Episode20 ノアは星空ヲタク
このプラネタリウムは偶然にも、鈴菜
ノアはプラネタリウムスタジオに通すように言った。
「こっちだよ。最後にここに来たのはお母さんと?」
「うん、あの日のことは絶対に忘れられない。入院する前の日だもの。小学校の入学式が終わってから、お母さんと一緒にここに来たの」
スタジオの扉を開ける。ロビーから繋がる正規ルートの扉を開けるのは初めてだ。こちらから入ると映画館のようで、これから楽しいことが始まるようなワクワク感がある。
ノアの
ノアは星空ヲタクで、趣味が高じてプラネタリウムを
「思い出の日の星空を映したよ」
ノアの受け売りで鈴菜に説明する。
鈴菜が不思議な顔をした。
「ハルくん? どうして知っているの?」
言い訳の最適解が
「――――林の? お、おじさんから···…聞いたんだ」
びっくりするくらい棒読みだった。おまけに歯切れが悪い。ノアがあきれ顔でこっちを見ていた。絶妙なタイミングで星空解説が流れ始める。ノアのフォローだ。鈴菜はそちらに気を取られ天井を見上げる。
四月のこの日の星空は鈴菜にとって特別だった。
何度も本を読み返し図鑑を見て、覚えてしまうくらいに。
最後に訪れた年にここが閉館したため、二度と見られなかった星空。
鈴菜が記憶を頼りに、あの日の席に座った。
多分この辺。
西を見ると木星は明るく輝き、北斗七星が夜空を飾る。
『こと座流星群』の解説と『ポン・ブルックス彗星』の映像。鈴菜にとっては、その全てが母親との思い出だった。
「あの日、お母さんは言ったの。絶対に私の元へ帰ってくるって。どんな姿になっても必ずって」
鈴菜がつぶやく声を、
星空解説が終わると、『星月夜』という名の映像作品が投影された。
都会の夜空や宇宙から見た地球の映像。赤い花が咲き乱れる野原からの星空。様々な風景が心地よい音楽と共に流れる。
半球のスクリーン一杯に投影される映像は、迫力があり心が直接震えるようだった。
胸に迫るような歌声に耳を傾けると、涙が止まらなかった夜と、心に寂しさが蓄積される感覚を思い出す。
これは、あの日、鈴菜が見た空。
大音量で流れる曲と壮大な宇宙。
無限の宇宙の広がりが物悲しい。
何を目指してどこに行けば良いのだろう。
どこへでも行けるはずなのに、座標に囚われどこへも行けない。
踏み出す勇気は何処を探せば見付かるのか。
――――わからない。
感傷に浸りきっていた時、割り込みノイズが走った。
せっかくの気分が台無しになるようなメッセージを睨んだ。
≪今夜、九時に『misora』にて待つ≫
前回は
七瀬鈴菜は、
投影が終わった後、幾筋もの涙の跡を拭いもせず、鈴菜は真っ暗な空間をみつめていた。その視線は過去に存在していた、思い出の破片を追っているようだった。
ドーム内が明るくなると、はっとしたように鈴菜は現実に戻り、ぽつりぽつりと母親の事を話し始める。
思い出すような懐かしむような瞳は、寂しさを乗り越えた鈴菜の、芯の強さのようなものを感じた。
「母は助かるはずだったの。脳外科の若手のホープであった、
鈴菜の母親は脳腫瘍だった。
腫瘍は神経が集まっている難しい位置にあり、手術で摘出することは困難を極めた。だが、運良く脳外科の権威に手術を執行してもらえることになっていたのだ。
母は仕事では旧姓を名乗っていた。
『琴石』という姓は、
つまり、
帰り際に鈴菜にエコバックを渡された。
中に入っていたのは、
この裁縫箱は、
あの忌まわしい船舶事故の後、両親の訃報を知り林夫妻が駆けつけた時は、蒼井家の私財は全て処分された後だった。
慌てて
水色の雲の文様が描かれた桐の裁縫箱は、その時から
「これ、どうしたの?」
「本当に変なハル君ね。昼休みに突然訪ねて来て、話をした後にコレを私の机に忘れて行ったでしょう? その後で早退しちゃったじゃない」
シアンはどこまで陽翔の事を知っているのだろう。
***
仮想ボディにイネーブルし目覚めると、広大な景色がフォーカスされた。
そこは夕焼けに照らされた荒野だった。
連なる岩や高さのある場所は赤い夕陽に照らされ、影はくっきりと大地に刻まれている。
東を向くと遠くの丘に、砂色に
ココアが楽しそうに後ろを着いてくる。
丘の頂上にある石造りの城や、そこから放射状に広がる街に次々と明かりが灯った。
「―――きれい」
ノアも広大な自然と街の灯りを見渡していた。
『misora』の景色は何度見ても美しい。
蒼井博士はシアンと一緒に仮想世界を創っていた。組織に囚われていた彼らは、無限に広くて画面上にしか存在しない、小さな世界に何を求めていたのだろう。
現実は悲惨でも美しいものに焦点を当てる、その心を無くしたくない。
そんな想いが伝わってくるようだった。
時間は現実世界より早く流れ、人間の原点に戻ったような野性的な風景が溢れている。ゆっくり肩を寄せ合って歩くと、関所に着く頃にはすっかりと暮れ、星が
「夜になると強い敵にターゲットされるかもしれない。早く街に入ろう」
ノアに促され
今夜は年に一度の『死者の日』だと、入り口付近の街の人が教えてくれた。
祝祭の熱気が辺りを包む。
一見恐ろしそうな名前だが『復活祭』に該当するようで、この夜だけはこの国の王が強力な結界魔法を施し街は守られている。
ルークスは
健康的な褐色の肌に、情熱を宿しているような赤い瞳と赤い髪の人々が行き交っている。
女性は色鮮やかな花柄や水玉模様の服を着て、男たちは短いジャケットに帽子を被っていた。
夜空に祭り特有の高揚した雰囲気。
魔法で灯したイルミネーションが街中を照らす。
ノスタルジックな淡い光が踊る街中をしばらく歩くと、リオ・デル・ソルという名の広場へたどり着いた。
広場の真ん中には大きなツリーが飾られ、周りにはたくさんの屋台が連なる。甘いお菓子の匂いが漂い、ギターの音に合わせて踊る人々。絵本の中のクリスマスのように輝いていた。
「旅人さん、マサーリアの夜に観光ですか?」
後ろから声を掛けられ振り返る。
マリーゴールドのような暖かい色のランタンが並ぶ後ろに、人懐っこい少女が笑顔を向けていた。
「マサーリアには故人の魂が復活し、このランタンに宿ると言われています。逢いたい方はいますか?」
神が降臨する日であるマサーリアの夜は、その恩恵を受けて死を迎えた家族も一晩だけ復活する。
クリスマスと日本のお盆を混ぜた行事のようだ。
ランタン売りの少女はにっこりと微笑む。
そして人差し指を上げた。
軒下のランタンは淡い銀色に灯る。
その売り物ではないランタンの中には、暖かな光が漏れ出す小さな家と庭があった。
家の前に座る一人の老人。
老人は帽子を取り優雅に一礼し、悪戯でも考えているような目をこちらに向けた。
「ここに居るのは、亡くなった私の祖父です。取り壊されてしまった祖父と祖母の家が、ランタンの中に復活したの。ふふふ。おじいちゃん、嬉しそう」
ランタンの中の老人は陽気に話をする。
愛する家族に逢えた喜びに満ち溢れ、魂が輝いているように陽気な声と笑顔を伴っていた。
「儂は孫の心に残る記憶の一面。家族の団らんの中に居た儂だよ。とても、大切な想いの欠片じゃ」
「家族の団らんのおじいさん?」
「そうだよ。人間は多面的だろう? 仕事中の儂、悪友と羽目を外す儂、婆さんとデートしてた頃の儂。でも、家族の前では一面で良いんじゃ。そうだろう?」
こんなふうに復活した人に難しい人間関係は必要ない。
心を許せる人と意思を通わすだけで良い。
「―――そうかも知れないですね」
ここに降りる死者たちは生に縋りついている訳でも無く、人間としての良心だけを凝縮した存在に見えた。
祭りに悪意を振りまく必要はない。
そんなものは死の国に置きっぱなしにして置けばいい。
店先に売られているランタンは、死者の中に逢いたい者が居れば存在をアピールするように光るそうだが、
売り子の少女とお祖父さんに別れを告げ
---続く---
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