第53話 死に戻らないその後 3 

「どうぞ、こちらでお待ちください。お飲み物も用意してありますので、そちらをお召し上がりになっていてください」


 ノイアーが案内されたのは、軍本部でもサミュエルの私室でもなく、夜会などで用意される休憩室だった。そして、ノイアーの目の前にはショットグラスと年代物のウィスキーが置いてあり、侍従はショットグラスにウィスキーを注ぐと、ノイアーの目の前に置いて部屋を出て行った。


 ノイアーがグラスを一杯空けても、サミュエルは現れなかった。至急の話ではなかったのか?と、ノイアーは苛々したように膝に置いた指で膝を叩く。着飾って美しいルチアが一人でいるかと思うと、変な男が寄ってきてないか、前みたいにライザの取り巻きに絡まれてないかと心配になる。

 いくらサミュエルの指示でも、これ以上待てないと椅子から立ち上がった途端、ノイアーは目眩に襲われて思わずテーブルに手をついた。ノイアーの体重を受けて、テーブルがミシリと音を鳴らす。


「くっ……」


 視界が狭まり、身体が脱力しそうになり、ノイアーは口腔内をギリッと噛み締めた。口の中に血の味が広がり、なんとか意識を留める。しかし、身体は言う事を効かず、テーブルに突っ伏すように身体が傾いだ。


 たった一杯のウィスキーで泥酔するほど、ノイアーは酒に弱くない。ウィスキー一本くらいなら、水と変わらず飲み干せるくらいの酒豪だ。そんなノイアーがウィスキー一杯で目眩を起こすということは、明らかに何か盛られたと考えて良いだろう。今までの長い戦争体験から、毒矢で射られたり、毒を塗った剣で斬られたこともあった。そんな時に起こった、頭痛や吐き気、目眩に四肢の痺れなどはないから、毒物を仕込まれたのではなさそうだが、ノイアーも経験したことのない毒物という可能性も捨てきれない。

 遅効性のものならばわからないが、今飲んだウィスキーに仕込まれていたと考えるのが、一番しっくりくる。


 ノイアーは鉛のように重く感じる手をノロノロと動かし、証拠品となるショットグラスを懐にしまった。本当は、ウィスキーのボトルも押収したかったが、ノイアーに何かを仕込んだ人物が必ず現れると思い、隠し持てるグラスのみにしたのだ。そして、腕を組んでソファーに座り、意識をなくしたふりをした。


 しばらくすると扉が開く音がし、人が一人部屋に入ってきた。


「ノイアー……」


 この声には聞き覚えがある。薄目を開けて見てみると、真紅のドレスの裾が目に入った。どうやら、ノイアーが思っていた人物で間違いないようで……。


 その人物は、ノイアーの近くまで来ると、テーブルの上にあったウイスキーのボトルを手にすると、続き部屋に入って行き、流しに何かを流す音が聞こえてきた。しかも、ボトルを水で洗っているのか、証拠隠滅を計っているようだ。そして窓を開ける音がし、ガシャンとガラスの割れる音がする。


 女が戻って来ると、華奢な手がノイアーの肩に伸び、指先で触れようとして、躊躇ったように引っ込み、そして再度ノイアーの肩に触れた。


「ノイアー」


 耳元でまた名前を呼び、ノイアーが起きているか確かめているようだった。ノイアーは寝ているふりを貫いて、相手の出方を見る。

 真紅のドレスの女……ぶっちゃけライザなのだが、彼女は無謀にも、ノイアーを移動させようとした。

 腕を引っ張り、洋服を引っ張り、どうやらノイアーを奥にある寝室に連れて行こうとしているようだった。しかし、身長も体格も一般男性よりも大柄なノイアーを運べる訳もなく、一ミリも動かすこともできずにただライザの息が上がっただけで、次になにをするのかと思ったら、ノイアーの衣服に手をかけ出した。


 上着のボタンを外し、シャツのボタンを外す。しかし、ノイアーが腕を組んでいるから、衣服を脱がすことはできない。

 ライザの手がノイアーのズボンに伸びそうになり、そこで初めてノイアーは目を開いてライザの手首を掴んだ。


「ひっ……!」


 ノイアーに意識があるとは思わなかったのだろう。ライザは目を見開いて息を呑み、思わずノイアーと目を合わせてしまった。その途端、恐怖に駆られたライザは、ガタガタと震えだす。


 薬を盛られ、服まで脱がされかけて、被害者はノイアーなのに、もしこの場面を誰かに見られたら、確実にノイアーがライザを襲っているように見えるだろう。


「ライザ王女殿下、おふざけが過ぎる」

「ふ……ふざけてなんかいません」

「じゃあ、これはなんですか」


 ノイアーがはだけた自分の胸元に視線を落として言う。


「私……、私は……」


 ライザは掴まれていない片手を自分のドレスの胸元にかけ、華奢なレースの飾りを引き裂こうとしたが、ノイアーに睨まれて動くことができなかった。


「あ……」

「それで、その手をどうしようと言うんだ。ゴールドフロントの王子にしたことを繰り返すつもりか」


 ライザは力が抜けたように床に座り込み、ボロボロと涙をこぼした。


「ノイアー!」


 ノイアーがライザの手を離した時、扉が勢い良く開き、サミュエルが現れた。そして、その後ろからルチアが顔を出す。

 ルチアは大きな瞳をまん丸に開き、ノイアーと座り込むライザをまじまじと見ていた。何をそんなに見ているのかと、ノイアーがルチアの視線の先を目で追うと、ルチアの視線ははだけたノイアーの胸元を凝視していた。

 しかも、そんなルチアの後ろから、ノイアーを探し回るルチア達を見て興味本位でついてきた野次馬の貴族達が、何事かと部屋を覗き込んでいて……。



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