第14話
「あ、あの昨日は取り乱してごめんなさい」
「………い、いえ別に気にしてませんよ」
俺とセリアは二人でギルドに向かいジュリさんにセリアがガンマ拠点にたどり着くまでの経緯を説明していた。
ジュリさんは昨日あんなに取り乱していたセリアが今日唐突に立ち直ってびっくりしているのだろう、目を丸くしている。
昨日は感情的になっていたセリアを適当にあしらっていたジュリさんだったが今日は
「とにかくなるほどです、あなたは業火に焼かれるベータ拠点から逃げてここガンマ拠点まで来たというわけですね」
「そう、です、私は老龍エリクファを絶対に許したりしません」
「老龍エリクファ、かつてアルファ拠点を崩壊させその後姿を消した都市壊滅級モンスター、それが本当に現れたとなれば大惨事です、もう少し待てばベータ拠点に向けて放った定期報告隊が帰ってくると思うので、彼らの話を聞いてその後の対応を決めようと思います、ありがたい話をありがとうね、えーと………」
「私の名前はセリアです」
「そう、じゃあセリアちゃん、あなたも辛いと思うけどあなただけでも無事でよかった」
そう言ってジュリさんはセリアの頭を撫でた。セリアはくすぐったそうに目を細める。
「その、私が必要だと思うのはリスナ密林への調査隊だと思います、多分あそこにエリクファがいるんですから」
セリアはジュリさんに撫でられるのは少し恥ずかしかったのか頬を染めながら手を払う。
「………安心して、最近リスナ密林で行方不明になるハンターが増えてきたから調査隊を編成している途中なの」
「………それっていつ頃完成して、いつ頃出発する予定ですか?」
「ん、えーとまだ編成している途中だから詳しいことはわからないけど多分3か月後とかになると思うわ」
セリアはなにやら焦っているのかリスナ密林の調査をしたくて仕方ないと言った感じだ。
「そう焦るなセリア、調査隊はきちんと組まれる、だからお前はただ待っていれば」
「………そうね、私はただ待っていればいいだけだよね」
やけに物分かりがいいセリアは笑って、その感情のない瞳をへの字に曲げた。
「んじゃあ俺はこのまま訓練に行ってくるわぁ、セリアはどうする?」
「じゃあ私は少し街を回ってみる」
「おう、それがいいだろうこの街には色んなおいしいもんがあるからな」
するとセリアは手を器のようにしてまるで物乞いするかのように目をきゅるるんとさせ俺を一心に見つめる。
「………そりゃどういう意味だぁ?」
「お金、ください」
………まぁ確かにお金も持たずに街を歩くことはできないけどさぁ。
中々に肝座ってるなぁこの子、両親を殺されて気が動転してたかと思えば半日にもすればこうやって前を向けている。………普通な子供ではないことは確かだ。
「はぁじゃあ100ネル渡すからなんか遊んで来い」
最近入った10万ネルのおかげで俺も少し財布のひもが緩くなったのか、いつもは自分のためでさえ100ネルを一日で使うことをためらうほどだったのだが今となってはもう他人にあげることすらできるようになってしまった。
まぁ100ネルもあれば一食かつ、自分に必要な日用品を買うためのお金ぐらいはあるはずだ。
「ありがと!ミスナって優しいね!」
にかっと快活な笑みを浮かべたセリア、その笑みは不覚にも俺の心臓を跳ねさせた。だが俺はそんな簡単に絆されないと首を振る。
にしてもこいつ食えない野郎だ、お金を受け取った途端礼だけを残してギルドを飛び出して行ってしまった。
「はぁぁぁ、何か間違ったかぁ?」
本当は老龍エリクファについてもっと詳しく聞いたらどっかの孤児院にでも預けておこうと思ったんだがこうも懐かれてはそうしようにもできん。
「まるで親子みたいですよ、ミスナさんとセリアちゃん」
「えー、出会って一日しか経ってないはずなんすけどね」
「なんかすごくいい関係を築いていけそうですね」
「………だといいっすね」
俺は照れ笑いをしてからその場を後にして訓練場に足を向けた。
・
「また来たなぁ!ひよっこども!今日も貴様らに与える刀はない!このおもりがついたこん棒を振り回せ!」
「「はい!」」
俺は今日も今日とて教官に指示された通りの地獄のウォーミングアップをした後昨日渡されたおもり付きの棒をただ素振りするだけの訓練をしている。
まぁこの後に模擬戦もするがそれも少しだけ、ほとんどはウォーミングアップと素振りだ。ハンターは人と戦うのではなくモンスターと戦うためだから模擬戦は少ないらしい。
「さぁ次は教えた型を使い5分の間に一太刀でも俺に入れてみろ、できなければ腹筋300回だぁぁ!」
「「………っはいっ!」」
さぁここから始まるのが地獄の素振り練習だ。
人に向けて振るのは素振りとは言わないって?違うね、この教官には基本的に当たらないから最早素振りをしているのと変わりない、だから俺はこの訓練を素振りと同じ枠に入れているのさ。
「当たれぇぇぇぇぇ!!」
「遅い!そんな振りで当たると思うな!」
くっそ当たるわけないだろ!?こっちは20キロ相当の棒を振り回してんだぞ、しかも装備もなしでよ!
「じゃあこれはどうだぁぁ!」
俺は半ばやぶれかぶれに棒を振り、棒の遠心力に身を任せたまま教官に突撃する。だがそんな陳腐な攻撃があたるはずもなく、すっと余裕をもって横に避けた教官に横腹をけられた。
「かはっ!?」
乾いた息とともに胃液が口からこぼれ出た。吐いたとき特有のにおいを口に溜めながら、歯を食いしばりもう一度棒に力を入れて振りかぶる。
「なめるなぁぁぁぁぁ!」
「がっ、あっつ」
今度は前蹴りでみぞおちを蹴られた。耐え難い苦痛が俺を襲い、世界が二転三転しているような錯覚に陥る。
「型を崩すな!きちんと構えてから振れ!そんな情けない軌道の刀のままではモンスターの皮膚を切ることなど一生できぬぞ!」
「………はい!!」
俺はもう一度立ち上がり斬りかかる。
こんなにも厳しい教官になぜ人は従うのか、それはこの人が元二級ハンターだからだ。年をとってきたから引退したらしいが、その実力は五級である俺達訓練生の何倍も強い。いやもうまじで半端ないくらいの差があるんだよな。
「甘い!刀は腕で振るうのではなく、体で振るえ!何度も口酸っぱくして教えたはずだぞミスナぁぁ!!」
「っ、はぁい!」
教え通りに体全体で刀を振るうようにする。すると俺はまるで再放送かのように前蹴りを入れられた。
「がぁぁぁ!?」
「構えを崩すなぁぁぁ!!」
いやムズイわ!そんな二個も三個も同時にできるかってんだ!
と、あふれ出そうになる暴言をなんとか胸の内に押しとどめる。
「五分終わり!ミスナ!腹筋500回!さぁ次の者かかってこい!」
「はぁ!?300回だったはずじゃ………」
「うるさい!だまってやれ!」
「くっ、はい!」
こういう理不尽が時代錯誤の訓練らしいちゃ訓練らしいが、にしても酷くないか!?日本みたいな温室育ちの俺からしたらもうめちゃくちゃにきつい。
「なぁ、はっ、はっおい聞いてるか?」
「なんだ、はっ無駄口叩いてると教官に怒られるぞ」
「はっ、はっ!」
俺は課せられた500回分の腹筋をしながら、隣で同じように腹筋を課せられている訓練生同士の話を盗み聞きする。
もし教官に見つかれば懲罰ものだろうが、今は訓練に集中しているみたいだからそう見つかりはしないだろう。
「なんか昨日より、はっ、人少なくねぇ?」
「はっそりゃそうだろ、ルスロー教官の講義は一番きついって言われてるからな、だから全然続かないんだってよ、3か月持ったやつはいないって言われてるぜ」
「そうか、だからなんか先輩みたいな人がいなかったんだな」
「あぁ、前聞いた話では一番長くて一か月だったらしいぞ」
「はぁ!?やっばどんだけだよ」
「てか今何回!?」
「多分250回くらい」
「はぁ後50回か、てかこれ少しくらいサボってもいいだろ」
おいこらぁ!おかしいだろ!なんで俺だけ500回なんだよ!と、憤りを感じながらもその怒りを利用して腹筋のスピードを上げていく。
そしてその後も素振りは続き皆がへとへとになりまともに歩くことすらできなくなった頃、ようやく訓練が終わりを告げた。
「では今日の訓練はここまでである!貴様ら!狩場で死にたくなかったらまた明日も来い!」
「「はい!」」
今日の訓練生たちは昨日よりも肩を落としており、どんよりとした空気が立ちこんでいた。とぼとぼとした足取りで帰路についている。
俺はそんな訓練生を見送った後、昨日と同じように重い棒を持って木人形と相対する。
「はぁ、はぁ、たくっもうちょい俺に優しくしてくれてもいいと思うんだけどなっ!」
棒を木人形の肩に当てる、だがひくつく腕のせいでつい棒を落としてしまう。
「はぁぁぁ、見返してやるからなごらぁ」
と怒りを原動力に俺はただひたすらに棒を振り続けた。
・
そこからは訓練の連続だった。
「遅い!遅すぎるぞ太刀筋が揺れている!棒の切っ先でも当てようとする努力をしろ!俺をモンスターだと思って突撃してこい!」
「はぁい!!」
俺は二週間もの間、このルスロー教官の訓練に通い続けた。訓練を受けるための教官を変えることもできたけど、俺はルスロー教官にどうしても一泡吹かせたかったからあきらめずに訓練を受け続けた。
俺と一緒の時期に訓練を受けていた他の人達はルスロー教官の厳しい訓練についていけず違う教官の方へ移っていった。
最初は「ルスロー教官の厳しい指導の下で最強のハンターになってやる!」と息巻いていたのに、一週間もすれば姿を消していた。
俺は教官の情報なんて何も知らないから候補する訓練生が少なく、教官がよく面倒見てくれそうだなぁという浅い理由でルスロー教官を選んでしまった。
いやはや本当に失敗したと今でも思っているがやはり一発喰らわせないと気が済まん。
すると最近また入ってきた新入生がルスロー教官に吹き飛ばされてしまっている。でもなんか俺のときより優しいような気がするんだが。
だって横腹に蹴りを入れられてないし、「貴様などゴミ同然だぁ!」とかいう人格否定の言葉を浴びせられることも、顔の原型がなくなるほど殴られることもないようだった。
そして罰として課せられていた腹筋が1000回をこなしていたところに新入生を吹き飛ばし終わったルスロー教官が俺の前に立つ。その冷たい目が俺を刺す。
「はっ、はっ」
「………ミスナよ」
「なんですかぁぁきょうかぁぁぁん!」
「追加で腕立て2000回だ」
「あがっくっはぁぁぁい!」
ルスロー教官に今日も一太刀も浴びせられなかった俺は今度は追加として腕立ての刑に処された。これも俺にだけだ。なぜか俺にだけ追加の罰が毎回課せられるのだ。別にさぼっているわけでもないのにな!
というか隣で疲れ果てて仰向きになっている新入生に何か言えよ!なぁんで俺にだけ言ってくるんだこのハゲ!
またもあふれ出そうになる暴言をなんとか強靭な理性で抑える。
「はっはっはっ!」
腕が震える、回数が増えるごとに自分の体重がどんどん重くなっている気がしてくる。
「150、6!」
とはいっても慣れてきたもので腕立てをするスピードはどんどん上がっていた。今や秒速3回はできるようになっている。
まぁ遅くやった方がつらいから早くなってるだけなんだけどね。
その後もめげずになんとかスピードを維持したまま1000回の腕立て伏せを終えた。
「はっ!はっ!はっ!?えぐ、昨日より100回も多いってのがもう本当につらい」
死にかけの魚のようにびくんびくんとその場で跳ねている。
「終わったか、ミスナ」
教官は俺と同じように死にかけの魚になっている訓練生をすべて無視して俺の近くにやって来た。
教官はいつも通りの全く優しさのこもっていない視線を俺に向けて来ている。
「終わったか」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ終わりましたけど!?」
「そうか、ならばもう一度かかってこい」
「はっはっ、了解です」
俺は初めて渡されたあの刀がわりの棒のさらに10倍重い、重量でいえば100キロ近くある棒を持ち上げ構える。
「構えは崩すなよ」
「わかってますよ、何回も言われるんで」
「そうか、ならいい」
教官がそう冷静に告げたのを皮切りに俺は棒を頭上に持ち上げ、教官の頭をかち割る勢いで振り下ろした。
「あたれっ!」
「まだまだ遅い!」
「がはっ、ぶっ」
横に躱した教官はデジャブかのように俺の横腹を蹴ってくる。
遅くて当然でしょうが、これ100キロ近くあるんだぜ!?他の訓練生が10キロなのに対してな!!
「………はぁ、はぁ」
「なんだ、不満か?なら辞めてもいいんだぞ」
「やめませんよ、あなたに一泡ふかすまで俺は絶対にここに通い続けます」
最早当初の目標である”強くなること”は俺の中で二番手の目標になりつつある。今はただこの教官をぶっ飛ばしたいという気持ちが強い。
「そうかならば指導をしてやる、貴様刀を振るうときに”あたれ”と叫んでいたな?」
「言ってましたけどぉ?」
せめてもの抵抗か、めちゃくちゃ口を尖らせて答える。
「”あたれ”などと願うな、刀を当てるのは貴様なのだからその責任を投げようとするな、貴様はただ今まで積み上げてきた自らの研鑽を信じて刀を振るえ」
「はぁ、はぁはぁ、わかりました」
「ふんっならよい」
教官はそれだけを告げて俺に背を向けた。よかった、罰はないみたいだ。
「あぁ言い忘れていたが今回の罰は腹筋1000回だ、さぼらず励め」
「………ざけんなよ、くそはげがぁぁぁ」
「ふむ、お前の目は節穴なのか?私に髪は生えているぞ?」
「………すんません」
教官はみずからがかぶっていた士官帽を取り、短髪ではあるもののふっさふさに生えている白髪を見せてきた。まさかあんな小さい声が聞こえてしまうとは、不覚だった。
俺はさらなる罰が来ないかびくびくしていたんだが、それ以上は特に何も言われることなくルスロー教官は他の訓練生の指導を始めた。
「では今日の訓練はここで終わり!」
その言葉と共に大量の訓練生が訓練場から出ていった。俺はそれを見計らってから棒を手に取り、自主練を始めた。
相対するは何度も打ち込んだ形跡があるボロボロの木人形、俺はその木人形に刀がきちんと当たるように構えをとる。
「今日も頑張りますか」
ごつっとした鈍い音と共に木人形の体を半壊させた。
木人形の破片が力なく回りに散らばっている。そこには人形としての役目を終えた木片だけ。俺はそれを満足気に見つめる。
二週間、毎日欠かさず訓練場に通い、そして自主練をこなし続けた結果が木人形一体の破壊。
「やるじゃん、俺」
3級以上ならたやすくこなしてしまうような小さな結果でも、俺にとってはとても満足できるものだった。
・
それからさらに1ヶ月の時が経った。
未だに俺はルスロー教官に一太刀も浴びせることができずにいた。悔しさと疲労から何度も吐いた。横腹は蹴られすぎて肌色は失せ、黒ずんできている。ちょっと前までは毎日回復薬を飲んで紛らわせていたんだが最近ノームジャスを倒したときの報酬である10万ネルが半分を切り節約するようになったせいでその傷も治せずにいた。
と、こういう風に苦労が絶えない俺ですが、難儀なことにどうしても勝ちたいという気持ちがまたも俺の足を訓練場に向かわせるのでした。
「はぁ、行くか」
俺はギルドのエントランスに足を踏み入れる。するとまだ昼間だというのに飲んだくれている二人組が目に入る。
酒樽から直接酒を取り込んでいる二人は既に顔は真っ赤でありアルコールが全身にくまなく回っているのがわかる。
「なぁ!最近噂になってる夜に現れるお化けって知ってるかぁ?」
ふむ、お化けねぇ………訓練まで時間がまだあるから暇つぶしに丁度いい、最近の情勢とやらを取り入れようじゃないか。俺はその二人組の近くに座り耳を傾ける。
「あ?なんだよそれ」
「最近夜中に出歩くと自分に瓜二つの人間に出会うらしいぜ」
「んだそりゃ、どっかの馬鹿が流した噂だろ」
「それが案外本当らしくてさ、実際に会ったっていうやつも何人もいたんだよ」
「はぁ、くだらね」
「お前こういうのにまったく興味ねぇよなぁ、つまんねー男だぜ」
「そういう噂を信じるお前の方がどうかと思うぜ、俺は」
「じゃあよ本当にいたらどうすんだよ、自分のそっくりさんが」
「そんときは裸になってお前に土下座してやるよ」
「言ったなぁ!絶対忘れんなよ!」
と、わちゃわちゃしながら男二人組はギルドを後にしていった。
自分とそっくりの人に会うとかこわぁ、俺だったらすぐさま逃げちゃうだろうな。にしてもいい話を聞けた、今度レータに話してみよっと。
俺はレータがどんな反応するのか今からでも楽しみにしながら、次にどうやって暇を潰すかを考える。
「………ふむどうしようか」
一度ため息を吐いてから立ち上がる。まだ時間はある、どうにか時間を潰したいところだけど………ふとジュリさんの方に視線を向ける。だがどうやら俺と話せるほどの余裕は彼女にはなさそうに見えた。
あのたわわな胸の躍動がそれを示している。
ギルド内は今日も今日とてせわしなく人が交差していた。どうやら二週間ほど前にベータ拠点に行っていた定期報告隊が帰って来たようで、彼らからベータ拠点の悲惨な状態を聞いたギルドはベータ拠点の状況とセリアの話の整合性を鑑みた後、セリアの話を信じ、崩壊したベータ拠点で唯一の生存者であるセリアの情報を頼りに老龍エリクファに対しての対策を考えているらしい。
だがそんな中でもリスナ密林への調査は忘れていないようで調査隊は2か月後に出発すると通告された。
「前までは初心者が生きやすい森ナンバーワンだったはずなんだけどなぁ」
そんなリスナ密林も今やギルド側が行くことを禁止するほどの危険地帯となってしまっている。
今リスナ密林は深い霧が覆っており、そのせいで前後不覚となり一度入ってしまうと抜け出すことが困難になっているのではないかとギルド側は考えているらしい。今回の調査ではその霧の原因を突き止めることを重要視していると言っていた。
「大変だなぁ」
のんびりと揺れるおっぺぇを眺めているといつの間にか訓練の時間になってしまっていた。
「やば行かなきゃっ」
ほんの少しでも訓練に遅れた場合ルスロー教官からのばか痛い鉄拳制裁が下るから、絶対に遅れてはいけないのだ。
そして俺はなんとかルスロー教官が着く前に訓練場にたどり着くことができた。
「あ、ミスナさん今日も来たんですね」
「おすミル、そりゃ来るさ強くなってルスロー教官に一発入れたいからな」
「そんな考えが思い浮かぶのはミスナさんだけですよ」
訓練場の端の方から駆け寄って来たのは青髪碧眼の好青年ミルだ。こいつは三日前からこの訓練に通い始めている。
通い始めた当初からよく俺に話しかけてきて、罰のサボり方などをよく聞いてきた。俺はそういう上手くサボろうとする怠け者が好きなのですぐに仲良くなった。
「今日もサボる気かぁ?」
「上手くやってみせますよ」
「おうおう、その、意気、だ、ぜ」
「ふっふっふっ、僕のサボり術はミスナさん直伝ですからね、そうそうバレませんよ」
「おい、うし、ろ」
にやっと悪ガキのような笑みを浮かべたミル、だがどうやら後ろにいる鬼の存在に気付いていないようだった。
「へ?」
鬼は元々険しかった眉をさらに顰め、目の前にいる獲物を喰らわんとするほどの殺気を放っている。
「ミル、今回の訓練の罰は期待しておくことだな」
「………ふぁい」
涙目になったミルはプルプルと小動物のように震えている。
「ミスナ、お前もだぞ」
「………巻き添え事故だぁ」
俺は今日も下されるであろうとんでもなくハードな罰に辟易とした。
「なんか教官ってミスナさんにやけに厳しいですよねいつも他の人の10倍罰与えてますし」
「本当になぁ、勘弁してほしいぜ」
「………実は気に入られてるんじゃないですか?」
「いやいや嫌いなだけだろ、もしあれが愛情表現だとしたら需要なさすぎだ」
おっさんのツンデレとか勘弁してくれ。
「ま、でも僕はミスナさんのこと気に入ってますけどね」
「やめろ、男に好かれとうないわ」
「………あははっ、振られちゃった」
ミルは少し気まずそうに頭をかいた。
「そんなことよりそろそろ訓練だ、準備しとけよ」
「もうできてますよ」
打って変わってにかっと快活な笑みを浮かべたミルは重い刀替わりの棒を持ち上げた。
「ならいい」
俺も同じように棒をかついで、教官の方へ向けて歩いていった。
・
「………はっ、はっ」
俺の真上から振り下ろした1トンの棒を教官はたやすく後ろに躱す。
そこをついて振り下ろされている真っ最中の棒を途中で止め突きの態勢に入る。
リーチは十分、このままいけば当たる。
「まだだ、まだ遠い」
だが教官はその棒の切っ先を手ではじいた。
「ばか、力っ!」
こちとら1トンの棒を振り回してんだぞ、それをまるで木の枝かのように軽く扱いやがって!
棒を一度自分の下に戻し、構えをとる。その切っ先には未だ表情の一つも動かさない教官を見据えている。
教官は変わらず俺を冷たく見つめているが、ほんの一瞬だけその視線が俺から外れた。
「そこだぁぁ!」
「だめだ、それは俺がわざと見せた隙だ」
「がふぁぁぁぁ!」
俺はみぞおちを蹴られ二転三転した後壁に打ち付けられた。
「ふぅ、ふぅ、まだだな、罰として5000回の腕立て伏せと5000回の腹筋と5000回のスクワットを課す」
「………くそがぁぁぁ」
教官は汗ばんだ自分の額をぬぐってから無慈悲にもそう告げた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
気合いでそれらすべてのメニューをこなす。
「終わりました!」
「ではまたかかってこい」
「はい!」
そしてまた教官に挑み、敗れ、罰として課せられたメニューをこなす。それの繰り返しだ。
「では今日の訓練はここまで」
「はい!!!」
訓練にも慣れたおかげで時間は一瞬で過ぎていき、訓練の終わりを告げる教官の宣告が鳴り響いた。
その声と共に訓練生たちは蜘蛛の子散らすように訓練場から出ていった。
「おつ、かれさまです、僕も一足先に帰りますね」
「おう、じゃあな」
ミルは俺に一度挨拶した後に帰っていった。今日も昨日と変わらずかなり絞られたようで足取りはふらふらとしている。
そんな限界寸前なミルの背中を見送った後俺は目の前にたたずむ木人形と相対する。
「ふぅ、最近は体力ついてきたから訓練後でも全然余裕で自主練できるんだよなぁ」
俺は一トンの棒を軽々と持ち上げた後に木人形に向けて真っ直ぐに振り下ろす。
軽く下ろしただけのそれは一瞬にして木人形を破壊した。
「うん、俺やっぱ強くなってるなぁ」
関心関心とうなずく。
俺は遥かに強くなった、ノームジャスの首くらいならなんの苦労もなく切り落とせるだろう。最近狩りに行ってないからわかんないけど。
「よっしゃ、もうちょい頑張るか」
「てめぇが頑張ったところで意味ねぇよ」
俺が棒を強く握り、別の木人形に向けてその棒を振り下ろそうとしたとき背後から低いしゃがれ声が聞こえてきた。
その声がした方に振り返ると、そこには険しい顔をした初老の男が立っていた。
男はつんつんとした無精髭をなで、伸びた白髪を後ろでまとめている。腹筋がどれほど割れているかまでくっきりと見えるようなぴちぴちの服を着ている。
そして俺はその謎センスの服を着ているこの男の正体を知っている。
「………なんの用ですかパーガスさん」
駐屯隊隊長パーガス、ここガンマ拠点においてシリウス・ルナ団長と双璧をなす実力者だ。
「お前みたいな雑魚がやけに躍起になっているとルスローから聞いてな、てめぇ一回大型モンスター倒したくらいで調子乗るんじゃねぇぜ、あれは偶然だ、奇跡だ、本来のてめぇにはそんな力はねぇ」
それはシリウス・ルナ団長に言われたこととほとんど同じ意味を持った言葉、だからこの言葉に対しての俺の返答はもう決まっている。
「………わかってますよ、だから強くなろうとしているんです、今度は奇跡なんかじゃなく俺自身の力で倒せるように」
俺が迷いもなくそう答えるとパーガスさんは苦虫を嚙み潰したような険しい顔を浮かべた。
「そんなんは無理だ、てめぇはまだ弱いガキなんだ、大型モンスターをリスクなしに倒せるようになるにはもっと時間をかけて経験や研鑽を積む必要がある」
「だから今こうやって訓練しているんですよ」
「違う、てめぇは自分が納得するくらい強くなったらすぐにでも狩りに行くだろう、それじゃだめだ経験が足りていないんだから危険なんだよ」
パーガスさんの目がさらに曇る。
さっきからこの人、俺のこと罵倒しているように見えて心配してないか?
「まだお前には早いんだミスナ、調子に乗った今のてめぇじゃ………俺が守れる範囲を超えた場所で戦いだしちまう」
「………大丈夫ですよパーガスさん、俺強くなったんで」
「くっわかってる、んなこたぁわかってるが………」
パーガスさんは言いたいのに言えない葛藤を抱えているのか下唇を噛んでいる。
「餌が見栄をはるな、雑魚が強くなろうとするな、雑魚は雑魚らしく採取クエストだけを受けていればいいんだ、今までのてめぇみたいな生き方をしていればっ」
「それじゃだめなんです、それじゃあの人を超えられない」
「あの人だと?」
「シリウス・ルナ団長です、俺はあの人を超えるために強くなろうとしているんです」
「あいつは天才だ、だけどお前は違うだろ、絶対に追い抜くことはできねぇんだ、だから、だからそんなくだらねぇ夢は諦めろ」
「………それでもやるんです」
「命が潰えようともか」
「はい、俺は自分が死ぬその瞬間まで憧れを追い続けるような、そんなハンターになりたいんです」
「………採取クエストだけこなしてても立派なハンターだろうに」
パーガスさんはこれ以上俺を説得することは無理だと判断したのか、諦めたように目をつむった。
「ちっ無駄な時間を過ごした、てめぇは勝手に死んでろ」
「………パーガスさん俺なんかのことを心配してくれてありがとうございました」
「………てめぇごときのことを心配なんかするわけねぇだろうが」
パーガスさんはつばを吐いてからその場を去った。
「なんだ、案外いい人じゃないか」
俺の中のパーガスさんの認識が今日この日をもって変わった。
・
「ちっふざけやがって」
パーガスは訓練場を後にし、ギルドのエントランス付近にあるベンチに腰掛けて大きなため息を吐いていた。
「………また、死ぬガキが増えるじゃねぇか」
パーガスは本当に悔しそうに舌を噛んだ。
パーガスは傍から見ても明らかに機嫌が悪かった。
しかもパーガスの体型は大柄な男、周りの人間は自分にやつあたりされるのではとびくびくしている。そんな中で一人の初老の男が不機嫌なパーガスに話しかけた。
「隣、よろしいですかな?」
「んだ、ルスロー」
ルスローはパーガスの了承をまた待たずしてパーガスが座っているベンチに腰掛けた。
「ミスナになんと言われたんですか?」
「俺は強くなりたいからここに通い続けるとさ、たくっそんな才能もねぇくせによぉ」
「いいではないですか、そういう青臭く不鮮明な欲望を持てるのは若人の特権ですから」
「………ちっそれで死んだら元も子もないだろうが」
「もしそうなったとしてもそれはミスナの責任です、あなたが気に掛けることではないと思いますが?」
「………気にかけてるわけじゃ」
ルスローの問いにパーガスは上手く答えられず押し黙る。
「やはり、あのときのことをまだ」
「あぁそうかもな、俺はまだあのことを引きずってるのかもしれない」
パーガスが思い出すは一面が赤く染まった地獄に似た景色。
地獄とは人が作り出した架空の世界などではなかった、この世に簡単に生み出される現実だ。
その地獄の中で男は嘆く、何もかもを失った絶望と何も守れなかった自分への怒りが怒号となって空に響いている。
周りでは大勢のハンターたちが空に浮いている一匹の龍に向けて走っている。
だが龍はそれらすべてを灰燼に帰す、チリとなったハンターたちの遺品を少しでも逃さないように男は腕を広げて抱きとめる。
無慈悲にもチリは男の腕をすり抜けて宙に消えていく。男の元には何も残らなかった。
「やめ、てくれ」男はまるで現実から目をそらすように黒ずんだ地面を見つめ続ける。揺れる炎が男の体を燃やすが男にはもうその場から逃げるだけの体力が残っていなかった。男にできることはただえづきから来る胃液で地面を濡らすだけ。
「パーガスさんはこの子を抱えて逃げてください、あの龍は僕が倒します」
そんなとき、男よりも一回りほど若い一人の青年が龍に立ちはだかった。青年は抱きかかえていたぎゃんぎゃんと泣きわめく一人の少女をパーガスの近くに置いた。
男は混乱する意識の中泣いている少女をなんとか抱きかかえる。男はこの少女を預けた青年の方へ視線を投げる。
青年の目には迷いがなかった。留まることを知らないような燃えるような闘志が青年の目には宿っている気がした。
「やめろ、勝てるわけがないんだ、あいつは、あんな厄災に人が勝てるわけが」
ひ弱な力で青年の服の裾をつまむ。
「大丈夫ですよ、僕強いですから」
確かに青年はギルドでも有名なハンターだった。実力はあるのだろう、でも目の前の龍には勝てるとは到底思えなかった。
「だめだ勝てない、お前が逃げるんだ俺が
そんな男の懇願はたった一つの満開の笑みによって却下される。
「パーガスさんは生きてください」
それは死を覚悟したものの言葉だった。その事実が男の胸を強く締めた。
「………俺は、俺は」
「じゃあ行ってきます」
青年は飛んだ、無駄にあの厄災である龍とまともに戦える力があるせいで青年は立ち向かってしまった。自分一人だけでも逃げれば生き残れたかもしれないのに、ただ一人の男を守るためにあの龍に立ち向かったのだ。
「やめっ」
行くなという意思とは反対に男の足は龍に背を向けるように動いていた。いつの間にか動けるようになっていた足に驚くが、それと同時に自分に立ち向かう勇気がなかったという事実に涙がこぼれる。
「あ、あ、あぁぁ」
「うわぁぁぁぁん!!」
男は震える足を必死に動かし、走り続ける。抱きかかえている少女の泣き声が男の顔をしかめさせる。青年が託してくれたこの少女だけは死んでも守ろうと死に物狂いで走り続ける。
「あぁぁぁぁぁぁ!やめろぉぉぉぉぉぉ!」
生々しく、悲痛な叫びが男の耳に届き何度も反響する。青年だって人だ、死は当然怖い、叫びもするだろう。だがその叫びは男に確かなトラウマを植え付けた。
弱くみじめな一人の男はそんな自分を呪い、殺し、そして強い人間になることを誓ったのだ。
「………俺が強くなりさえすれば」
過去に浸っていた意識をひとたび現実に戻し、嘆息する。
「あれは仕方のないことです、あなたが気に病む必要は」
「いや気に負わないといけないんだ、あれは俺が強ければ何も問題がなかったんだから」
「………パーガスさん」
「俺は若者をなるべく狩りに行かせたくねぇ、元々強く志も高いやつならいいんだがミスナは違う、あいつは怠け者で大型モンスターを狩りに行くことすらためらってた野郎なんだ、だからわざと高圧的に接してハンターをやめさせようとしてるんだが」
「ミスナは前に進もうとしている」
次にパーガスが言おうとしたことを先んじてルスローが口にした。
「俺は死なせたくねぇだけなんだけどな」
「パーガスさんは心配しすぎですよ、ミスナは英雄になるだけの素質と気概を持っている」
「………随分とミスナを買ってるんだな」
「はい、パーガスさんの”ミスナにはもうやめたくなるくらい厳しい訓練をさせろ”っていう命令を忠実に守っていたら気づいたんです、彼の中には猛り狂う炎が宿っているということに」
ルスローは目を細め、自らの髭を撫でる。
「やつは確実に強くなる、おそらくいずれは特異点級にまで上り詰めるでしょうね、今はまだまだ甘いですが」
ルスローは我が子を自慢するおじいさんのように朗らかな笑みを浮かべる。
「はっ、だといいがな」
「パーガスさんはまだミスナを認めていないんですね」
「当たり前だ、俺はまだあいつを臆病な人間だと認識してる、これはそうそう変わることぁねぇよ」
パーガスはここで話は終わりだとでもいうように立ち上がる。
「だがまぁお前がそこまで言うならいいだろう、俺は傍観者に徹しよう訓練もお前の好きなメニューにするといい、そしてもしあの臆病者が英雄になることができたのなら、その時はあいつを一人前のハンターだと認めてやる」
「認めざるを得ないの間違いでは?」
ルスローは煽るように口角を上げる。
「ふっかもな」
その煽りの笑みに返すようにパーガスも軽く息を吹くように笑った。
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