Seq. 29

「あら、目が覚めた?」


 目を開くと同時に声が掛けられた。

 ふかふかの感触の上で横になっていることがわかる。

 どうやらベッドで寝ているようだ。


「ぅ……うぅん……。ここは……?」


 ひどく軋む身体を起こしながら問いかける。

 僕のそばのイスに腰掛けて様子を見てくれていたのはミロだった。


「武道場の医務室よ。何があったかのかは覚えているかしら?」

「うん、その辺はハッキリと」


 それでも聞きたいことは山ほどあったけれど、とりあえず、なぜミロがここにいるのかを尋ねる。


「エクシイが倒れたから心配で見に来たの。そしたらコルム先生に押し付けられてしまったわ」


 ミロが困った表情を見せて言った。

 まったく、あの人はどこまでテキトウなんだか。

 

「今呼んでくるわね」


 そう言ってミロは部屋から出ていく。

 コルム先生はすぐにやってきた。


「よぉ。起きたか」


 あくびを噛み殺しながらベッドへ近づいてくる。

 試合の最後に僕が倒れてしまった理由を聞くと、「ただの過労だ」と言われた。

 肉体の限界を無理矢理超えさせたことへの反動らしい。


「救護の連中に治療はさせたから、まぁまだ違和感はあるだろうがすぐもとに戻るさ」


 珍しく丁寧に説明してくれる先生にお礼を述べた。


 反動か……。よくよく考えれば、自分の身体を完全に支配するなんて無茶苦茶だもんね。


 発動後に動けなくなるリスクを考慮すると、あれに頼る戦い方はしないほうが良さそうだ。

 頭の中でそんな感じの反省会を開いていると――。


「エクシイッ! やっと目が覚めたかぁ!」


 大変テンションの高い声を上げながら部屋にもう1人飛び込んできた。


「まったくあんなぶっ飛んだことしやがって! こんな負け方は初めてだぜ!!」


 頭痛がしそうなくらい大きな声を出しているアンドリューさんが僕の髪をわしゃわしゃしてくる。


「うるせぇんだよアンディ! 負け犬は大人しくしてやがれ」

「水を差すなよコムラ。強いヤツに会えて嬉しんだよ! エクシイは絶対『コレクターズ』に寄こせ。いいな?」


 2人がまた軽口をたたき合っている。

 試合前にも感じていたけれど、やっぱりかなり親しげだ。

 ちょっと興味が湧いたので問いかけてみる。


「あの、2人は知り合いなんですか?」

「なんだ、聞いてなかったのか? 従兄弟なんだぞ、オレとコムラは」


 初耳だ。

 振り返ってみると、たしかに似ている部分があったような気がする。


「少しよろしいかしら?」


 いつの間にかそばに立っていたミロが話に割って入ってきた。


「エクシイはこのあと予定がありますの。コルム先生もコーダー様も、お話はまた今度でお願いいたします」


 有無を言わさずベッドから遠ざけるように2人の背中を押していく。

 それから僕の方へと近づいてくる。


「ピアスさんから言伝を預かっているわ」


 ミロから耳打ちをされた。


「『湖で待っている』ですって」

「あ…………」


 約束、ちゃんと果たさないと。

 僕は立ち上がり、ミロの「いってらっしゃい」という言葉を合図に走り出した。


◆◆◆


 眠っていた時間はそこまで長くなかったみたいだ。

 陽はすっかり傾いているけれど、まだ沈んではいない。

 節々に痛みを伴いながら裏門を抜けて湖まで走っていく。


「ピアス!!」


 湖畔に見えた人影に向かって声を上げた。

 長い髪を風になびかせている女の子はこちらを振り返ってくれる。

 黄金色に輝く湖面を背に立つその姿はとても幻想的だ。


「待ったよね……?」

「うん。もしかしたら、忘れてるかと思っちゃった」


 軽く笑みをこぼしながらピアスはそう言った。


 ずっと待たせちゃっていたから。


 カラカラに乾いた口ではその言葉を発することができなかった。

 飛び出そうになる心臓を呼吸で無理矢理に抑え込む。

 とにかく何か話そうと必死で口を動かした。


「僕がアンドリューさんに勝ったところ、見ていてくれたかな?」


 ピアスはうなづいた。


「本当に、世界最強になれたんだよね……僕……」


 それは間違いなくピアスがいてくれたから。

 森の奥へ入ったあの時にピアスがいなかったら、アンドリューさんと戦うことすらなかったんだ。

 初めは恩返しができるように強くなりたい、そんな気持ちだったかもしれない。

 けれど同じ時間を過ごすうちにわかったんだ。


「僕が強くなっていくことで喜んでくれるピアスをもっと見たいって思ってた。何よりもピアスの笑顔が欲しかった」


 自分がどんな風に話しているのか、僕にはもうわからない。

 それでもたっぷりと空気を吸い込んでから最後に口を開く。


「…………キミが好きだ。僕と、恋人になってください」


 言いたいことを言い切って、頭を思いっきり下げた。

 怖くて顔が見られない。


「えっと……ね」


 ピアスはすぐには返事をくれなかった。


「わたしも……エクシイに言わなきゃいけないことがあるの」


 改まった態度で言われた。

 思わず背筋を伸ばしてその真剣な顔に向き直る。


「『燭台』がわたしの本当の湧能力じゃないことは…………知ってるよね」


 僕の反応をその都度確認しながらピアスはゆっくりと話す。


「『星命我象』ってわたしは呼んでいるんだけど、これは――」


 そこで声が途切れた。

 ピアスが目を伏せて、小さな呼吸が数度繰り返されて、ようやく言葉が続けられる。


「命と引き換えに願いを成就させる力なの」


 湧能力について詳しい説明をしてくれる。

 それは余りにも想像の斜め上をいくもので……。


「――――――!?」

「だから、ごめんね。わたしじゃエクシイの気持ちを満たすことはできない」


 その時いったい僕はどんな顔をしていたのだろう。

 ただわかるのは目の前のピアスが今にも泣き出しそうになるくらい酷い顔をしていたことだけだった。

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世界最強の僕が最弱の君に恋をした理由 鷹九壱羽 @ichiha_takaku

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