第36話 帰省
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それから新幹線を降りて、数駅程電車に乗って、そこから歩いて母方の実家にたどり着く。駅近くはビルが多いけど、少し歩けば畑が増えていくくらいには田舎だ。
畑の道具が行き来するための広い庭にはもううちの家族が集まっていた。
「望ちゃんいらっしゃい。久しぶりねぇ、本当に中々帰ってこないんだから」
皆が本日の主役である兄と寧々さんを囲む中、母だけは真っ先に私の所へ来てくれた。いつもそうだ。継母だからと兄だけを優先しすぎないよう気を使ってくれる。
「ただいま。こちら今付き合ってる静さん」
「はじめまして。今日からお世話になります」
静がぺこりと頭を下げれば母は頬を赤くする。
「あらあらっ、うちの息子とは全然違うタイプなのね。望ちゃんが高校生の時に咲良から名前は聞いていたけれど」
「色々ありまして、復縁したんです。今日はよろしくおねがいします。こちらつまらないものですが」
静は昨日静母から預かった私達宛のお菓子を、今度は私の母へと差し出した。静も結構嘘をつく。もちろん誰も傷付けない嘘だが。
にしても、わかっていたが静の母親受けはめちゃくちゃいいな。文句なしにいい見た目に、今の中身高校生の頼りなさがいいかんじに母性を引き出すのかもしれない。
「まぁありがとう。部屋はいっぱいあるけど、どうする?」
「私、寧々さんと一緒がいい。結婚前にいっぱいお喋りしたい」
「じゃあ静さんは咲良と一緒でいい?」
「もちろんです」
そんな風にさりげなく静との同室回避。兄さん達には悪いけど、結婚すればいくらでも時間はとれるだろうから譲って貰おう。それから祖父母と父にも挨拶をして部屋に向かう。皆兄から静の事は聞いていたのですんなり受け入れていた。結婚の話題は幸いされなかったけど、押し付けるような事を言ってはいけないという配慮だろう。
古びた和風建築を活かした広い家で慣れた客間に入り荷物を広げる。やや遅れて、疲れた感じの寧々さんもやってきた。
「お疲れ様です。しばらく休んだらお昼だそうです」
「ありがとう。あ、ねぇ、望ちゃん。漫画の方なんだけどさ、中原望男性説が出てて、その写真ってもしかして……」
スマホを出しながら聞いてくる寧々さんで何を言いたいかはだいたい把握した。多分寧々さんは私だから気にかけて本来漫画を読まない人なのに私の漫画だけは読んでくれている。そんな人にまでも知れわたっている。
ちなみに投稿は昨日撮ったもの。静が私のプレゼントしたTシャツを着て最新の単行本で顔を隠している写真。この写真も私である事は明言していない。
「そうです。静です。事情がありまして、影武者してもらってるんです」
「あぁ、だよね。顔半分隠れててもわかるよ。静君顔めちゃくちゃ整ってるし」
「それで寧々さんにお願いなんですけど、できたら漫画家としての私の事は内緒にしてほしくて。これから結婚でご家族への紹介もあるのに申し訳ないのですが」
これから家族になる寧々さんには話しておかなくてはいけない。私が漫画家であることを隠すつもりはないけれど、それが少年漫画の中原望であるという事は隠してほしい。
向こうのご家族に秘密にするようなことではないと思うけど、うっかり結婚式みたいな大きな場で暴露されるとまずい。
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