0-12 見ているから

 さて、再び夜が来た。警察署の仮眠室で目を覚ました山舘は、枕元の目覚まし時計のボタンを叩き、イヤホンから流れるアラーム音を止める。久々のスッキリとした寝覚めであった。隣のベッドを覗き込むと、津路がすうすうと寝息を立てている。横向きに寝ているために涎が垂れているのが山舘の弟妹とそっくりで、笑いをこらえながらベッドを降りた。拭ってあげようとすると目を覚ましてしまうんだよな、と思い出しながらジャケットを羽織る。

 静かに仮眠室を抜け出した所で、ハードカバーの本を小脇に抱えた目星と鉢合わせた。


「あ」


 2人同時に声を上げ、室内を伺ってからそっと扉を閉める。邪魔にならないよう二人で一歩隣の壁に背をもたれると、目星が流し目に山舘を見た。


「今から聞き込み?」

「う、うん」

「まー……倒れないようにしなさいよ。科捜研の結果も返ってきてないんだしさ」

「今日は、少しだけにするつもりだよ」

「そう」


 短く返して、くあ、と大きめの欠伸をする目星を、山舘は遠慮がちに伺った。


「その……誠志くんは……」

「オジサンはおねんねの時間よ」


 そう言いながら既に目が閉じかけている。山舘はサッと壁に付けていた背を離して仮眠室への道を開けた。


「そ、そうだよねっ。結局昨日も徹夜……徹夜? だったし……」


 『寝る』と言っていた目星を信じるべきか否かでまごつく山舘の前に立ち、目星はガシガシと頭を搔いてから頭を下げた。


「徹夜でしたよ。嘘吐いてごめんね」


 上目遣いに顔を上げた目星と視線が交わる。天眼石の硬質な瞳の奥に、昔と同じ闘争心に燃える星のような光が見えた。


「お前がさぁ」


 その光に魅入っていると、つれなく目を逸らされる。


「あんま頑張ると俺様も寝る暇無くなっちまうから……程々でよろしく」

「え、それって」

「ハイおやすみ〜」


 山舘は期待に頬を火照らせて目星を追ったが、素早く仮眠室に入られてしまい、閉まる扉から力の抜けた手を振る背中を見送るしかなかった。しんと静かになった廊下で高鳴る鼓動を噛み締めながら「おやすみ」とだけ呟き、軽い足で地面を蹴る。

 この日の聞き込みはすっかり敏腕刑事の調子を取り戻して大豊作だった。少しだけにするつもりが、面白いように情報が得られるので手帳を片手に萬津橋町の至る所を歩き回っている。


 「キラキラ光る薬とかあったよな。あそうそう。最近出てきた……普通のに混ざってるからレア物って言われてて」

 「レア物! あるよー! いや怪しくない! 普通の市販薬だってほら」

 「バ先の上司? いや~……よくわからんし、でも言う事怖いから苦手かな」

 「何ですか俺ぁ荷物運んでるだけ……え? いやノルマとかは無いですけど」

 「キラキラ光るもの? この辺では見たことないな~。イルミくらいじゃない?」

 「うちの上司優しい~、マジで優しい! 最近、更に優しくなった……めっちゃ好き」

 「はあ……最近上司が変わったんだ。これがまた七面倒臭くて……。今日もやり方変えてねとか言ってきたんだよなぁ。頭痛い……まあノルマとか言ってる連中よりはマシかもねぇ」


 歩きながら手帳の内容を確認する。

 得られた証言をもとに手帳の見開きページを使ってマップを作成してみたところ、どうも薬物に関係していそうな証言は二種類に分かれているらしい。キラキラ光る薬が存在する場所では上司が恐ろしく、ノルマが存在する。もう一方は全く逆のようだ。しかしその分布は入り乱れており、ハッキリと区別することはできない。どちらかというとノルマが存在しないほうが優勢であり、マップの色味で言えば下地のように感ぜられる。


「二つの組織が存在する……ということ、なんだろうな」


 ひとつ、ひどく嫌な仮説が、ぬめるように脳裏を這った。こんなにも広い区域のノルマが存在しない組織、それが昨晩は一切網にかからなかったのだ。思い返す。シノが「ここで聞き込みをするんだね」と言うが如く自分から離れた位置は? 「あちらにも人が居たよ」と指し示した場所は? 「いいんじゃないかな。行ってみよう」と頷いた場所は? ……ほぼ全てが、点在するノルマが存在する組織の区域の近くだった。


「うん……」


 苦しく目を細めながらゆっくりページをめくる。近頃、せわしく販売の仕方を変更しているノルマが存在しない組織。個々人から少しずつルールの情報を引き出しても、ようやく1ページの半分が埋まる程度しかなかった。バラバラに聞く同じ情報。自分の持ち回りのこと以外はてんで情報を持っていない。今回限りのバイトと口にすることもしばしば。人員の入れ替わりが激しい現場。一見して普通の職業であることも多い。点はあるのに、線では繋がらない。『組織』を目標として調査をし、『繋がり』を確認して逮捕に踏み切る山舘の捜査と、非常に相性が悪いやり方だった。


「こんなことをやろうと思うのは、……ずっと『見ているから』……?」


 街灯の下、月明かりのような薄青の光の中で一度足を止める。紙面の点と、浮かぶ疑念が静かに重なっていく……その時であった。横の細道から、何か大きな塊が衝突してきた。

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