第29話 弁天さん登場

 再び風島に到着。引きこもりの神様のご登場がいかなるものか、それはそれは厳かに巨岩がひび割れて開扉が始まるか、神秘的に頂より後光を伴って舞い降りるか、あるいは人様の想像を軽々と超えるか、はたまた及びもしないシーンと思っていたら、

「やっほー」

 麓の神社の前に座っていた。日本神話をモチーフにした絵からそのまんま飛び出したような人の姿として。ところで先ほどのご挨拶だが、山頂でもないからこだましないのはそうなのだが、神様の威厳性皆無な実に軽妙な挨拶だった。また絵から出たとは言ったものの、その出で立ちが奇抜というか、奇妙というか、意匠が古風でも今様でもない、ただ着物だというのは分かる。ニコニコと手を振っている様子からは、引きこもっていたとは思えないくらい爽快である。

 一方、お能登さまはすっかり忌々しげな顔で立ち尽くしてしまっていた。

「横の男はお能登の相方か?」

 スクッと立ち上がって俺の目の前にひょいっと現れた。お能登さまと俺が並ぶ立ち位置と弁天さんとはその距離十メートル弱あったろうか。そこを走ったわけではないのに、まるでワープである。早くも神様の御力を垣間見てしまった。感嘆の前に宣言しなければならない。漫才コンビを結成した記憶も事実もない。

 それよりも、だ。

「杉池の主は?」

 したり顔なのか、からかっている顔なのか、弁天さんはお能登さまに顔を近づけた。お能登さまはすっかり明王のような顔になっている。それを見て弁天さんはなお一層愉快そうになる。お能登さまは目を閉じて弁天さんを押しのけた。つんのめるようにして後ずさりした弁天さんの胸に例の物が。

「『ちゃんとお使いできましたよ~』くらい言えばいいのに」

 弁天さんはそれを胸の中にしまった。

「それで~お能登は何用で参ったのだ~」

 再度接近。完全にお茶らけている。もうこれは意図的だろう。ものの見事に噴火寸前のお能登さまはすっかり戦略にはまっているわけだ。

「あの、大野亀に一緒に来てもらえませんか。先方がご指名なので」

「あら、そう」

 きっとお能登さまからは理路整然とした言葉は出ないだろう。よって代弁。弁天さんはあっさりとお能登さまから離れ、

「案内してくれるのでしょ?」

 今度は俺に接近。パーソナルスペースなどお構いなしだ。

「神様なら瞬間移動とかできるんでしょ」

 反りながら抵抗。皮肉みたいになって激怒されないだろうか。というか、島内なのだから案内も何もお知りになっているはず。

「じどうしゃとかいう乗り物に乗せてよ。お能登ばっかりずるいじゃない」

 肩にぶら下がるようにしてさらに接近してくる。思考がままならなくなりそうな甘美な匂いがしてくる。つまりは、現代移動機関を味わってみたいと。

「離れろ」

 仁王とてそんな表情はしないだろうという顔をしてお能登さまは弁天さんを俺の肩から引き離した。ただ実際は罰ゲームで湿布をはがすみたいな勢いだった。肩がひりひりするのは気のせいにしておこう。

「まあまあ、どっちにしろ、弁天さんが先に着いても先方さんとの折衝は結局お能登さまが着かないことには始まらないですし、こう言っては何ですが」

 わざとらしくお能登さまに耳打ちする。自分で言うのも何だが、まるで代官に悪知恵を吹き込む悪徳商人である。

「弁天さんを好き勝手に動かしたら何をしでかすか分からないんでは? それならば監視しといた方がまだましかと」

 忌々しそうに、断腸の思いで決断したとばかりに、

「よかろう。弁天。乗れ」

 紅い自動車を指差した。神様に命令って。

「じゃあじゃあ、途中でこんびにってところに寄ってすうぃーつぅっていうのを買って、すむーじーってのも楽しみだわ~」

 はしゃぎながらルンルンのステップで乗車。そういう言動がお能登さまの癇に障っているのだ。

「お能登さま、コンビニにはですね、スーパーとは違った和菓子もありましてね」

 お能登さまの背筋がわずかに伸びた。

「し、仕方あるまい。参ろうか。しかし、志朗よ。そんなことで私を手なずけようなどとゆめゆめ思わぬことだな」

 わざとらしい咳払いをして自動車に向かった。

 コンビニでスイーツ類とジュース類だけで万単位を使ったのは人生で初めてだった。

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