第二話 父親と母親代わり

「出来てるか?」


 入り口から初老の男が顔を出す。

 俺とミサの育ての親でもあり上司でもあるオザマ。薬師の長。

 髪に白いものが混ざってるが筋骨隆々。『き』は国民皆兵のスイスと同じ、全員が戦士なのだ。


 ───前世の記憶が戻ってからの俺はオザマを混乱させたんだよな。


『オザマ、地図ってあるの?』

『……見せてもらえないんだ』

 

 ガッカリした俺を見つめるオザマの表情は『こんな子どもが地図に興味を持つだと?』と雄弁に語っていた。


 俺は常にオザマを質問攻めにした。


『ねぇあの山の向こうはどうなってるの?』

『長耳族の国? どんなとこ?』

『この服ってどこから手に入れてるの? 部族で作ってないよね。ふ〜ん、部族『い』が作って商人が持ち込んでるんだ』


 オザマは口には出さないけどその顔には『だからどうして子どもがそんなこと気にする?』と書かれていた。気がする。


『他の部族について教えて?』

『この国が出来たのっていつ頃? 王は初代? へぇ若い国だ』

『やっぱ弓と槍、近接は剣なのか』

『あれが馬? へぇ日本在来馬みたい』

『え? 畑とかないの?』

『ふぅん、すごく偏ってるんだねぇ』

『森林戦がメインかぁ。平野があまりないのかな』


 子どもとは思えないことに興味を持つ上に、時々わけのわからない独り言を話すようになった俺。今では反省してるさ。

 でもあの頃はとにかく自分がどこにいるのか知りたかった。


 後で知ったのだが、オザマは俺が森に住む悪霊に取り憑かれたと思ったらしい。それで姉である大巫女さまに相談したそうだ。


『あれの魂は二つ分かれておる。そのうちひとつになるから気にするな。真摯に対応しろ』と言われたらしい。


 ますますオザマは困惑したらしいが、やがて慣れてしまったそうだ。


 確かに俺は変な子どもだが、物覚えも早くて仕事はちゃんとこなす。薬草や調合を順調に覚えていってる。新しい薬も考え付く。


 薬以外にも何やら珍妙な仕掛けを職人に頼んで作ってもらってたりもする。

 だから困ることはない。むしろ役に立つ。そのうち俺のことを自慢するようになったそうだ。

 母親代わりのオミから聞いた話だ。



「出来てるか?」

「出来てるよ。はい、これ」


 袋をいくつかオザマに渡すと、中身を確認した後、俺へと戻す。ちらっと一緒に置いてあったモノに視線を送る。気になるよな。


「よし」

「いつ取りに来るのかな」

「昼の鐘が鳴る前には来るだろう」


 二度寝するかと考えた俺へ告げられるのは『オミ達に同行するよう大巫女様に言われてる。準備しておけ」という大巫女さまからの通達。


「えっ?! 何それ!」

「それの運用含めてお前がいた方がいいとの判断だ」


 薬を入れた袋の横に置いてあるモノを指差すオザマ。


「いきなり? 前もって言ってよ〜」

「わしもさっき通達を受けたんでな。七日間の同行となる」


 大巫女さまの命令は突然だ。そして絶対。

 この傭兵部族『き』の最高権力者には逆らえない。ましてや俺、元リーマンだし。


 オザマが出てしばらくしてからオミがやってきた。今回、中央から来た部隊と共同作戦をする隊のリーダー。

 ケモノつきの美しい少女。そして俺たちの母親代わりでもある。


「出来てるぅ?」


 その身体能力は凄まじく、オリンピックに出場したら全種目で金メダル取れそう。

 戦場では一人で戦士数人を相手にしても圧倒する。しかし見た目は細身の少女だ。


「出来てるよ。おかげで寝てない」

「オザマから聞いた?」

「今さっきね。相変わらず突然だよなぁ」


 ブラック企業だもん。しゃーない。


「あんたが来たら助かるからねぇ。それに実際使ったとこを見た方がいいでしょ?」

「そりゃまぁ……。でも俺、オミ達の足手まといにしかならないよ」

「大丈夫よぉ。うちの隊が、いや私があんたを守るから」


 オミの話し方とは裏腹に、俺は不安で仕方ない。


「それはよろしく頼むよ。死にたくないから」

「任せて。ミサはまだ寝てる?」

「昨夜は遅くまで作業したから寝かせてる」


 まーた寝たふりだよな。


「ふぅん。ミサ、心配ないからねぇ。ちゃんと無事に返すから」


 ミサは答えない。オミの相手、つまり夫ポジションの男は去年戦死しており、彼女は次の相手をまだ選んでいない。

 早く相手を見つけるようにと周囲からせっつかれているが『そんなにすぐ見つかるもんじゃないよぅ』と、俺から見てものんびりしているように見える。


 オミは袋を軽々と持ち上げる。


「じゃ、昼の鐘が鳴ったら広場へ来てねぇ」

「わかった。準備したらすぐに行くよ」


 そして俺は野戦装備の準備を始める。


 昼の鐘が鳴る。準備を整えて広場へ行くとオミ達が待っていた。


 総勢十人の精鋭部隊だ。中央から派遣された部隊も十人。

 二十人という結構な大所帯に少し安心する俺。


「何も聞いてないけど、すぐに行くの?」

「うん、そうだよぅ」

「どこなのかな?」

「山向こうの遺跡だねぇ」

「あそこかぁ…まぁ待ち伏せには向いてるかな」

「そうそう。だからあんたの新しいモノが役に立ちそうなんだよねぇ」


 山一つ越えたところに石造りの都市、その廃墟が存在している。

 石は雨風に晒されボロボロで、無遠慮な植物が覆いつくし、森に埋もれるように存在する古代遺跡。

 この国の北側に広がる大森林には、こういった遺跡が点在している。

 俺も好奇心にかられて、そのうちの一つに行ったことはある。同い年の戦士に付き合ってもらって。古代遺跡はロマンだから!


 隙間なく積まれた石垣、上下水道としか思えない構造物、外側は風化してるが、建屋の中は滑らかに研磨されており、緻密な装飾が施されている。


 そして見たこともないオブジェ、使い方もわからない道具の成れの果てみたいなものが点在している。高度な文明の発達した国があったのだろう。素人目でも明らかだ。


 その遺跡は傭兵部族『き』の管轄エリアなのだが、たまに他国から遺跡を荒らす者達がやってくる。


 オミ達は戦がない時はそこの警備を任されていて、今回のような討伐も仕事のひとつ。


 俺はなるべく荒事にならないよう祈った。怖いものは怖い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る