第28話 知恵を使ってみました

「これは一本取られたな」

 白い蛇様はケタケタと笑い出した。俺が献上したもの。

「『朱鷺の卵』……? いや、そうだが」

 箱に入ったいくつもの「卵」を見て、お能登さまは困惑していた。俺が入手したのは現物のモノホンの、物質として他でもない朱鷺が産卵したそれではない。観光客が買い求めそうな、お菓子の「朱鷺の卵」だった。球状のカステラの中に餡が入っている。白い蛇様が堪能なさった卵とは違うが、小麦や牛乳や砂糖や小豆やなんのかんのでこしらえられた一品が栄養不足では決してない。栄養価に偏りがあるなんてのはこの際大目に見てもらわなければならない。

「こんなものどこで」

 お能登さまは睨む勢いで俺に問う、いや問い詰める。まさに「こんなものが主様の意に沿うわけなかろう」と激怒しそうな眼力である。一方の白い蛇様はまったく意に介さずシコシコと「朱鷺の卵」を食している。実は初めてお能登さまと会ったあの日、発着船乗り場から駐車場までの通路には土産物屋が並んでいた。そこにはさすが日本酒や金箔をちりばめたカステラやステッカーやそれこそお菓子やらがあった。そこで見ていたのだ。

「よく気付いたな」

 お能登さまは蛇様の食欲を見てまんざらでもないと心得て、俺にあきれてしまっていた。

「さてさて」

 白い蛇様、丸個入りの箱を完食。お能登さま、俺の順番で見やったと、

「まあ今回はこれでよかろう。弁天殿に渡しておいてくれ」

 白い蛇様が首を上下に振ると、お能登さまの目の高さにわら半紙みたいな紙が突然現れた。差し出した掌にゆっくりと降りていく。ちらりと見えたのは、これまで見た事のない図象というのか記号というのかがあった。まったくもって理解できない。英語でも中国語でも、ましてやそのほかの現代の言語で示されるそれではない。もはや宇宙人でやり取りされる文字とでも思っておかないと、なんていう俺の悶絶を他所に、お能登さまはそれを畳んで重ねた衿の中に。

「弁天殿にくれぐれもと伝えておいてくれ」

 首をゆっくり下げて、白い蛇様は池の中に消えていった。それをお能登さまは深く礼をして見送った。それから車へ向かった。発車してもしばらくお能登さまが何も言わないから、白い蛇様は許容してくれたものの、お能登さまとしては不服で気を損ねているのかもしれなかった。

「志朗」

 だから、肘をついて海を眺めていたお能登さまが唐突に名前を呼んで、俺はびくついてしまった。咎められか、あるいは叱責されるか覚悟をしたのだが、

「今は礼を言っておく。私には応対できなかったから」

 お能登さまにしては小さな、そして若干弱弱しい声だった。俺はどう声に出して、何を答えるか思いつかなかったので、ただ頭を下げるだけだった。

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