Seq. 28

 もうどれくらいこうしているだろうか。

 全方位から迫ってくる光弾に手も足も出ないままだ。

 ただリーゼに触れた感覚を潰していく作業が続いていく。


「ほらほらどうした! さっきまでの威勢はどこ行った?!」


 その声の出所は相変わらず特定できない。

 防御に専念せざるを得ない永遠に気力だけが削がれていく。


 このままじゃ先にこっちの限界がくる……。

 てきとうな場所に突っ込むか? いや無駄な消耗はしたくない。

 いっそ懐に誘い込む? 上手くいくわけがないだろう。


 どれだけ考えても攻略の糸口が見えることはなかった。

 長期戦の疲れからか、少しずつリーゼの感覚が鈍くなっていく自覚がある。


「早く何とかしないと……」


 その先の言葉は口にしたくなかった。

 こんな時こそ冷静にならなくてはいけない。

 何かあるはずだ、勝つための道筋が。


――その『対象』の範囲をもう少し考えてみろ。それがわかればあいつにも勝てるはずだ


 いつかコルム先生からもらったアドバイスを思い出した。

 ずっと頭の片隅で考えてはいたけれど、結局その意味を理解することなく今に至る。


 自分で考えてわかればとっくにやってるよ、あの放任主義め!


 追い詰められた状況から目をそらしたくて心の中で毒づいた。


「……自分で…………」


 何かが引っかかり無意識に口が動いた。

 リーゼは物体だけでなく魔物や人も支配することができる。

 生き物を支配した場合、対象の意思に関係なく身体を操作することだって可能だ。


 それを僕自身にした場合は……?


 そんな考えがよぎった。

 試そうと思ったことすらない。完全なる未知数だ。

 それでも、このままジリ貧になるくらいなら一か八かやってみるしかない。


――ダッダッダッダッ!


 思い立つとすぐに駆け出した。

 突然の行動に困惑したのだろう、光弾の嵐が一瞬だけ止んだ。


「なんだエクシイ! 自棄にでもなったか!!」


 この僕の行為をどう解釈したのか知らないけれど、アンドリューさんは怒りを含んだ声を投げかけてきた。

 気にせず一心不乱に壁へ走り続ける。


「そんなに負けたきゃ最高に惨めな負け様を晒してやるよっ!!」


 背後で放たれた光弾がリーゼに触れた。

 それを、壁を蹴り空中へ跳び上がることで回避する。

 浮いたままの身体を捻ってアンドリューさんの姿を目でとらえる。

 何がしたいのか理解できないという風にただ突っ立っている。

 その隙に、僕は僕自身を支配してみせた。


「不思議な感覚だ……」


 キレイに着地してそうつぶやく。

 目に見えている景色、その全てが理解できる感覚だ。

 アンドリューさんの一挙手一投足から次に何をするかが瞬時にわかる。


「気は済んだか? これで終わりだ」


 光弾を放ってきた。

 しかしそれも今までと違いとてもゆっくりに見える。

 こんなもの、リーゼで消滅させる必要もない。最小限の動きで避けてみせる。


「チィッ!」


 舌打ちをしたアンドリューさんは連続で光弾を撃つ。

 けれど1発として僕には当たらない。

 こちらは一直線に走って距離を縮めていく。


「どうなってやがる!」


 苛立ちを隠そうとしないアンドリューさんが左手から光弾を出して僕から離れる。

 そのまま、さっきと同じ移動しながらの連撃を浴びせてきた。

 それでも被弾はしない。リーゼも使わない。

 飛び跳ねて回るアンドリューさんを常に目で追いながら軽く身体を捻って避けるだけだ。


「もう満足ですか?」


 これ以上は無駄だと悟り攻撃を中断したアンドリューさんに問いかけた。

 けれど彼は我慢比べ継続という意思を宿した視線を向けてくる。

 

「いいやまだだね。オレの光一閃がお前に通用しないとしても、お前だってオレを射程に入れることはできない。そうだろ?」

「そうでしょうか」

 

 リーゼで支配した身体の「限界」を解き放つ。

 もうアンドリューさんには僕に追いつくことはできない。

 永遠とも思えるくらい長く引き伸ばされた一瞬の中を全力で駆けて距離を詰めていった。


「とらえました」


 彼が目の前まで迫った僕に気づいたときには、すでに身体は固定されていた。

 抵抗のできないその喉にゆっくりと木剣を近づける。


「そこまで!」


 木剣が喉に触れたのと同時にコルム先生の声が響く。

 僕は木剣を離してリーゼも解除した。


「勝者……『竜殺し部』エクシイ!!」


 きっとその言葉で会場は歓声に包まれたのだろう。

 けれど勝利の瞬間に倒れてしまった僕はそれを聞くことができなかった。

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