部族闘争、疫病、洪水、毒キノコ、毒蛇。

　人が簡単に命を落とすこの世の中。

　だから俺は無事に生き延びたい。

　俺だけじゃなく家族同然の周りの人も。

　現代日本だとそこまで難しいことじゃなくてもここじゃ難しいんだ。

　目を覚ますと既に明るくなってる天幕内。

「んんー？！　寝過ごしたっ」

　慌てて飛び起き、外に出ると太陽はまだ山の上から顔出してるだけだ。

「セーフ、セーフ」

　遠くに雪を冠した山脈が見え、その麓を埋め尽くすような大森林が広がる。

　そこにぽっかり空いた土地があって同じような天幕が幾つも集まり、集落となっている。

　傭兵部族『き』、その本拠地だ。

　戦士の人材派遣を生業とする大部族。

「さて準備しないとな」

　天幕内へ戻る。

　大小様々な壺が並べられた棚。

　作業台の上には色々な薬草が散乱してるが、連日の突貫作業で片付ける暇がない。

「今年になってからの忙しさは異常だよ」

　傭兵部族『き』が属する大国の周辺は常に騒がしい。小さな国々が数えきれないぐらいあり、それらをどんどん平定している。

　ちなみにこの国、名はまだ定まってない。中枢を担う部族達の間で揉め続けているそうだ。

「えっと、傷薬、強壮剤、胃腸薬に鎮痛剤、それと塩」

　戦士達が携行する物資に薬の占める割合は少なくない。

　森の中を野営しながら進み敵と交戦。怪我、骨折、捻挫、筋肉痛、消化不良、これらは全て戦士自身が処置をしていく。衛生兵？　そんなものいないよ。

「ミサっ！　起きろー」

　俺の記憶を頼りに試作したハンモック、その中でまだ夢見てる少女、ミサ。

　こいつ、寝る時は裸族なんだよな。ここでは珍しいことじゃないけど。

「やれやれ、ミサの寝起きの悪さは世界大会優勝クラスだよ」

　ミサは俺と同じ薬師見習い。彼女と俺はペアで、『き』の習わし『男女一組で育て、成人後は子作り行う』で決められた相方だ。

　ここでは結婚という概念はなく、子どもは部族全体で面倒を見る。

　俺とミサは生みの親の顔をもう忘れている。

　二人とも幼い頃に、貧しい部族の村から口減しとして『き』に売られてきたからだ。

　年齢も正確にはわからない。

　育った記憶と体つきからして中学生ぐらいだと思う。俺は精通もあるし、ミサも初潮から三年経ってるのが根拠だ。

　　

　飢えることはないが、栄養状態がそこまで良くないから、もっと上の年齢かもしれないが、確かめようがないのだ。

『き』は積極的に孤児を受け入れる部族だ。理由は明確。傭兵稼業だから死亡率が他部族とは比較にならないぐらい高い。

　俺が薬師見習いになったのは、薬草を見つけるのが他の子どもより上手かったからで、中身おっさんのアドバンテージだ。生前は山菜や山野草を見つけるのは得意だったし。

　大巫女さまの一言『この子は薬師に』で俺の将来は決まった。薬師の長が親代わりとなる。

「おいミサ、いいかげん起きろ」

　ハンモックをひっくり返す。

「みゃぎゃぁ」

　猫みたいに柔らかく地面に落ちるミサ。

「すぅすぅ」

　まだ寝たふりしてやがる。

「寝たふりやめろって。ほい起きた起きた」

　俺も少々頭に来たのでミサの腹に足を乗せてグリグリとやる。

「きゃはははっ。くすぐったい！」

「なら起きろ」

「あたしはまだ起きたくない」

　あ〜あ、こいつ連日の残業にキレてるな。

　面倒だ、ミサを甘やかすことにした。そっと髪を撫でる。

「今日は休みにするから」

「ほんと！？」

「うん。ミサも疲れてるだろ？」

「やった！　嬉しい〜」

　俺に抱きつくミサ。第二次性徴期を迎えた控えめな胸の感触がまとわりつくけど、俺は中身が“おっさん”なので全く動揺はない。ロリコンじゃないし。

　───気がついたら子どもになっていた。

　最初はわけがわからなかったな。

　時代劇で見たものよりもっと粗末で貧しい暮らしをする農家。

　俺は三人目の子どもだったが、両親は俺に愛情らしきものを示したことはない。食うや食わずの生活していたら、そんな余裕は無いものだと俺はわかってしまう。

　そんなある日俺は自分を思い出す。日本でサラリーマンをしていた普通の、いや、ちょいとオタク趣味がある、それでも平凡だと言える人生を送っていたおっさんだった。

　妻と娘もいた。

　だがその顔も名前も思い出せない。他にも思い出せないことが多々ある。

　どういうことだ？　異世界転生ってやつ？

　なぜ異世界だと思ったかって？

　まず夜空を見たらお馴染みの星座が見えなかった。

　そして確信したのは『土地の匂い』。

　全国あちこち、時には外国へ出張や旅行に行った経験上、一つだけ言えることがある。

　その土地独特の雰囲気というか『匂い』というものがある。

　具体的に何の匂いとは言えないんだが、何か違うと感じさせるものが漂っている。

　都道府県や国に違いはあれど根底にあるものは同じだった。安心感というか『ここは地球』という感覚。

　だがここの『匂い』は全然違う。ずっと感じてる違和感が、ここは地球じゃないと俺に囁く。だから俺はここでは異物だと自覚しているわけだ。