第34話 部屋

 夜深く、お能登さまの部屋を訪れた。

「お茶を淹れました」

 合図があって戸を開けると、お能登さまは窓際にいた。灯りは点けていない。障子戸を開けた窓からは鮮やかな月の光が注いでいた。お能登さまは煙管をくゆらせていた。深窓の令嬢、と呼ぶには襟元が緩やかになっており色気過多だった。お能登さまの傍らに湯飲みを置いた。煙管から口を離し、ふうと息を吐いた。煙は月光で粒子のように瞬いた。

「この煙と同じようなものだな、弁天も私も」

 遠い目をしながらの感傷に応えられるだけふさわしい合いの手を俺は持ち合わせていなかった。

「俺も大して変りないですよ。人生無常っていうくらいだし」

「うまいことを言うな、志朗」

 してやったりとしたわけではない。お能登さまの作った笑みが冷たかった。同時にありがたかった。

 お能登さまは湯飲みの縁をつまむようにして持ち上げて、一口啜った後、静かに息を吐いた。艶っぽかった。まだ酔っているのだろうか、灯りを消した部屋で光源は月明かりのみ。逆光になった頬が酒に浸っているのか、もう冷めてしまったのか読み取れなかった。

 また煙管を口にした。煙を月光が射した。消える煙。

「弁天は何をしている」

「酔って寝ちゃいました。神様が風邪ひくかなんて知りませんけど、毛布かけておきました。俺これから風呂に入るんで上がっても寝ていたら部屋に運びます」

「手間をかけるな」

「それは弁天さんから聞きたいですね」

「……悪いな」

 最後の言葉が何に対して言ったことなのか、判然としなかったが、なんだか根掘り葉掘り聞くのは無粋な気がした。

 部屋を出る時何気なくお能登さまを見た。外を見ながら煙を吹いていた。やはり逆光で見えなかったが、なんだか泣きそうな顔に見えた。

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