第57話 弁天さんと二人

 家に着くと、弁天さんは

「腹が減った。喉が渇いた。寒い。肩が凝った」

 などなど駄々をこねた。弁天さんと二人だけでこの家にいるのには違和感というか、落ち着きがないというか、二人だけの状況を避けたかったというか、馴染まないというか。だから、むしろてきぱきと動くのはそれを紛らわすのにちょうどは良かった。それに一人とは違って手抜きの飯にするわけにはいかない。神に失礼があってはならないから。よって夕食は寄せ鍋と酒と相成ったわけである。食事中たいしてしゃべることはなく、自分のことは置いて、まずはたらふく食わせることが優先された。その間すでに神様は二合飲み干した。徳利とお猪口を残して片づけをした。

「お茶飲みますか、小休止に」

「一応淹れておけ」

 陽気さは減少し、偉そう感は増加した。いやこれは苛立たしさだと、お茶を淹れながら気付いた。神の要求を唯々諾々として全うしているというのに、よもや俺に対してではあるまいなと。試しに、

「あっつ、志朗。お前」

 お茶を淹れる前に湯呑を熱湯で満たしておいたので、必要以上に熱いお茶のはずだ。このお怒りモードとさっきのは違った。やはり俺に対してのではなかったようだ。

「そんなことのためにこんなあっつ」

 弁天さんは指先だけで湯呑を持ち上げようとして無理だったようで、手を高速で振って冷ましていた。

「で、私に何か用か?」

 実に白々しい。風島ではさんざんしゃべる気満々な雰囲気だった気がするが。

「さりとて私が本当にしゃべるかどうかは分からんだろ。単に志朗から飯を食わせてもらおうとしただけかもしれないし」

 それなら弁天さんがあの時出ていく理由がなくなる。お能登さまの後に出て行った弁天さんが残した「ではまた」の文末。あれは話しがあるならばという意味だと俺は受け取ったのだ。時間がかかったがな。それになにより待ち伏せしてたのに。

「曲解にもほどがあるな」

「なんだったら、タブレットとスマホの契約解除しますが」

 弁天さんはケタケタと笑い出した。

「まあ、そういう説があるのも興味深いかな。それだけ言えれば上等だ」

 お能登さまが出て行った直後に弁天さんから何を言われても馬耳東風だったろう。それにここまで舌が回ったかというと心もとない。

「チキンな面があるからなあ。なんで私が気を使わないとならんのだ」

 俺の動揺を見越しておいてくれたことには感謝しますが、

「契約解除」

 こちらにはジョーカーがあると言うことをゆめゆめお忘れなく。

「お茶が少し冷めたかな」

 無理くり啜った。それから

「やっぱりしばらく酒だな。志朗、熱燗二合とぬる燗一合持って来い」

 一気呵成だった。とはいえ、粗相をしてはならない。ご注文を整えると、ぬる燗をぺろりと飲み干して、

「いひか、ちろう」

 滑舌を千鳥足にし出した。途中で男としては聞き逃せないフレーズがあったので、

「侮蔑ならば、けいや」

 注意喚起をすると、

「ごめんなさい。ちゃんと話します」

 テーブルに頭をこすりつけた。契約解除って単語は神に痛恨の一撃を喰らわせるのだろうか。

 頭を上げると、弁天さんはすっかり酔いのない低い声になった。

「これから話しを一つする。少々長くなるが、途中で質問とかツッコミとか合いの手とか、ともかくそんなことをさしはさんだらすぐに寝るからな。そして二度と話さないからな。心して聞け」

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