第69話 ちょっと細工を
マンション近くのカフェでくつろいだ。依頼人にはあの貸家を退去する一応の目安だけは告げておいた。
耳にイヤホンをつけた。音楽を聞くわけでもラジオを聞くわけでもない。俺がいなくなった部屋で依頼人が何を言っているか確認するために、念のためにとある小物を依頼人の見えない所にわざと置き忘れておいたので、それがちゃんと働いているか確かめたのだ。
「もう、傷が病んで困るんですが」
依頼人の声しかしない。恐らく電話をしているのだろう。そんな風に言っているが、声色からその傷の痛みとやらで苛まれている感はまったくない。
「彼が来ましたよ。ええ、成長著しいと言いますか」
そんな新入社員を鍛える課長みたいなことは面と向かって言われないと、現代の若者はすぐに退職願を書くか、その前にブラックだのなんだのとネットにアップするんだからな。いや、ちょっと待て。もしかして今の言葉から察すると電話の相手は俺のことを知っているのか。というか、そもそも依頼人の言う「彼」が俺とは限らないか。
「島……」
言って依頼人は止まった。まさかばれてはいないだろうな。小物は改良をして電波を妨害しないようにしておいたから、携帯電話を使っていても装置の有無が分かるようなへまはしてないのだが。
「いえ、ちょっと待ってくださいね」
直後である。
「あー、あー聞こえますか。これも成長と言えますが、まだまだですよ。もっと改良と工夫をしてください。以上」
装置から音声は聞こえなくなった。結局はばれてしまった。肝心なことはまるで情報収集できなかった。けれども、電話で話す依頼人の声色から反省めいた感じが受け取られただけで収穫ありとしなければならないだろう。
島へ帰る高速旅客船ジェットフォイルの隣の席は空いていた。
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