第三話 無指向性クレイモア

 傭兵部族『き』の強みは何か。

 そのひとつは様々な種族がいることだ。他部族からの孤児を引き取ったり、人買いが連れてきた子どもを買い上げるからだ。


 オミの部隊は全員ケモノつきと呼ばれる種族で構成された最強部隊のひとつ。

 彼らは身体能力や知覚能力が恐ろしく高く、いざという時は獣に近い姿となって戦闘能力を倍加する。


『き』の拠点を出発した俺らは半日後には遺跡近くへ到着し、準備を始める。

 

「オミ、敵はどっちから来るの?」

「二日前にはあの山の中にいたから、もうすぐ川沿いに来るだろうね」


 一切の気配、音、匂いも相手に気取られず彼女らは偵察をこなす。


「数は五人。長耳族だよ。見たところ剣使いが三人、弓使いが二人」


 長耳族はその名の通り長く尖った耳を持つ種族で、他種族との関わりをほぼ持たない閉鎖的な部族らしい。


 俺は記憶にある映画からエルフを想起するが、フィクションとの混同はしない。


 俺の役割は(もちろん最低限の戦闘もこなすが)新しく開発した兵器の設置だ。その一つを仕掛ける。記憶の中にある対人兵器、クレイモアをヒントに作り上げた。


 きっかけとなったのは、刺激を受けると破裂する木の実。

 名前はついてないが心の中で(クレイモアの実)と呼んでいる。

 三十センチほどの実は、熟してくると放つ芳醇な香り、それは鳥達が好んで食べる全く別種の木の実そっくりなのだ。見た目も同じ。


 寄ってきた鳥が突いた途端、爆発し種をばら撒く。

 爆発の威力は凄まじく、種は鳥の体へめり込み絶命させる。時には貫通もする。


 鳥の死骸を餌とする他の鳥や獣が肉と一緒に種子を食べ、遠く離れた地で糞と一緒に種まきをすることになるわけだ。


 俺はこの実を集め、検証した結果、細く尖ったもの、つまり鳥の嘴で突かないと破裂しないことを突き止めた。


 そこから細工を施す。表面に尖った小石や金属屑を樹脂で貼り付け、威力を増やしたクレイモア。数は四つ。


 少し開けた場所、それを囲むように茂みがあるが、その中へと隠す。

 キルゾーンの完成だ。

 作業を終えた俺のもとへオミがやってくる。


「出来たぁ?」

「うん。同時に当ててね」


 心配はしていない。彼女らは凄腕の戦士なのだ。


「任せて。簡単だから」


 笑みを浮かべるオミ。


「ほら来たよぉ」


 オミ達は一斉に、そして瞬時に気配を断つ。

 当初、俺はこれに苦労したもんだ。


 俺は覚えている。サバイバルゲームをやっていたことを。

 ガンショップの常連客が集まって始めて、二十人を越えたあたりでチームになって、知り合いの山を借りて遊んでた。

 いい年こいたおっさん達が、子どもみたいにわぁわぁやってたなぁ。


 その中に『殺気を感じる』『殺気が見える』というメンバーが二人いた。

 ひとりは異様に勘が鋭く、もうひとりは古武道をやってた。

 どんなに息を潜めて隠れていても、的確に狙って撃ってくるんだもん。かなわねぇよ。


 だからそいつらに殺気を悟られないよう気配を消す為にあれやこれや考えた結果、自分を草や樹と思い込む手法に落ち着いた。

 それと同時に殺気だけはわかるようになったのが大きいかな。


 ふっと感じるわけよ。後頭部だったり、おでこだったり。そっと指で突かれる感覚。これが殺気。


 幸いこれを覚えていたんで、森林戦がメインの今世では大いに助かってるよ。

 サバイバルゲームと違って命を落とすからな。


 遠くに人影が現れる。その数は五人。

 話に聞いた通り、耳が異様に大きく尖っている長耳族だ。


 厳つい顔で体つきは細マッチョ。

 服は粗末なもの。なぜか鎧は着けてない。兵士ではないのか?

 不思議なことに長耳族達は警戒する素振りを見せずに歩いてくる。変だな。


 ここらは傭兵部族『き』の支配領域だと知らないはずはないだろうに。

 歩き方もぎこちない。明らかに森の中を歩き慣れていない様子だ。

もしかして兵士じゃない? そんなことあるのか?

森を抜けて『き』の支配地域に侵入するのに?

まぁいいさ。『き』の縄張りとなる古代遺跡を荒らす奴らは例外なく地獄行き。


 よし。

 いいぞ。そのまま進め。

 キルゾーンへ入った!


 オミへ目で合図。オミ達が一斉に矢を放つ。

 五本の矢が同時に木の実へ突き刺ささった瞬間。

 ショットガンの一斉射みたいな轟音の四重奏。

 破裂した木の実から放たれた種子、小石、金属屑が長耳族へ容赦なく突き刺さる。 


 悲鳴。

 混乱。

 怒号。

 流血。


 大きな耳には破裂音も堪えただろう。


 そして第二射によって長耳族の五人は屍と化して崩れ落ちる。数十秒で殲滅だ。


 オミが満面の笑みで振り返って俺を見る。

 俺はつい癖で親指を立てて『グッジョブ!」と言ってしまい、オミに変な顔をされた。


 終わってみればあっけなかった。

 

「さっきのは何ぃ? おまじない?」

「サムズアップって言うんだ。かっこいいだろう?」


 オミの目はやや切れ長で美しい。

 しかしその瞳には困惑の色が浮かんでいる。


「う〜ん」

「……ごめん、オミ、忘れて」


 耳長族の骸を眺めつつ、俺は気がかりなことを訊く。


「なぁオミ、あいつらあんまり警戒してなかったし、歩き方は素人だったよね?」

「だねぇ。ここへ兵士じゃない人間をよこす理由がわからないよ」

「俺が長耳族だったらオミ達がいるってだけで絶対近づかないよ」


 傭兵部族『き』が抱える戦士の中で、ケモノつきと呼ばれる種族は最強である。有名だ。


 遥か遠くの音や匂いを察知し、一瞬で大木へ登り、信じられない距離へ矢や槍を届かせ、気取られずに背後から首を掻き切る。


 周辺諸国には周知の事実。


 目の前で動かなくなった耳長族は、全員短弓を背負い、腰に短い剣という一般的な装備をしている以外にこれといった特徴はない。

 それどころか鎧も無しだ。


 首飾りも腕輪もしていないことから妖術を使う部隊でもないとわかるし、斥候というわけでもないだろう。こんな間抜けな斥候はいない。


 学者の類いかと思ったが、それなら護衛もつけずに来るものだろうか。


 どうにも拭えない違和感。


 この場ではどうしようもないので帰路に着くことにした。


 拠点へ戻るとオミ達は大巫女さまへ報告に向かい、俺は自分の天幕へと戻る。

 そこには心配そうな顔をしたミサが駆け寄ってきて俺に抱きついてきた。


「うおっ! ミサ……ただいま」

「心配したよっ」

「あーうん。全然危なくなかったよ。あの仕掛けは大成功。敵は一瞬でやっつけた」

「ほんと? 良かった!」


 ミサは俺の胸に顔を埋める。 


「たくさん作ることになる?」


 上目遣いで訊いてくるミサ。


「どうだろう。使いどころを選ぶからたくさんはいらないと思う」


 俺は願う。

 見知った顔の人達には誰一人死んでほしくない。

 口減しの為に売られた自分を育て慈しんでくれた『き』の人々。彼らを守る為には何だってやる覚悟を決めている。

 だから薬師であるにも関わらず、戦に役立ちそうなものはどんどん作るつもりだ。


「ミサ、オザマに報告してくる」


 やや離れたところにある一際大きな天幕へ。


「帰ったか」

「うん。オザマ、あの仕掛けはうまくいったよ」

「そうか。お前は変なもん考えるなぁ」

「変なもんじゃないよ。おかげでオミ達はあっという間に耳長のやつらを倒せたんだよ。怪我ひとつなくね」

「そうか。ならいい。傷薬をまた頼む」

「わかった。仕込んでおくよ」


 そして戦士達の天幕へ。


「オミいる?」

「いるよぅ」


 オミ達は今風に言えば特殊部隊にあたる。今回のような遺跡警備、時には要人の暗殺、諜報活動なんでもこなす部隊。そして俺が作った新しいものを試験運用する。


「今日のあれ、戦士長はなんて?」

「使うのは難しいって。待ち伏せ用だもんねぇ」

「うん。そのつもりで作ったからね。今はまだいいけどさ、大きな戦になると必要になるかも」

「大きな戦?」

「うん。今のところはさ、国とは言えない規模の小さな部族相手にやってるけど、そのうち大きな国とあたると思う」

「そうなの?」

「だってさ、大森林の向こうにもこの国と同じようなのがあっても不思議じゃないでしょ?」

「そう……かな?」

「きっとあるよ」


ここら辺りは大きな川も数本流れていて肥沃な土地だ。


「今日の長耳族はすごく変だったでしょ?」

「まぁね」

「もしかすると長耳達の部族ももっと大きくて強い国に取り込まれたのかもしれない」

「へぇ」

「あいつらが兵士じゃなさそうなのは何でかなって考えたんだ」


すると他の戦士達も口を開く。


「俺も変だと感じてた。他にも侵入してきた部族はいたけど、戦える者が来るか、そうでない場合は戦える者を多勢引き連れてきていた」


 俺が想定しているのはモンゴル帝国。多くの国を呑み込み、アジアから東ヨーロッパまで支配した帝国。


そんな国があっても全然不思議じゃない。

 でもまだこの国には組織化された軍勢と戦える体制はない。それどころか国として全く固まってない。単なる部族の寄り合い所帯。


 国名すら無い有様で、どうして強大な軍隊とまともに戦えるだろうか。だからこそ、こちらは搦手で戦うのだ。


取り越し苦労ならそれに越したことはないけど。


「あと、これを試してほしいんだけど」

「何なのぉ?」


 手渡したのは拳ほどの大きさの木の実。中には刺激の強い植物の粉、毒蛾の鱗粉、触ると激しく皮膚が爛れるキノコを刻んだものなど。


「これをさ、石と一緒に敵へ投げてほしい。これは兜やら盾、鎧にあたったら砕けて中の粉が舞い上がる。そしたら敵はかなり怯むと思うんだ」


 要は目潰し、催涙ガスの代用品だ。

 オミ達ケモノつきがその膂力で投擲する石は、凶悪な威力で敵を穿つ。少年の見立てではライフル並み。

 熊によく似た獣のごつい毛皮や皮下脂肪を貫いたのを見たこともある。五十メートルの距離からだ。

敵との距離がある場合は紐付きの籠に詰めた石をハンマー投げの要領で投擲する。以前オミ達が投げてたのを見たことあるけど、軽く二百メートルは飛んでた。

 その中にこの目潰しを混ぜ、敵と馬の目を奪うのが狙いだ。


「おもしろいもの考えるねぇ?」

「オミ達に怪我してほしくないからだよ」


本心だ。


「いいよぅ。今度使ってみる」

「あとはこれ、いつもの」

「はいよぅ」


 筒(竹によく似た植物から作る)を渡す。中身は鏃に塗る毒薬。神経毒を持つ蛇の毒腺から苦労して抽出したものだ。


「しばらくはここにいるの?」

「明日には海の方へ戦に行くよぅ」


 海と島々を広く支配しているのは国を名乗っているが、規模としては海賊の集まり、

 その名は『み』。

『み』に対して討伐が前々から繰り返されているが、思うような戦果はあげられてない。


「あそこかぁ。オミ、気をつけて。無事に帰ってきてね」

「うん。大丈夫だよぅ」


 柔らかく微笑むオミ。彼女の無事を心から願っている。

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