ席のおっさんが怒鳴った。
「そりゃ、打たれるだろが、エースがなんだ。内容ボロボロなのに何で変えねえんだよ。宮下やめろ!!!!」
耳がキーンとする。宮下とは監督の名前だ。
「なあ、夢葉」
「聞かない方が良いのです。これは悪いファンなのです」
「そ、そうか」
「ファンの癌なのです」
夢葉、そこまで言うか。
そして球場内が、
御通やムードに包まれた。
そしてピッチャー交代だ。
「このピッチャーは、森内周紀なのです。36歳のベテランピッチャーなのです」
「なるほど」
そしてその後はあっさりと2人打ち取り、さらなる失点は免れた。
だが、六点差だ。
ひっくり返すのがもはや難しい点差。
少しだけテンションが下がった。
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