第42話 金山近くの駐車場

 行くと鬼さんが頭を下げて待っていた。快晴。それまでの天候不順が嘘のように。場所は金山――かつての金鉱で江戸幕府の財政を支えたとか。現在は観光地になっている――近くの駐車場だった。朝七時半。幸いにして人はいない。弁天さんが儀式を始めた。

「あれ? そういえば不調のお子さんは?」

 鬼さんに耳打ちした。案件のわりに一人での待ち合わせとは。ご本人がいないと処置のしようもない、と懸念を表そうとすると、汗を拭き出す勢いで

「ええ、ですから弁天様がお呼びしておりまして」

 小声だった。弁天さんのセリフがそういえば大野亀の時と違っているように聞こえた。すると地響き。またしても巨岩がどうのとか、あるいは自然物に宿った霊だとかが動き出してというやつかと思ったが、今行っているのは不調の鬼の回復祈願である。これほどに一帯が揺れるのはいったいどういうことか、などと下手をしたら儀式続行を止めなければならないと身を動かそうとした時である。金山の、斧で中途まで叩き割ったような山頂の間から覗く影があった。デイダラボッチもびっくりな鬼が横たわった。

「せがれでして」

 成長期にもほどがある。寝てってことは寝返りでもうったのなら山の形や観光施設が変形いや倒壊するほどの被害になるのではないか。どんな不調……力の暴走だとしたら、それも不調って言ったら不調か。

「ここは……」

 言ってお能登さまを見ればやはりというか、さすがというか、早速袖から糸を放っていた。横臥の巨鬼をがんじがらめにする和装美人。無料動画投稿サイトにアップしたら、今回の一連だけで俺はマンション買えるのではなかろうか。鬼がデジタル機器に投影され保存可能ならばだが。

 踊る女神、踏ん張るお能登さまを差し置いて俺が何かできるわけもなく、弁天さんの進捗状況を確認するのみであった。やはり日本酒や塩、米をまいたり、果物や野菜を放り投げたりする。すると山ほどの大きさの鬼の子が徐々にその大きさを小さくしていった。もう放る物がなくなっても祝詞を唄い続ける限り、身体の縮小は進み、お能登さまは糸を回収。終了時には身長一五〇センチほどの鬼が

「おはようございます」

 黄色い旗で車両を止め横断歩道を渡らせてくれたシルバーに挨拶する小学生ほどの元気よさで一礼をした。どんな不調になったら鬼があんな大きさになるというのか。まあ原因を突き詰めても仕方ない。元気になった鬼のトレーニングを担う重要な役割があるのだ。現にお能登さまだけでなく、ぐったりしてしゃがみこんでいる弁天さんや鬼さんまで心配げな目で俺を見ている。小さい鬼は何のことやら皆目見当がつかない様子で大人たちを見やっている。

「まあ、この土地の鬼ならこれしかないでしょ」

 駐車場の一角。車が停めないような、スペースの隅のあたり。組んだ台に太鼓が置かれ、拍子を取って撥で叩く。叩く合間に踊る鬼。当地の芸能、鬼太鼓というやつだ。これだけ踊れば何よりのトレーニングでしょ。わざわざジョギングしたり、筋トレしたり、プロテイン飲んだりしなくていいだろ。鬼の面、乱れる長髪、柄がぶっ飛んだ上下の衣類、足袋と草鞋の恰好で撥をふるい太鼓を叩く。そんな芸能が大人だけではなく、子供たちも演じ、地域ごとに演出が違っている、なんてことが調べた結果なのだ。ということは、こんなところで踊っていても、それこそ芸能の練習かなくらいだし、観光客にとっては真新しい光景として怪しまれない。鬼が娑婆で堂々とトレーニングするのにこれほどうってつけなコンテンツはない、と勝手に思ってやらせたわけだ。当然、鬼の親子にはそれっぽい衣類を準備しておいて、着させた。半裸で踊らせるわけにはいかない。さあ、好きなだけ踊るがいい。気のすむまでトレーニングとするがいい。

 九時過ぎ、観光バスがやって来た。整備された坑道跡や資料館は、確かに格好の観光施設に違いない。バスから観光客がぞろぞろやって来た。太鼓を叩きまくっている鬼を目ざとく見つけ、距離を取って見始めた。外国人はカメラを構え、腕組みする壮年や音のない手拍子をする老夫婦などなど。誰一人として本物の異界の住人だとは思ってないだろうなあ、なんて思っていると、遠くで、おそらくはこの施設のスタッフと思われる人が、「鬼太鼓の演舞なんて聞いてたか?」みたいなことを言っているのが聞こえて、肝が冷えそうになった。かと思うと、「いや、見た事ない型だから、若いのがオリジナリティとか言って練習してんだろ。邪魔にならなきゃいいだろ」。寛容な声も聞こえてほっと胸をなでおろすことができた。バスガイドに案内されて観光客たちが施設へ入った隙に、鬼たちは場所移動することにした。観光バスの群れが大挙する前にとんずらこくのは善後策としては正しい。草葉の陰で続きを行うとよい。俺たちも帰路となり、何件かの飲食店に寄る羽目になったのはほかならぬ踊り神のねぎらいのためである。

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