06.悪夢と運命の始まり

 ――物陰に隠れている?


 そんなわけはない。

 地面は完全に穴となり、崩落している。


 ――うまく逃げれた?


 そんなわけはない。

 天夜は自らの目で、落ちていくファウの姿を視認していた。


 ――じゃぁ、つまり


 つまり、ファウは穴の底へと落ちていったのだ。

 どれだけの深さかも分からない、底なしの穴に。


 それを理解した瞬間、天夜の目からは自然と涙がこぼれ落ちた。


「嘘……だ……」


 言葉にできたのは、それだけだった。


 その後に込み上げてきたのは――


 絶望――

 怒り――

 無力感――


 それらを一括で表現する方法は――慟哭しかなかった。


 ――どうして……‼️


 ――どうして俺だけ……‼️


 ――どうしてファウだけ……‼️


 ――なんでそうなるんだ……‼️


 止まらない涙、叫び。

 頭の中でぐるぐると感情が混ざり合う。

 自らを蔑み、自らに怒り、自らに失望する。


 だが結局――


 一番の原因は――

 

 天夜は身体を震わせながら、激しい怒りをぶつける。


「おい、お前‼️ お前だクソロボットッ‼️」


 東京湾の真ん中に佇む、その巨大な機械――ロボットに向けて感情を、言葉をぶつける。


「お前のせいだ‼️ お前がファウを殺したんだ‼️ 俺の家族を、殺したんだッ‼️」


「まただ‼️ またお前らが家族を殺した‼️ お前はこの柱と同じだ‼️ 突然現れて、突然俺の家族を殺して……ッ‼️」


「なんでだよ‼️ なんでいつも俺なんだッ‼️ なんでいつも俺の家族なんだ‼️ ふざけんなッ‼️」


「壊してやる‼️ 全部壊してやる‼️ お前もッ‼️ この柱もッ‼️ 全部だ‼️」


 息が続く限り、全ての感情を吐き出した。

 当然、こんなことを言っても、何も変わらないのは分かっている。

 しかし、言わないわけにはいかなかった。


 例え、不可能だとしても――自分の感情に嘘をつくことはできない。


 例え、不可能だとしても――その感情を押し殺すことはできない。


 だが、可能ならば――それは実現したい。


 そう思った。


 本心から。

 

 瞬間――身体が震え始めた。


 天夜も突然のことに驚いた。

 だがすぐに、自分の身体が震えているのではないと気づいた。


 地面が、揺れている。


 柱が揺れているのを見て、そう気づいた。

 しかし、それだけではない。


 ――目線が


 ――上がっている……?


 遠くに見えるロボットが、明らかに小さく見え始めていた。


 つまり――


 隆起している――


 地面が――


 天夜は地面に視線を落とす。


 それとほぼ同時に――立っていた地面が割れ、大きな穴が出現した。


 ――あ


 一つの言葉も発せずに、天夜の身体は穴の底へと落下していった。


 死が頭をよぎった。だが、それは訪れない。


 すぐに、穴の底に達したのだ。


 暗く、何も見えないが、これ以上、下に落ちる気配もない。


 ――助かった


 しかし、ふと思う。


 ――なぜ、こんなに底が浅い……?


 それもまた、すぐに分かった。


 暗闇の中に、突如光が差し込む。


 目の前の空間がひび割れ――崩れ――光が天夜を照らした。


 光の正体は――月だった。


 夜の空を照らす月――


 今の今まで、天夜が受けてきた仕打ちを傍観していた月――


 それが、煌々と天夜を照らす。


 だけど、おかしい。


 ――どうしてこんなに月が近く感じる?


 天夜は、すぐにそう思った。

 妙に冷静なのは、非現実的なことが起きているからだろうか。


 ――しかし、明らかにおかしい。


 ――まるで、高い山にでもいるような……


 そう思い至ると、天夜は身体と状況の変化に気づく。


 頭痛――


 耳詰まり――


 そして、風――


 これらは全て、気圧差によって引き起こる現象。


 目線を下へ降ろすと、答えが分かった。


 大地も海も――まるで鳥の視線のように、遙か下に見える。



 そう――天夜は今、とんでもない高さにいた。



 ――なぜ、こんなところに……?


 また妙に頭が冷静になった。


 その答えは、すぐ横を見ると分かった。



 流線型の巨大な頭。



 形容するならば、それは――ロボットの頭のようだった。


 天夜は理解した。




 今自分は、巨大なロボットの上にいる、と。

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創世のベイン・トレヴァー みさと @misato310

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