第68話 依頼人に会いに行く

「なんかえらいことになってますね」

 とあるマンションの一室。質はいいが柄が奇抜なソファに座って、真向かいの男を一応ねぎらう。なぜなら頬にはガーゼを張って、頭部は包帯を巻き、左腕はギブスの上吊っていた。

「これでも良くなった方でして」

 優男が苦笑いをした。

「お茶でも出しましょう」

「いえ、俺がやりますよ」

 客人の地位だがまったく見ず知らずでもないし、中途採用の面接に来たわけではない。時化る波の船をこらえ、わざわざやって来たのは依頼人の自宅兼事務所だった。船酔いとまではいかないが、頭の中がフラフラとフワフワくらいにはなった。

「わざわざやって来なくても」

 手際よくお茶を支度して、再びソファに腰を下ろした。アポはとらなかった。とってもとらなくても会えるときは会えるし、会えない時は会えない。こっちからのアプローチでうまくいったためしはないのだが、今回はなぜか各種連絡が取れやすかった。だから、会える確率が高いと踏んだのだが正解だったようだ。

「あ、お茶淹れるの上手になりましたね」

 一口啜って感動すらこぼされた。本意かどうかは当てにならない。作り笑いがわざとらしいし、皮肉ということも考えられる。そんな人なのだ。

「その怪我は、痴話喧嘩ですか、それとも闇討ちですか」

「いやー、君はお茶だけでなく考察力も上がってますね。両方、いえ別に男女の間柄ではないので痴話喧嘩ではないですが、状況的には遠からず近からず。となれば、君の言うことも足して二で割ったと言っても、いえ、二乗も三乗もかけたとも言えますね」

 ほらこの通りだ。まともに答える気なんて髪の毛ほどもないのだ。だから、そんな目にあっているのだ。それも自覚しているからなお性質が悪い。その襲撃計画を事前に知らされていたら俺も参加していたかもしれないし。

「それで、もう戻るって言いに来たんですか。それなら電話やメールで間に合うと言ってあるじゃないですか」

 不器用そうにテーブルからとった菓子の袋を開けようとする。左手がああなので、さすがに手伝ってやった。

「どうも」

 菓子を口に入れた。

「名称は奇抜ですが、味はノーマルですね」

 何を期待して味わったのかしれないが、何を基準にノーマルとか言っているのやら。ちなみに、その菓子は俺の土産である。名前は、朱鷺の卵と言う。

「しばらくあの家にいてもいいですか」

 俺は依頼人を否定した。

「それならなおのことメールで」

「いや、なんとなくですよ」

 そうは言ったものの、明確な理由はあったし、他に言いようがなかったのも間違いない。車で島内を巡る気にもなれなかったし、スーパーにばかり行くわけにもいかない。テレビで時代劇を見て日々を過ごすのもどうかと思った。で、残った選択肢の一つとして依頼人に殴り込みしようと。実際俺以前に依頼人はボコられており、依頼人の姿を見て溜飲が下がったことから、会えば本当に殴っていたかもしれないと無自覚な敵意に冷や汗をかきそうになった。

「あのですね、一つ訊いておきたいことがあるですが」

「はい、なんでしょう」

 すでに片手で菓子袋を開封する術を見つけた依頼人はパクパクと食べていた。

「なんで俺は貸家に住んで高給を得られているんですか?」

「不都合でも?」

 ああ、これか。すでに問題をはぐらかす一手を打ってきたか。名人級の将棋みたいなことを毎回しやがる。抜けようとあがいてみても結局は依頼人の手の上なのだ。ただこの人をお釈迦様だとは決して思えない。俺が『西遊記』の孫悟空よりも非力ではあるが役回りが同じとしても。

「ただ居すわって給料が発生するんですか?」

「しますよ。寒冷な地方では新開発のエアコンを設置した家に滞在する業務もあります。そうしないとエアコンの機能や不調を分析できませんから」

「じゃあ、あの家のどこに新開発の製品があったんですか?」

「たとえですよ、たとえ」

 またしても菓子を開けた。口に放ってからお茶を飲んだ。空になった湯呑を俺に渡してきた。神や美人に給仕するのはやぶさかではないが、怪我人でなければその湯呑を、小学校の頃ドッジボールでならしたこの肩でぶつけていたところだ。

「あえて言うなら、俺そのものが商品かつ社員みたいな感じだった気がするんですが」

 替えのお茶を置いて、嘆いた。依頼人は乾いた笑いをした。これは答える気はないな。

「では聞きますが、暮らしは嫌でしたか?」

 ほらな、もう詰んだようなものだ。俺の感情というか、心情というか、思いなんて見て見ないふりなのだ。とはいえ、人間的に成長しているような気はする。おそらく気だけだが。

「おかげさまで、捻くれた性格が一層顕著になった自覚があります」

 お手上げをしてこんな風に答えるくらいができることだった。

「それはそれはめでたいことです」

 またお茶を催促してきた。いい加減にしないと、お茶で嫌がらせる方法を知らないわけではないのだからな。

 お代わりの湯呑を置くと、箱にはもう一つしか菓子が残ってなかった。よくそこまで連続して食べられるな。

「立ってるついでにトイレ借りますね」

 カーペットを擦る音にまぎれて

「僕としてもこれ以外の方法があったのなら……」

 そんな風に言っているように聞こえた。いつになく、というより依頼人がこんなにシリアスな口調になっているのは聞いたことがなかった。聞き直したとて、「そんなこと言いました?」などとお茶らけてはぐらかされるのは目に見えていた。

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