第39話 鬼からのお願い
居間のダイニングテーブルには人間と、謎の美女と、女神と、それに鬼が湯飲みに口をつけ、くつろぎのひと時を過ごしていた。いやいや、こんなのんきなことをしている場合ではない。意図せず鬼に視線が向く。致し方ないことだ。なんだって鬼なんだもの。角二本、くるくるとした髪型、牙、がっちりとした体格、二メートルはありそうな身長、赤い肌、虎柄の腰巻。
「あ、ちゃんとぱんつとかいうのを履いているんで、汚くないです。汚したら言ってください。拭きますんで」
玄関でもそうだったが、この鬼からは伝承的・童話的・二次元的な威圧感がない。むしろ温和である。どっかの和装美人が女神からちょっかい出された時の反応の方が怖い。
ところで、こんななりした生物(? あ、妖怪か……妖怪か?)がどっからここまでやって来たのか、その経路とか交通手段とか、滞在時間とかもろもろ気になることはあった。なぜなら、下手をすれば珍獣を密輸しているなどとあらぬ噂を着火してくれそうな近所の眼があるのだ。コスプレという語がゴリ押しできるのはお能登さまと弁天さんくらいで、さすがに時期を先取りしたハロウィンと言っても見過ごしてくれないだろう。とはいえ、こちらから変に言い訳がましいことを言い出せば、どこからボロが出るかしれないし、細心の注意を払い虚実入り混じった答弁をしても、きっと針小棒大に火を起こし、噂の煙を立ち上らせてくれるだろう。よって、沈黙を守ることにした。
そこで結局は本題に戻る。鬼は何をしに来たのか、ということだ。
「はい、言いにくいことですが」
この鬼、図体にしては低い声ではない。掠れてもないし、ガラガラしているわけでもない、けれどオペラ歌手のような美声でもない。人のいいオッチャンの声だった。人ではないが。
鬼は本当に言いにくそうに順々に顔を見つめてから、
「ご協力いただけないでしょうか」
頭を下げた。テーブルに手をついて。今更に爪が伸びているのを見止めた。どんな鑢を使っているのだろう、あるいはネイルサロン的なケアとか。なぜかというと弁天さんがしきりに鬼の爪と自分の爪を見比べているからだ。
「あの、実は」
「断る」
言ったのはどうやら爪の負け組弁天さんだった。そのついでにお茶を飲み干し、お代わりを要求。もちろん俺に。
「弁天様―」
鬼はもう泣きそうである。というか、鬼と弁天さんは面識あるのか。それならば何をいまさら爪の良し悪しを気にすることがあろうか。というよりもあなたが引きこもっている間にも娑婆の時間は流れていたんです。鬼が流行に乗り遅れないよう切磋琢磨したとして、あなたに咎める筋合いがありますか。
「ある。気分が悪い」
ではもう二度と引きこもらないことです。ため息をつきつつ俺はスマホを取り出して、
「弁天さん、ネイルサロン行きますか?」
タップした画面を弁天さんに見せた。
「よかろう。行くのもやぶさかではない~」
上機嫌になった。よって、鬼の話しに戻る。再開を示すため、掌を向けた。
「実は子供が不調で。診てもらえないかと」
それならここではなく病院に行くといい。野草が薬代わりだった時代ではない。CTやMRIでくまなく病巣を発見できる現代だ。専門家が最新鋭の科学的判断をしてくれるだろう。鬼の診断をした経験のあるドクターがどこぞにいるかは知らんけども。
「そういうことではなく、なんと言いましょうか」
鬼は湯飲みを逆さにしてがぶ飲みして、お代わりを求めた。俺も余計なことを言ってしまい、鬼の機嫌を損ねてはどのタイミングでブチキレるかしれない。よって丁重にお代わりを差し出した。
「弁天様が再びお姿を見せてくれるとのこと、しかもそれが人の作為によってなされたと聞き及びました」
なんか悪だくみに巻き込まれた結果、姿をさらすことになった悲劇のヒロインの地位になってないか、弁天さん。そしてその張本人が俺またはお能登さまになってないか。お能登さまに視線を送ってみた。平然と茶を飲み、空の湯飲みを出してきた、当然俺に。ということは鬼には俺たちへの悪意はないと確定していいようだ。
「弁天様のお力で浄め、その上で皆様方には処置をしていただきたいのです」
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