第36話 朝
「おはよう、飲み過ぎかもしれんと思って先に起きたのだ」
お能登さまが朝食を準備していた。
「酒臭いぞ、志朗。口をゆすげ」
鼻をつまんで、洗面所に行けと言わんばかりに手で払うお能登さま。
台所の鏡に映る自分の顔を見た。ひどい顔だった。コップに注いだ水で口をゆすいで、それから残りを飲み干した。体の中がみずみずしくなっていく。砂漠でもないのに瞬時に吸収されるような感じ。酒でこんなに乾くもんだろうか、と顔を洗った。鋭気が若干よみがえった顔が鏡にあった。
割烹着姿でいそいそと支度を整えるお能登さまに、「惚れてます」と言おうかと思った。つっ立たまましきりにお能登さまを見やった。言わなかった。言えなかったのではない。
――無粋だな
そんな気持ちが現れたからである。
「志朗、何をしているんだ。なんなら弁天を起こしに行ってくれ」
お叱り、御小言ごもっとも。
――ああ、お能登さまだな
俺は静かに客間へ行って、馬鹿でかい声で弁天さんを叩き起こした。
朝食の途中で雨が降ってきた。小雨でも、かといって激しい雨でもない。トタンを叩く音が耳障りではないが、気にはなった。
弁天さんはしょぼしょぼとした顔でちびりちびりと朝食を摂っていた。二日酔いのせいか、朝弱いせいか。いずれにせよ、そのおかげで静かにかつのんびりとした落ち着いた朝食を堪能することができた。お能登さまの味噌汁が胃を越して肝臓に浸る感じがして、瞬く間にお代わりをしてしまった。お能登さまは、やんちゃな弟の世話をするような感じでお椀を返しくれた。
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