第54話 死に戻らないその後 4

「ライザ……さすがにこれは駄目だ」

「お兄様……。実はノイアーと私は」

「ただの主従の関係ですよね」


 ルチアがスタスタとノイアーの側まで歩いて行き、背伸びをしてノイアーのボタンを閉める。その時に、上着の内ポケットが固く膨らんでいるのに気が付いた。何が入っているの?と思ったけれど、今はそれどころではなかった。


「もう!ノイアーは過信し過ぎよ。変なもの飲まされた挙げ句に襲われるなんて。ノイアーの素肌を他の女にさらすなんてあり得ないわ」


 ルチアはノイアーにしか聞こえないような小声でブチブチ文句を言いながら、引きつった笑顔をライザに向けた。


「ノイアーをここに案内した侍従から話を聞きました。とあるご令嬢が、サミュエル第二王子殿下からの言付けだからと、休憩室を開けておくように言ってきたそうです。そして、ノイアーの好きなお酒だとボトルを渡され、部屋のセッティングが終わったら、ノイアーを部屋に呼んで、酒を飲んで待っているように伝えてくれと言われたそうです」


 サミュエルとノイアーを探している時、ノイアーを呼びに来た侍従を見つけたルチアは、その侍従を締め上げて(胸ぐらを掴んだ時点でサミュエルに止められたが)ノイアーの居場所を吐かせたのだ。侍従に悪びれた様子はなく、逆に言われた通りにしただけなのに、第二王子が血相を変えるくらいの出来事に巻き込まれてしまったのかと顔面蒼白になり、積極的にルチア達に協力してくれた。この部屋まで先導してくるまでの間に、誰に何を言われて何をしたか、事細かに話してくれた。そして、それを侍従に指示したのは、ライザのご学友を任命されていた貴族令嬢だとのことだったとか。


「なんのことだか……」


 顔色悪く視線をそらすライザに、ルチアは溜め息をつく


「そのご令嬢ですけど、シンシア・ロレンソ伯爵令嬢、ルチア第二王女殿下のご学友に選ばれた、王妃様の取り巻き侍女のご息女ですね」


 以前戦勝祝賀パーティーの時も、王妃やライザの周りにいた令嬢の一人で、ノイアーとライザがダンスするように話を振ったり、ノイアーとライザがあたかも恋人同士だったみたいな嘘を、声高に吹聴していたのも彼女だった。


「それが?」

「彼女が嘘を言って、ノイアーをこの部屋に呼び出した張本人なんです。誰に言われてそんな嘘をついたんでしょうね」

「わ……私だと言いたいの!?わ、私は、ノイアーが待っているからと言われてここに来ただけよ。そうしたらノイアーが眠っていたから……」

「寝込みを襲おうとしたんですか?眠っていたんじゃなく、眠らされていたんですよね。今はここにないようですが、睡眠薬入りのお酒を飲ませて」

「そ……そんなの知らないわ。お酒なんてこの場にないじゃない。ノイアーは普通に眠っていただけだし、私が襲ったんじゃなく、ノイアーは自分で服を脱いで私に……。もし強力な眠り薬を飲んでいたら、彼が今意識があるのもおかしいでしょ」

「僕はエムナール伯爵に確かにウィスキーをお出ししました。ロレンソ伯爵令嬢から言われた通りに」


 後ろに控えていた侍従が、口を挟んだ。


「ああ、俺もそう記憶している。その侍従が注いだウィスキーを飲んだら強い睡魔に襲われたな」

「それは、夢とごっちゃになっているんだわ。私がここに来た時には、テーブルには何もなかったし、私が声をかけたら、私に愛をささやきながら自分から衣服を脱いだではありませんか。ただ、あなたの視線を正面から見つめてしまったせいで、私が泣き崩れてしまい、そこにお兄様達が……」


 顔を手で覆い、泣き出してしまうライザを見て、ルチアは心底ゲンナリする。この甘ったれた王女様は、アレキサンダーに体当たり的な復讐がうまくいったものだから、既成事実があるかのように見せかけて、ノイアーに責任を取らせようとしているのが見え見えだった。


「酒を入れたショットグラスは俺が持っている。これを調べれば、薬の有無がわかるだろう」


 ノイアーは、懐からショットグラスを取り出し、サミュエルに手渡した。


「ああ、これは僕が預かるよ」

「お兄様!私は何も知らないの。もし、ノイアーが睡眠薬入りのお酒を飲んでいたとしても、それはシンシアが勝手にやったことに違いないわ」

「ライザ様、酷いです!私は、ライザ様に言われた通りにしただけです。お酒は、ライザ様自らご用意したじゃないですか」


 ちょうど衛兵に連れて来られたシンシアが、ライザの言ったことを聞き、自分のせいにされたらたまらないとばかりに部屋に飛び込んできた。


「おい、こら」


 シンシアを連れて来た衛兵が、慌てて彼女を捕まえようとする。


「エムナール伯爵は国に忠誠心が厚く、自分を犠牲にしてまで忠義を尽くす方だから、心の伴わない婚約にも甘んじて耐えていらっしゃる。そんな伯爵を救いたいと、涙ながらにおっしゃったじゃないですか!自分が心ない誹謗中傷を受けることになっても、エムナール伯爵との関係を大々的に公表したいと」


(どんな関係よ。無関係でしょうが)


 ルチアが呆れている中、シンシアはガンガン暴露していく。


「伯爵はライザ様の為を思って、一歩踏み出せないでしょうからと、睡眠薬を盛って眠っていただいている間に、ライザ様が伯爵と既成事実を作り、それを私や数人の令嬢達が目撃して騒ぎたてる手筈でしたでしょ。なぜ、全部私のせいにしているんですか!」


(眠っている間に既成事実って、可能?)


「シンシア!……ノイアー、お兄様、違うんです。私は……」


 床に座ったままのライザは、蒼白な顔で周りを見渡し、扉から覗く野次馬達の好奇な視線に耐えられなかったのか、ブルリと震えると気絶してしまった。床に倒れ込む前に、一番近くにいたノイアーがライザを支えた。


「ライザ!」


 兄であるサミュエルがライザに駆け寄り、意識のないライザを抱え上げた。

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