第46話 お能登さまの業務とは
「もしかしてお能登様、人間さんは誤解しているのではないですか?」
トナカイは身を乗り出さんばかりに勇んでいた。背理法を始めて発案した人はこのような顔をしていただろう。
「いや、誤解ではなく、齟齬だ」
両手で頭を抱えたままお能登さまは絞り出すように言った。
「やっぱり! 人間さん!」
やはりではない。誤解と齟齬は違う。それにだ、
「俺は志朗、羽場志朗。そちらには名前がないかも知れないが、人間には名前がある。だからそう呼んでくれ」
「はい、えっと羽場さん」
よろしい、よくできました。
「お能登様の当地の仕事の件ではありません、私が来たのは」
「ああ、別件の仕事が入ったから早く来いと」
「いいえ、入ったのではありません。もう入っていたのです」
「ん? 何、言ってんの?」
「はい、毎年恒例のお仕事でして、そろそろ準備しないと間に合わないというか、もう大半準備は終わっているのですが、そっちの準備ではなく、別の準備があってですね」
つまりは年末大掃除みたいな業務があるからそれに間に合わないかもしれないから呼びに来たと。
「すごいですね、羽場さん。一言にするとそうです」
それならば最初からそう言え。
「他人のこと言えんぞ~、志朗、類友ってやつじゃないか?」
テーブルに両肘をついて、スプーンを口に運ぶ弁天さん。行儀悪い神だな。俺も要領得ない話をする時はあるかもしれないが、それを言うなら皆様方も同類では。それよりも今は込み入った事情があると言うのが分って、トナカイがわざわざやって来たのだから、お能登さまの返答や如何に。
「わざわざってことでもないんですよ。ここでいろいろ買う予定の物もあって」
トナカイも観光だったわけだ。本当に雄弁ではない。
「あ、そうだ。今年は少しデザインを変えたんですよ」
言いながらトナカイはどっから持って来て、いつ置いたのかしれない大き目なデイバッグから取り出して広げた。その前にトナカイが「デザイン」なんて単語を言い出した方に驚いたな。
そんな驚きを一蹴されたのはまさにトナカイが出した品であり、真っ赤な衣服は
「サンタクロース?」
だった。よもやお能登さま、サンタコスでケーキの店頭販売をするバイトでも入れているのか。
「やだなあ、羽場さん。そんなわけないじゃないですか」
トナカイが手で笑いを隠していた。からかわれているとしか思えない。
「お能登様の仕事の一環ですよ」
またしても不明瞭な説明になってきた。自覚させてやろうか。拳を握って息を吐いて立ち上がると、
「いや、本当なんですって。ね、お能登様。毎年、年末に真っ赤な服着てプレゼント渡して回らないといけないんですって。私に乗って」
だから、ケーキ販売でないなら、サンタコスで保育園や社会福祉施設へ慰問するボランティアと言いたいのだろう。が、
「あれ、最後、何て言った?」
とてつもなく気になるフレーズを聞き逃すところだった。
「はい、私に乗るんです」
「お能登さまがサンタコスでおんぶされる?」
思わずお能登さまを凝視。
「そういうことではない」
恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。
「そうです。おんぶではありませんよ」
腰に片手を置いて、もう片方の手で指さされる勢いだった。こんなトナカイにたしなめられるとは。確かにトナカイだった。ということは、
「はあ? お能登さま……」
サンタコスではなく、サンタ本人だった。問い詰めようにも驚きすぎて文字通り開いた口がふさがらない。いや、それなら乗るのは橇であって、こいつではないはずだが。
「仕事なんだから仕方あるまい」
そんな西洋文化の慣習および日本企業のビジネス戦略に乗るようなことしなくても。というか、なぜそんなことをする羽目に。
「現代的と考えれば、おもちゃとかのプレゼントの枠にむしろ押し込めてしまっているが、分け与えるという精神は古来より引き継がれている。その形式をまさに現代的に即して適応した結果だ」
つまりはサンタでなくてもよかったが、サンタが今だと分かりやすいからその活動をしていると。
「さすがだな、志朗。呑み込みが早い」
「羽場さん、頭いいんですねえ」
お能登さまにちょっとでも褒められると、もはや称賛を得たくらいの歓喜になるのに、トナカイに言われると屈辱的に感じられるのは一体なぜだろう。
「とはいえ、全世界を巡回するというわけではない。区域が決められていてな。衣装は遠慮しているのだが、気持ちから入った方がいいとか結局は毎年着させられている」
マイナーチェンジをしているなら、その変遷を踏まえて画像を残していないだろうか。買取にためらいは一切ない。なぜなら、経費で落とすこともやぶさかではないからだ。
「では、お能登様、出立……」
「お前は必要なものを買え」
身を乗り出そうとするトナカイを片手で制止した。そういえばさっきトナカイは別件もあるみたいなことを言っていたな。ならば、お能登さまどうのとか言ってないで、さっさと自分の職務を全うせよと言いたい。俺の前にお能登さまがきつい灸をすえたが。
「なら、志朗が車を出せばいいんじゃね?」
どっから持って来たその文末と発想、と大見得きってクレームを言えないのは相手が神だからであり、その代わりにお能登さまを見た。
「志朗は関係なかろう。無理強いをさせるな」
心強い迎撃が予想以上だった。だったのだが、
「観光物産に興味はないのか、お能登」
他意のない弁天さんの疑問がお能登さまを黙らせた。というか、
「志朗、気が進まんかの?」
あのお能登さまがおねだりをしてくるものだから、トナカイの登場よりも心拍数や血圧が瞬く間に上昇し、疲労感を真空パックに密封して、
「行きましょう」
胸を叩いた。
トナカイが弁天さんのタブレットをいじっていたが、それは全く個人的趣味に興奮しているようにしか見えず、サンタ的トナカイ的奉仕のための珍品の購入がいよいよ怪しく思えるに至った。
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