0-7 聞き込みを始めよう
一旦署まで戻ってヘリを停め、萬津橋町の大通りまで歩きながら、シノは少しツンとして言った。
「俺のこと、自殺志願者だなんて思っているとは思わなかった」
「こんな時間に樹海に入るんだから、そう思うじゃないか」
統制官への報告で「自殺志願者と思われる青年を発見し」等と言ったことを根に持ったらしい。シノは腕を組みながら笑顔で反論してくる。
「嫌だなぁ、お散歩だよ。あの海岸はこのくらいの時間が一番綺麗なのさ。自殺なんて考えたこともない……」
そこで何かに気付いたように無表情になったシノは前を見て、考え込むように口元を左手で覆い、黙り込んだ。山舘はこの流れで気付くようなことに思い当たらず、その様子をただ観察する他なかった。30秒弱経った頃、シノは一つ頷いた。山舘が見ているのに気が付くと、彼はまた笑顔を浮かべる。
「考えたことなかったな」
ここで苦笑する理由とは何だろうか。
「シノくん、」
思わず伸ばした手をそっと掴まれる。その手は間欠泉のようにポカポカと温かかった。見ると、彼のとろけだしそうな雫の瞳にたくさんの光が瞬いている。
「近頃とっても楽しいんだ。こんなに楽しくて
そのままダンスのエスコートでもされるように手を引かれて大通りに出る。途端に、まだ眠らない青の街の輝きに包まれた。ああ、彼の目に映る光はこれだったのかと納得する一方で、本当にそれだけだったのだろうかと不思議に思う。彼のどこか浮世離れした思考、行動、言葉。山舘はそれらの端々に既視感があった。何に既視感を得ているのかハッキリしないまま、しかし警官として言うべきことは決まっていた。
「子どもは楽しくあるべきだよ」
これに対してシノからの返答は無かった。彼はただ山舘を見て大人しく微笑んだだけだ。それから自然と目を逸らし、山舘から手を離したシノは一人ひとりを観察するように街を見回す。
「子ども……だけじゃなくて、たくさんヒトが居るね。聞き込みをするんだろう? どういうヒトに話し掛けるんだい?」
「あ、ああ」
話を逸らされたのだろうか。山舘は気まずく頭を掻きながら捜査手帳を開いた。
経験則上、組織犯罪かどうかを判定するには、被害者もしくは犯人と、関わりがあるまたは類似する人物を探すのが近道だ。今回の被害者の特徴は手帳に列挙しておいた。
・男性
・年齢は十七歳前後
・酷い暴力痕がある
・注射痕がある
・使用薬物は直前に投与された「S」と常用していた「新種」
・夜中に出歩いている(推定)
山舘は、自分が手帳を見る間、手持ち無沙汰に待っているシノをちらりと覗いた。彼はスーツをきちんと着込んでいる。ネクタイを直す指先もきちんと整えられており、首元や袖口に傷痕は見受けられなかった。服の下に隠している可能性もあるが、そうでなくとも暴力痕や注射痕が無い以外は被害者の特徴と一致している。更に、目星がまとめてくれていた被害者についてのレポートを読むと、犯行は青年でも可能であるようだ。山舘はシノについての情報を小さく書き加え、手帳を閉じて向き直った。
「青年を中心に声を掛けていこう。そもそも補導対象だしね」
「了解。ついて行くよ」
そう言って、シノは見様見真似の手つきでおっとりと敬礼して見せた。思ってもみなかったその仕草に浮足立とうとする心を、自分で頬をペチンと挟むことで押し込む。
「よし行こう!」
次いで、元気良く歩き出してみせた。ごまかせただろうか。あまり隙を見せるわけにはいかない。相棒と言ってついて来てくれたが、シノ自身が例の事件と関係がある可能性も見張っていかなければならないのだから。
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