Episode21 陽と樹、月と鈴




 広場ではランタンを手に持つ人がたくさんいる。

 どのランタンにも小さな人間が宿り、楽しそうに会話をしていた。

 そんな不思議な光景を見ていたら、不意に後ろから肩を叩かれた。

 何事かと振り返ると、ここで逢えるとは予想もつかない人物が立っていた。

 陽翔はるとは感激の叫び声を張り上げる。


「いっくん!!」


「よっ、ハル」


 大きな槍を背中に担ぎ、どこか東洋風の勇ましい武装姿の樹希いつきがニッカと笑っている。陽翔はるとと子供のころから一緒に暮らし、兄弟以上の大親友がグータッチを求めるように拳を向けていた。拳と拳をぶつけ合う。陽翔はるとは嬉しくてニンマリと笑顔になった。



 ≪槍使い イツキ。レベル8 FP190 MP0≫



「いっくん、なんで?」


「なんでって、ハルがゲーム用のヘッドセットをくれたから、イネーブルしたんだぞ。昔からゲーム好きだし、一緒に攻略しような」


「ヘッドセットを、僕が?」


 樹希いつきは一瞬だけ困った顔をしたような気がする。

 陽翔はるとが口を開きかけたとき――――。




 


 ―――――――周囲から音が消えた。



 風景が一瞬揺らぎ、バグのようにノイズが走る。


 ノアが頭を両手でおおった状態で一時停止した。

 感情が抜け落ちた人形のような顔になる。


 それは一瞬の出来事で、瞬く間には元のノアに戻っていた。


陽翔はると。今、ENABMDイネーブミッドのリンクが強制的に移譲いじょうされた」



 樹希いつきはシアン以外にイピトAIが存在することを初めて知った。

 疑問が押し寄せてくるが、まだ打ち明けられないことのほうが多い。次の言葉をぐっとのみ込む。


 陽翔はるとはノアと雫月しずくを不思議そうに見ている樹希いつきに違和感を覚えた。

 いつもの樹希いつきの性格なら、積極的に相手の懐に入っていくはずだからだ。


 樹希いつきは人の輪の中にすんなりと自然に入っていく。

 しかも、どこに居ても自分らしさは失わない。


 見事なまでに自分を確立し、気遣いまで見せる樹希いつきが羨ましかった。

 だが、そんな樹希いつきに不満を感じることは今までも、多分、これからも無いと思う。


 昔から樹希いつきの導線をたどるように陽翔はるとは人間社会に身を置く。

 集団の中の空気を読んで行動するのがとても苦手なのだ。

 そんな生き難い陽翔はるとを、樹希いつきは丁度良いくらいに放置してくれる。


 心地よい距離感がいつもあり、頼るだけでも頼られるだけでも無い関係。


 兄妹のように育ってきた陽翔はるとには分かってしまった。樹希いつきは何か隠している。

 それでもいい。

 育ての親の林夫妻と樹希いつきが隠し事をしているなら、それだけの理由があるはずだ。


 陽翔はると樹希いつきに全面の信頼を置いているが、ノアは突然湧いて出た樹希いつきに疑いの目を向けていた。


 新たに接続された樹希いつきの本体をサーチする。

 樹希いつきの部屋がノアの脳内に再生された。


陽翔はると。この樹希いつきは本物だ。自宅のベッドの上に体がある」


 何故、シアンは樹希いつきを送り込んだのだろうか?

 疑問は尽きないが偽物という懸念は取り消された。

 彼は陽翔はるとの頼りになる親友には変わりない。

 ノアは自分を納得させる。


「いっくん、こっちは魔導士のノアとソルジャーの雫月しずく。ワンコは聖獣ココだよ」


「えっと、はじめまして。内緒でこんな楽しい事してるなんて、ずるいな。全部、説明してもらうぞ」


「全部話す。僕を信じて」


 陽翔はるとせきを切るようにこれまでのことを樹希いつきに伝えた。

 樹希いつきは途中で口を挟むことなく話を聞いている。

 一通り話し終えると、陽翔はるとに化けたシアンの様子や学校の事を教えてくれた。

 シアンは目立ことも無く、普通に授業を受けているだけらしい。


「このゲーム、ぜってえ、攻略しねーとな」


 樹希いつき陽翔はるとに対して、ほとんどのことは真実を告げていた。

 だが、シアンと砥綿井とわたいの会話は伏せた。

 そこで感じた疑問も心に隠す。


 精巧なヒューマノイドの意味を理解している。

 このヒューマノイドを造れる人物は日本で、否、世界で一人しか居ない。


 もしもの事があった場合、陽翔はるとの助けになれるのは樹希いつきしか居ないはず。


 それぞれ別々の思考が巡る。お互いがお互いの事を気遣っていた。だが、それはすぐには相手に打ち明けられるものでもない。




 広場の中心からお祝いの歌が聞こえてくる。

 複数のランタンを囲み、温かい飲み物を片手に歌う人達。

 屋台で買ったスイーツを頬張る人。

 故人に逢えるお祭りは想像していたのよりずっと陽気なもののようだ。



陽翔はると君、クリスマスってこんな感じ?」


雫月しずくって、クリスマスのお祝いしたことある?」


「あそこには何もないから、ノアとブラウの部屋の中にオブジェクトのツリーを飾り付けたの。画面の中を見ているだけでワクワクしたわ」


「ノアは凝り性な感じする」


「ノアは建築物が大好きだから、何日も前からガウディ風の教会を造っていたわ」


 ノアは心底心外だという顔をする。


「ちがうぞ。オレが好きなのは、星空の背景の建築物。星のほうが主役。クリスマス・ツリーの見える広場にはガウディが一番いいんだ」


 難しい理屈を話し出しそうなので雫月しずくは慌てて話題を変えた。

 星と建築の事を話し出したら、ノアは話が止まらなくなる。


陽翔はると君。ノアにこの話させると長いから気を付けた方がいいのよ。でもね、私はずっと、ノア達の世界に行きたかった。やっと来れた」




 雫月しずくはイピトAIと一緒に育った。

 ノアとブラウが幼馴染のようなものだろう。

 その中にシアンは含まれるのだろうか?

 ノアとシアンに仲が良いという印象は無い。





 そんな穏やかな雰囲気を壊すように、急にココアが陽翔の目の前に飛び出した。


 陽翔はるとたちをかばうように遠吠えする。

 非戦闘エリアなのに、ココアの索敵スキルが発動した。

 何を意味するのだろう。


 陽翔はるとは周りを見回した。


 平和な一時を切り裂くような悲鳴が響く。

 広場の雰囲気が一瞬で変わった。

 静まり返った空間に不穏な気配と物音が近づいてくる。

 ここはVR世界。何が起きても不思議ではないところなのだ。




 黒ずくめの数十名の男達が少女を追い駆け乱入する。

 悲鳴を上げながら逃げ惑う人々。


 少女は空いた空間をすり抜け、懸命に走っていた。

 手に空っぽのランタンを持っている。

 ランタンは暗闇に浮き出るように、ほのかに発光していた。

 陽翔はるとが目にした、その少女は意外な人物だった。



 ノアの基地ベースから自宅に帰るのを間違いなく見届けた。

 ENABMDイネーブミッドも渡していない。

 それなのになぜ?



「ハル、あれ、鈴菜じゃね?」

「なんでだろう? そっくりなAIかな?」

「今日、家に来たし。絶対助けなきゃいけないヤツだ」

「わたし、聞いてないけど」

「わん」



 陽翔はるとたちのすぐ横を走り抜ける。

 あちらも陽翔はるとと目が合い、恨みがましい目線を寄越した。


 後を追う男の顔がチラリとフードから見える。

 ワニの頭をしている。モンスターだ。




 陽翔はるとは素早く画面操作をして樹希いつきをパーティに加え、タンクの位置に据える。

 彼ほどタンクが向いている人間に、陽翔はるとは今まで会ったことがない。

 雫月しずくとノアをアタッカーに設定し、陽翔はるとは、ヒーラーの役割を果たす聖獣ラヴィを召喚した。


 この中で一番足が速いのは雫月しずくだ。

 陽翔はるとの合図を読み取り、雫月しずくはココアを後ろに従え一足飛びに加速する。


 雫月しずくはワニ頭を追い越し鈴菜に追い付き手を握った。

 そのまま一気に路地裏から郊外の戦闘エリアに走り抜ける。


 ワニ頭の男たちが二人に襲い掛かるが、雫月しずくのスピードに追いつけない。

 ココアが遠吠えでワニ男を威嚇すると、驚いたワニ男の足がすくむ。


 雫月しずくはワニ男から距離を取り、街外れのフィールドで鈴菜を背にかばった。



 ココアの威嚇スキルで先制攻撃のチャンスを得た雫月しずくは、鈴菜を守りながら、容赦ない蹴りをワニ男に次々と打ち込む。


 ワニ男が吹っ飛んだ。


 ワラワラとワニ男が集まり、雫月しずくたちを囲む。

 ジリジリと距離は詰められた。



「その女が持っているランタンを寄越せ!」



 リーダー格のワニ男が二人に向けて大声を上げた。


「嫌よ! これは、お母さんのランタンよ。魔女のランタンじゃないもの」


 鈴菜がランタンを抱きしめ叫ぶ。

 そのランタンは確かに他のものとは様相ようそうが異なった。

 レッドゴールドに繊細な彫刻が施され、真っ赤な宝石が所々に散らばり輝いている。



 遅れて飛び込んできた樹希いつきが、ワニ男の前に立ちはだかった。槍を構え戦闘態勢に入った。


「鈴菜! つか、お前、ゲームなんてするんだな? 普通に頭が硬てーヤツだと思ってた」


樹希いつき? なんであんたが? ゲームは初めてよ! ハル君がここに来たら、お母さんに逢えるって言うから!」



 学校の成績で首位を争っている二人は傍から見ると仲が悪いように見える。

 しかし、樹希いつきにとっても鈴菜は幼馴染になる。

 それなりに仲が良い。


 そんな姿に隙ありと見たワニ男が、斧を振り上げ鈴菜に襲い掛かって来た。


「やばっ。雫月しずく、そっちは任せた」


 樹希いつきが腰を落とし、低い構え槍を大振りし敵を薙ぎ倒す。

 黄色のエフェクトが舞い散り、前衛のワニ男が光になって消えた。


 その直後、陽翔はるととノアも到着し攻撃の陣形が整う。



 ノアと陽翔はるとの魔法攻撃が炸裂した。

 約半数のワニ男が光となって消える。


 リーダー格のワニ男が撤退の命令を下し、ワニ男の群れは宵闇に紛れて逃げる。

 呆気なく戦闘は終わりをむかえた。


「……ハル。鈴菜も誘った?」


「多分、シアン? ちなみにいっくんもシアンに誘われたって自覚ある?」


「ある、……な」



 ---続く---

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