第62話 確認
「お能登さまって」
皮を剥いて白い筋を取りながら言い出していた。
「お能登さまってモテますよね」
「それでいて言い寄って来る相手を歯牙にもかけない。相手はおろか周りの女からはそりゃ顰蹙だわな」
もう二個目のみかんを食い終わって、三つ目に手をつけた。
「弁天さんとかはお能登さまの味方、いや幼稚だな、お能登さまが愛おしいんでしょ」
「さすがにドン引くぞ、その表現は。でもまあ、そういうことになるのかな。ほら、私たちは良心の顕現みたいなものだから」
胸を反らしてみてはいるが、やはりトナカイ人間姿ヴァージョンには太刀打ちできてないな。弁天さんが宝剣を持っているかどうか知らないが。
「トナカイもそうだったし。でも、あれはツンデレではないですよ」
「ああ、知ってる」
「ただの強情っぱりで、意固地で、不器用なだけですよ」
「それでよく惚れてるとか言えたな」
「だからですよ。あんな人見た事なかったですから」
「私はな、今非常に悩んでいる。志朗、お前とお能登のせいで」
「こっちに振らないでくださいよ。振るなら袖でも振って良縁を持って来てください」
「ああ? どの口が言ってんだあ」
弁天さんがこめかみに怒りマークを浮かべる勢いで俺の頬を強く摘まんだ。さすがに痛い。けれど全力ではない。
「今後のお能登の動向次第で手引きもと考えていたんだ」
着席。俺は無事女神の鉄槌から解放された。
「けれど、一筋縄ではいかんし。お能登は会わんと言いそうだし。その前にあいつに言っとかなければならないからそれはそれでああだし」
弁天さんは途中からモノローグ化して頭を抱えてしまった。
「俺は会いたいですよ」
なんの淀みもなく囁いた。弁天さんは顔を上げた。
「俺は会いたいです。でも、お能登さまがそれを望んでいないのなら、地団駄踏んだ後、拗ねて我慢するしかないです。それに、神様が俺みたいなのと関わったからといってそんなことしたら、インサイダー取引っていうか、談合っていうか、弁天さんはそんなことしないでください」
「志朗……」
弁天さんが潤った優しい目を向けてくれた。
「サイダーが飲みたい。なければ炭酸飲料」
冷蔵庫を指差しやがった。一瞬浮かんだ神への敬意を返せ。とはいうものの、それに従ってしまう俺も俺なのだが。この季節だというのにグラスに氷を入れてまでした。
「いやー爽快、爽快」
気分いいのは分かるがゲップをするならマナーというかさ、男の前というかさ、そういう女の、いやこんなことを言うとセクハラとかになるから、人としてのコミュニケーション上のたしなみみたいなのはないのだろうか。
「お前に気を使う必要はあるのか?」
「あるかないかではなく、その人の作法です」
「私は人ではない」
またしてもみかんの皮を剥き始めた。とはいえさすが神。理屈や屁理屈は人の思考の上を行く。
「弁天さん」
「なんだ?」
みかんを食うのは一旦止めてもらいたいが。
「お能登さま、次の仕事なんですよね」
「そうだな」
またしても一房、口に放った。
「トナカイのとこに行くんですよね」
「そうだな。他にもあるだろうしな」
サイダーを飲む。
「弁天さんは?」
「私は一晩泊まって帰る」
一応はこっちの質問を聞いてはいるようだ。それなら俺はいつまでいればいいのかなんてことは質問ではなかった。単なる幼稚な責任転嫁だ。ところで。
「お能登さまって、なんであんなに弁天さんのこと嫌がってたんですか?」
盛大に吹き出した上にむせやがった。
「今更そんなこと聞くか? 流れは完全に志朗がセンチメンタルになって完徹で決まりだろ」
そんな流れなら一夜で堤防を作って変えてやるよ。あ、徹夜だな、それも。
「いえ、今更なので聞きました」
「たわいもないことだ。お能登のストレスを解消してやろうと、おはようからおやすみまでじゃれついていただけだ」
明瞭簡潔にまとめやがったが、
「本当にそれだけですか」
それはトナカイでもしそうなことで、それならばトナカイへもお能登さまは例の態度になるはず。
「お能登のテンションも上げてやろうと思ってな、イケイケな感じでちょっかいも出していた。ほら、お能登ってああだろ、少しでも盛り上げようとしてだな、志朗、顔がお能登に似ているぞ」
やっぱりあのハイテンションは作為的なものだったか。てかさ、神ってそんなに不器用なの? なんか魔法じみた事できるんだから、ドーパミンだのアドレナリンだのを分泌させてやって元気にさせればいいじゃないのか。
「それとこれとはわけが違う」
どうやら神様の世界は神様の世界で一筋縄ではいかない道理があるのだろう。
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