0-8 聞き込み調査

 声を掛けると、何人目かの青年は不機嫌そうに山舘から顔を逸らした。


「何? そいつが良いなら俺らもいーじゃん」

「あっ、待ってくれ! 補導じゃなくて……」


 そのまま去っていく青年を引き止められず、山舘は肩を落とす。彼らと同年代であるシノを連れていると、「補導ではない」と言って聞き込みをおこなう前に反論の余地を与えてしまうようだった。その様子を眺めていたシノは山舘の背中を軽く叩いて慰める。


「もしかして、俺は少し遠くに居るべきかな?」


 シノは気を遣うような声音をして、口元に手を当てながら山舘を覗き込む。本当なら話を聞いているシノの様子も伺いたいところだが、このままではいつまで経っても進展しなさそうだった。


「すまないが、そうしてくれるだろうか……」

「うん。聞こえる位置に居るね」


 頷くと、シノはまばらな人混みの方へ歩き、夜闇に紛れてしまった。元々存在感が希薄な子だとは感じていたが、歩いて行った方を見て目を凝らしても、さっぱり見当たらない。まるで海水に紛れたクラゲのようだった。とはいえ、彼を探していたって仕方がない。視線を遅らせながらも、話し掛けられそうな青年を探して歩き始めることにした。


 徐々にビルの明かりが消え始めた萬津橋町では、スナック帰りらしい千鳥足の会社員や彼氏なのか客なのか分からない男性と連れ立って歩く女性の姿が目立つ。街が眠り始めるのに従ってざわめきは落ち着く一方、萬津橋名物である入り組んだ橋に月光が掛かる様子を物珍しげに撮影する旅行客や深夜の散歩に繰り出す人々の声もちらほらと聞こえた。それに耳を傾けながらしばらく歩いていると、潮の香りに乗って聞き覚えのある話し声が運ばれて来る。声のする方を見れば、建物の隙間に階段がついた小道があった。道の奥、小さなランタンで照らされた細い波止場に三人の人影が見える。山舘は軽く深呼吸をして、耳前部をトントンと叩いてから階段を降りていった。


「こんばんは」


 人影の主たちへ弟妹に掛けるような声を作って話しかける。すると彼らは、さほど驚く様子も見せずに山舘を見た。


「うわ山舘じゃん」

「ばんわー」

「なんすかー。何もしてないスけどー」

「知ってるよ、僕と一緒で退屈そうだからね」


 口々に言う彼らは山舘の予想通り、不定期だが、よくここへたむろしている青年たちだった。尊敬も何も無いタメ口で、長髪だったりどこかしら金髪に染めていたりピアスをしていたりと如何にも不良らしい彼らだが、ここに居る時は大抵、お菓子などを広げつつ何の害にもならない内輪話をしているようだ。今日も近所のコンビニの袋の上にポテトチップスを開けている。しかしいつもと違うのは、ポテチ用と思われる割り箸を持っているピアスの一人以外、先端に火の付いた巻きタバコらしきものを持っているところだった。

 山舘はあまりキツくならないよう言い方に気を遣いながら、片眉を下げて腰に手を当てる。


「でもタバコはやめたほうが良いんじゃないか~? 背が縮むぞ」


 するとピアスの青年が他二人に割り箸を向けて同調した。


「ほ~ら言われた。やっぱそう見えるってー」


 からかうような口調だが、三人の中でも警戒心が強い彼は、二人が持っている物に懐疑的な姿勢を取っているらしい。


「だから言ってんじゃん。タバコじゃないから」


 長髪の彼はランタンの光を反射して星のように輝く煙を吹いた。言う通り、漂う煙にタバコらしい重たさやエグみは存在しない。スッキリとしていてほのかに甘い香り。しかし、その輝きがどこか頭にピンと刺さるような、胸をざわめかせる煙だった。


「これ最近の流行り。タバコっぽいハーブ」

だから。うわ知らねーんだ! ケーサツのくせに」


 ピアスの青年に対して二人は然程問題にしておらず、新しいおもちゃを手にした感覚のようだ。山舘はハーブと言っても毒性が強いものもあるから……などと説教したくなる気持ちを押し込めて、とぼけることにした。


「ハーブ? 確かに薬草は禁じられていないけど……知らなかった。君たちは物知りだなぁ」


 すると二人は「っしょ」などと少し得意げにする。勿論、正しい選択をしていそうなピアスの青年へのフォローも忘れないように「けど、少し距離を取るのも良い選択だね」と微笑んで見せる。大人の肯定を得てホッとしたらしい彼が小さい声で「ゥス」と呟きながらポテチを口に押し込むのを見て、本題に入ることにした。


「賢い君たちなら、ちょっと面白い話かもしれないな。話していい?」

「なんすか」

「都市伝説みたいなもんなんだけどね」


 了承を得た山舘は青年たちと同じ方向を向き、適当な場所に腰掛けて話し始める。


「同僚から怖い話ってことで桜が赤く染まる理由を聞いたんだ。根本に死体が埋まってる……なんて恐ろしく話すんだけどさ、あれ完全に迷信だと思うんだよね。真実だったら警察大慌てだよ……むちゃくちゃだと思わないか?」


 本当はこんな事を話してくれる同僚など存在しないが、目当ての話を引き出すための一環であれば、即興の話を考えるのは得意な方だった。共感を求めるように彼らへ視線を投げると、金髪の子が「そりゃそう」とせせら笑って答える。しかし、割り箸を咥えた彼は思案するように目を閉じて空を見上げた。


「でもやりかねない奴居るくね?」

「えー、そんなん居た?」


 山舘はこの年頃の弟妹が言っていた言葉を思い出して合いの手を入れる。


「それは……いわゆる厨二病ってやつかな」

「そー、厨二でロマンチストな奴居ただろ! ちょい前に入ってきたあいつ」

「あーあの、なんか引くわーって感じの? そういや居たわ」

「え、でもあいつ全然見なくね? やめたんじゃなかったん」

「いやノルマこなせなかったのは聞いた」

「あっ……」


 一瞬、場が静まった。山舘は何も言わず三人と空気を共にする。少しの間があって、中でもお調子者の金髪の子が陽気に手を叩いた。


「ハイ桜の下コースかくてーい!」


 それでようやくヘラリと笑えるようになったらしいノルマと口に出した長髪の彼は、ケラケラ笑うお調子者の背を叩く。


「ばっか、生きてるって! 多分」


 聞きたいことはそれで十分だった。山舘はポテチをつまみながら腕をさすって見せる。


「ちょっと寒くなってきたな……君たち、その格好寒くないのか?」

「逆逆。山舘暑くねーのかよそのカッコ」

「てかおいポテチドロボー!」

「あはは、すまない。美味しそうでつい」


 その後、ある程度盛り上がってから適当なところで話を切り上げ、小道を上がった対面の歩道にシノの姿を見つけた。素知らぬ顔で歩行者のようにしていた彼は、山舘が一人であることを確認すると、きちんと横断歩道を渡って近寄った。山舘も合流するように動き、そのまま当て所もなく並んで歩く。先に声を発したのはシノだった。


「驚いた。君、嘘が吐ける人間だったんだ」


 そう言われてしまうと決まりが悪い。警察官なのに嘘を吐くなんて、自分でもどうかとは思うのだ。シノの心底信じられないものを見たような目に耐えかねて頭を掻きながら目を逸らす。


「いやぁ……まあ、捜査のためなら多少はね」

「その割には、世間話をして終わったね……?」

「いや。今ので、恐らく被害者の子がこの辺りの子だってことが分かった。……うん。収穫だよ」


 敢えて脱法らしきハーブ関係については口を濁した。シノはどこまで理解しているのか分からない曖昧な笑みで頷く。


「なるほど」

「やはり夜に行動していたみたいだ。他にも聞いてみよう」

「うん」


 そのまま歩き続けていると隣からシノの姿が見えなくなる。見れば彼は山舘の歩幅から遅らせるようにして、離れた位置を歩いていた。山舘が振り返った事に気づいたシノは小首を傾げて一つまばたきをする。


「山舘くん」


 無表情だった彼は口元に手を当てて一瞬目を逸らし、視線を戻して笑顔を浮かべた。


「見ているからね」


 ひらりと手を振る。それは突き放されているのではなく、家族に「いってらっしゃい」と言われているかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る