0-9 お役に立てたかな?
聞き込みをしてその都度シノと落ち合い、会話の内容を整理してまた別れる。その手順を繰り返して何度か経った後、最後にシノと別れた公園の近くまで戻って来ると、彼は髪を薄めのブラウンに染めたテンションが高い女の子二人と会話をしていた。聞き込みを終えた山舘を待っているシノの行動パターンはいくらかあったが、人と会話をしているパターンは初めてで少しまごつく。すると、シノが振り向いて、さも少し席を外していた親類にするような気軽さで軽く手を挙げた。それから、女の子にギリギリ怪しまれない程度で山舘にも聞こえるように声のボリュームを上げる。
「そう、桜が綺麗なものだから、叔父さんにわがまま言って連れて来てもらったんだよ」
本当に親類という設定で話をするようだ。「え~、そーなんだー!」と
「いやぁ……ないっしょ!……」
「おや、どうしたの?……」
「近寄んなかったけど……」
「うん……怖い人が……?」
公園からはらはらと降りしきる桜の花びらを目で追いながらシノの落ち着いた声を聞き流していると、徐々に山舘の心臓が早鐘を打ちだした。
彼の会話の仕方は、山舘が捜査のときに使っている会話術そのものだ。この聞き込みの間ずっと聞いていたに違いないとはいえ、その特徴もやり方も一切伝えていない。山舘でさえ一朝一夕で身に付けたものではないのだ。それに、捜査の内容だってハッキリとは口に出していないのに、彼はきちんと理解しているような情報の引き出し方をしている。
思わず力の入った指先が車止めを引っ掻く。その音と革靴が砂利を踏む音が同時に聞こえた。
「やあ、ごめん。さっきの話は聞いていなかったけれど、少しお役に立ちそうなことを聞いてきたよ」
肩が跳ねる。
「わっ、びっくりした……桜に見とれてたよ」
山舘は努めて普段通りの表情を作ってシノを見た。何も変わったことのない笑顔だ。彼は気を悪くした様子もなく、大人しい笑い声を上げて山舘の横の車止めに座った。
「ふふっ。俺も夜桜は昼間よりもよく見えるから好きだよ。良いよね」
「そう、だね」
昼間よりもよく見えるという言葉の意味を飲み込めないながらも、ひとまず頷いておく。
「それで、お役に立ちそうなことって……?」
「ああ! 君が捜査しているお薬の名前が分かったんだ」
「なんだって!?」
あまりの衝撃に立ち上がる。シノは「わあ!」と驚いて車止めから滑り落ちかけた。その肩を掴み止めてから、聞きただしたくなる気持ちを深く息を吸って抑え込んだ。
「そ、そんなに重要なんだね……。ちょっと、肩が痛いかも」
「す、すまない」
肩から手を離すと、シノは落ち着いて座り直した。しかし彼の言う『少し』どころではない。それは警察が数カ月間探し求めていた情報だ。「教えてあげる」と内緒話をするように口端へ手を当てて手招きするシノに、恐る恐る顔を近づける。彼は柔らかく低い声で囁いた。
「名前は
「すてら……」
急いで捜査手帳を取り出し、走り書きする。
新種=ステラ
そうであるなら、今朝の遺体の顔が滅茶苦茶にされていたことにも納得がいく。あれは単なる残虐さの主張ではなく、明々たる証拠隠滅だったのだ。粉を吸うのか、煙を吸うのか……というところだが、それは司法解剖で明らかになるだろうか。
「お役に立てたかな?」
彼特有のふんわりした笑顔が、今や深海から触手を伸ばす得体の知れない何かのように感ぜられた。
「シノくん、いったいどこでこんな情報を……」
先ほどの会話の中には出てこなかったはずだ。彼女たちは至って健康的で、薬をやっている人間の特徴とも一致しなかった。いつの間に、誰と、話をしたのだろう。
「少し興味を示しただけさ。不良学生は仲間意識が強いんだ」
その特徴は確かに存在する。本当に同年代の人間から聞き出したのであれば、警察官がなかなかたどり着けなかったのも理解できた。これは真実に彼の観察力と学習能力の成せる業なのだろうか。それとも別の要因によるものだろうか。妙に発言の信憑性が強い事実が、その判断を難しくしていた。
「信じてくれる?」
相当硬い顔をしていたのだろう。シノは幼気な表情をして山舘の顔を覗き込んできた。信じるかどうかで言えば、結論を出すことはできない。
答えようと口を開いたところへ、無線機がけたたましくビープ音を響かせて割り込んだ。
『こちら萬津橋4、至急、応援願います。繰り返す、至急、応援願います。場所は十月府庁!』
「んわ、何!?」
山舘はそれを聞くと、比較的穏やかだった警察無線とは違う音に飛び跳ねて驚くシノに無線機を渡して手を引き、署へ向かって走り出した。
「内容をよく聞いておいてくれ、ヘリを出す!」
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