第55話 周ってみる
翌日。曇り空だった。風もなく、気温も低くもなかった。タンブラーにホットコーヒーを淹れて出かけることにした。
まず行ったのは度津神社だった。すでに車が一台あった。拝殿に上がろうとしたらカップルは息を弾ませて社務所に向かって行った。柏手を打った。願い事はあった。けれどそれを願うのは違うような気がした。だから
「また来ました。道中お守りくださいまして、ありがとうございます」
と口を動かした。
次に行ったのは朱鷺の森公園だった。入館してゆっくりと歩いた。今度はじっくりとゲージ内の朱鷺を見ることが出来た。ふれあいプラザを出て、林に近づいた。一歩踏み出して止めた。見上げた木々は思いのほか高かった。吐いた息が白かった。急に肩が冷えてきたので、そそくさと駐車場に向かった。
車を大野亀へ向けた。駐車場から降りたら風というか一帯が寒く感じだ。車内からマグボトルを出して、車体に背中を預けてマグボトルに口付けた。大きな大きな山のような岩を見つめた。動き出したりしない、冷え冷えとした巨岩だった。マグボトルを持ち直して、車内に戻った。身震いが一つしてきた。エンジンをかけ加速。傍から見たら逃げるようだった、なんて言われるような発車だった。
ルートを変えて杉池に向かった。雰囲気だけなら以前よりも本当に何か出現してきそうな感じだった。匂いが冷たい。縁に数分立った。水面が時々小さな波紋が起こるだけだった。奇声に似た鳥の鳴き声が遠くから聞こえた。ポケットから「朱鷺の卵」を一つ取り出して口にした。わざとらしく咀嚼する音を立ててみた。もう口の中にはその菓子はないのに食んでみた。あっという間に菓子はなくなった。鼻で息を吐いてからそこをあとにした。
コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら金山に向かった。駐車場には何台かの自家用車が、マイクロバス、観光バスがあった。お客が結構入っているようだった。賑わいが聞こえる。観光客の飾った服がうっとうしかった。スタッフが資料館の前で清掃をしていたので、鬼太鼓の練習をする人たちはこのあたりにいるか尋ねた。「先月、何日か熱心な人はいたようですが、それっきりは」。スマホを横向きに持っていたせいか、観光客と間違えられたのだろう、あっさりと答えてくれた。簡単な謝意を告げ、そのまま車に乗った。
家に着いて、ゆっくりと玄関を開けた。わずかに心臓が落ち着いていなかったからだ。しかし、上り框に誰かが座っているなんてことはなく、一旦閉めた玄関をもう一度開けてみてもさっき乗って来たばかりの自動車の後部が見えるだけだった。
マグボトルを流しに置いた。電気ケトルをセットしてその間にトイレへ。戻ると、お茶にした。ダイニングチェアの背もたれに身を預けた。天井を眺める。それからお茶を啜った。もう一度背もたれ寄り掛かって天井を見た。
「後行く所は」
白い息が消えた。
「分ってるけど」
身を直して何度かに分けてお茶を飲み干してから、もう一杯のために立ち上がった。
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