第25話 引きこもりの弁天様

「あのさ、ここは巨岩の産地なわけ?」

 海岸線を南下。四十分ほどで到着した風島。岬の先に突き出ている切り立った岩。そこに弁天さんがいるとのことだが、確かに御社がある。巨岩の頂に。大野亀ほどではないが、数十メートルは間違いない。麓に小さな神社というか社があるが、無人でどこにも弁天さんらしき方はいらっしゃらない。岩の肌をらせん状に設けられた階段を辿って行くと頂まで行けるとのこと。看板があったから分かったことだ。

「ここ昇るんだ」

 見上げた。首が痛くなるくらいに。快晴で良かった。岬だから少しの風でも強く感じて階段を昇る足がすくんでしまうだろう。

「行きますか、お能登さま」

 車中から岩の麓に至るまでお能登さまの口数は限りなく少なかった。またしてもえらい顔になっていた。それでも目を閉じて、口を真一文字に結んで力んだ後、

「よし!」

 と言って一歩出した。

「あの、こちらにご用向きですか?」

 一羽の海鳥が目線まで下降して来た。この島は動物しゃべりすぎ。

「べ、……弁天に所用が」

 鳥にさえ目を合わせようとしなかった。

「そうですか。それは困った」

 海鳥は羽を広げたまま頂を見上げた。いやその前にだよ、この鳥はお能登さまがコミュニケーション可能だと分かって言いに来たんだよな。どうやって何を識別しているんだか。それにだ。またしても困りごとか。本格的にゲームじみてきたぞ。俺は島内のいろんなところを移動できてドライブ気分だが、お能登さまはそうはいかない。なんといっても目的がある。その目的のためにこうして遠回りなことにさえ真摯に向き合っているのだ。

「弁天様、引きこもりになってしまって」

 海鳥がうなだれた。俺もうなだれた。神様、ニートになったら人間に示しが付きませんよ。

「お能登さま、どうし……ま……す?」

 お能登さまの顔が変化した。屈辱に埋もれまいとする顔ではない。嫌な業務を突き付けられた顔ではない。憤懣やるせない感情が噴出した顔である。

「弁天―ッ!」

 絶叫して、袖を振るった。例の糸が頂にペットボトルロケットよりも高速で上がっていく。が、頂まで数メートルの空間で制止。力なく戻ってきた。やっぱり、神様呼び捨てなんだ。

「お能登なのね」

 またしても空間からの声。空から声が降って来るなんて、とはいえ、一度経験していると、さほど驚かなくなるものだ。優しげな女性の声だった。決してどすの効いた声ではない。むしろ神様の権威にクエスチョンが浮かぶほどキャピキャピとした声だった。その声色からお能登さまが来たのを喜んでいるようだ。どこに引きこもる悲壮感があるかしれない。それなら、お能登さまのあの毛嫌い感はいったい何?

「弁天、出て参れ」

「いやよ、お能登がいらっしゃいよ。お茶用意してあげるから。あ、お酒の方がいい? 最近ね、人間てすごいのよ。芳醇な酒がいろんな種類があってね」

 もはや神様というより居酒屋で開かれた女子会の声が漏れ聞こえる状態である。

「そうではない。連れて参らねばならんのだ」

「どこによ。私、行かない。せっかく久しぶりに会えるのに、どうしてそんな」

 憤慨しているお能登さまと、プンスカし出した神様。お能登さま、神様と面識があるんですかとか、気にはなるが、それよりも、割って入るしかない。なぜかって、話しが進まないからである。

「あのー、お能登さまの付添をしてまして」

「あら、人間もしゃべれるのね。お能登がいるからかしら」

 声は地上に着いた。お能登さまと同じくらいの身長か、真正面から聞こえてきた声は、まったく驚いてないのに驚いたふりをしている。お能登さまがいるから動物や神様とコミュニケーションできるとはどんなAIが組み込まれているんだい。てか、俺も神様とまさか会話できるとは予想外なんですがね。とは思いつつも、状況というか成り行きをかいつまんで説明。

「そう。そうなのね」

 プンスカは沈静化した。不機嫌な彼女にブランド品を買ってあげた感じである。

「でもいやよ。私、行かない。どうして出なきゃいけないのよ」

「べ~ん、て~ん」

 憤怒が飛翔していきそうなので必死に制止させる。後ろから精一杯の力で羽交い絞めにするくらいしかできなかったが。

「あの出たくない理由があるんですよね。だったら、何をしたらお能登さまに協力してくれます?」

 岩戸にお隠れになった神様を出すには理由を問いただすのではない。自発的に出てもらう工夫をしなければならない。ありがとう神話。まさか現実問題の打破が似た状況であらわれるなんて思わなかった。

「そうね。私が言ったことをしてくれるのね? なら、でかしたら出てあげる」

「お能登さま、やりましたよ。出てくれるって」

 陽気なお声の返答だったため、羽交い絞めのままお能登さまを見ると、「なにを言い出してくれたんだ、お前は」級の睨みがあった。なぜ分かるかと言えば、以前ちょっと働いた職場の上司が取引先とのやり取りでやらかした部下の社員に似たような表情を見せていたからである。

「他に方法ありますか? 事と次第によればお能登さまにご足労ならなくても、俺一人でもできることかもしれないじゃないですか」

 絞める腕に負けない強さで早口に言ってみた。

「確かに」

 溜飲を下げてくれて本当に安堵した。踏ん張っていた身体から力が抜けたのを感じ、羽交い絞めを解いた。お能登さまのご機嫌を取り直したものの、一つの懸念がぬぐわれたわけではなかった。すなわち、お能登さまにはああ言ったものの、弁天さんがお能登さまを除外するような要求をするだろうか。お能登さまは弁天さんの名前だけで顔を歪めるが、弁天さんの方は表情は分からないものの呑気な声からはお能登さまを毛嫌いしている雰囲気はない。いよいよの腹を決めてやって来てみれば、先方は引きこもって顔を出さないうえに、会いたければ言うことを聞けときたもんだ。お能登さまがお冠になっても無理はない。それをようやくなだめたのだから、お願いだからこれ以上ご機嫌を損ねるようなことは言わないでもらいたい。それこそ神頼みである。どなたとは特定はしないけれども、どちらかの神様を当てにして手を合わせておこう。

「ちょっとお使いしてきてくれる? お利口にできたらお駄賃も上げるから」

 ケタケタとはねる声だった。もう頭を抱えたい。だってお能登さま、こめかみの血管が浮き出ているんだもの。握った手から流血しないのが不思議なくらい力が入っているのは、キツツキより高速で動いているから嫌でも分かる。

「冗談よ、冗談。でもお使いは本当。ここからちょっと山の方に入って行くと杉池ってところがあるから、そこの主に会って来て。私の使いって言えばたぶん分かるから。じゃあ、よろしく」

 一方的に言ったきり反応がなくなった。海鳥は申し訳なさそうに一礼をした後飛んで行ってしまった。お能登さまは相変わらず怒り心頭のご様子。ひとまず。

「お能登さま、食べます?」

 ショルダーバッグを開けて、お能登さまの前へ差し出した。

「そんなもので私の機嫌を取ろうというのか」

 そそくさと俺の手からかっさらうように取ると、口の中へ。

「美味いに決まっているだろ」

 おまんじゅう一つ完食。

「喉詰まらないよう、お茶買いに行きましょうか」

 ショルダーバッグを閉めて踵を返す。

「それならば仕方あるまい」

 両肩先をぐるりと回して、お能登さまは俺について来た。

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