Episode14 オーロラの湾刀『極光《きょっこう》』






 羽根のようにヒラリと跳躍したイシュタルが、レイピアで騎士ユフタスの胸を突く。陽翔はるとがいくら攻撃しても、びくともしなかったユフタスが、よろめき胸を押さえた。ユフタス自身も、何故攻撃が有効か、混乱しているようだった。


 FPのゲージが二割弱減る。


 直後、カイが直刀を振り上げユフタスを襲い、その刃は左肩から右の脇腹を一直線に切り裂いた。


 黄色のエフェクトが弾け、ユフタスが消滅する。


 ノアは一瞬の間もおかずに駆け出し、後方にいた魔法剣士に氷の魔法を放った。


 陽翔はるとは、再度、隊列を入れ替え、イシュタルと自分の位置を交代させる。


 陽翔はるとの弓がヒーラーを打ち抜く。


 クリティカルヒットの効果音が流れ、ヒーラーは黄色の光となって消えた。




 陽翔はるとは仕留め損ねた魔法剣士の攻撃魔法を受け、ゲージが大きく削がれたが、カイが大きな体に似合わぬ素早さで魔法剣士を切り捨て、試合終了の鐘は大きく鳴り響いた。





 ―――終わった。





 陽翔はるとは茫然と周りを見回した。観客席から大きな歓声がわき上がる。



陽翔はると。勝ったぞ。やったな」

「ノアのおかげだ」



 ノアが陽翔はるとに抱き付くと、陽翔はるとも泣きながらノアに抱き付いた。イシュタルもカイも陽翔はるとを囲み、感激の涙を流した。


「勝ったぞ。ハルト、『氷の塔』に行けるな」

「イシュタル、カイ、ノア。ありがとう」



「あの強そうな騎士に、どうして私の攻撃がヒットしたのかしら?」


 イシュタルが心底謎だという顔をしていた。


「それは、武器の特性だよ。ノアが調べてくれた」


 カイとイシュタルは、それぞれユニーク・スキルのある武器を持っていた。

 カイの直刀はドラゴンスレイヤーと同等の特別な効果が付与されている。

 そして、イシュタルのレイピアは、砂漠の神の加護を受け、神の金属で造られていた。





 この世界の神はドラゴンという設定なので、神の剣は、神には効くのだ。

 レイピアという形態だったため、他のモンスターには小ダメージでも、ドラゴンには効果的ということだ。




「どうやって調べたの?」


「オレたちイピトAIは、データベースという点では人間より優れているが、自発的な創作は全くの専門外なんだ。だから、このRPGにも原案があると思った。そこで、インターネットを使って元の資料を探し、その設定を確認したんだ」


「うわ、AIって物語でもゲームでも簡単に創っちゃうのかと思ってた」


「空想や創造は人間の特殊能力だよ。AIは命令を受けて動く。条件を設定してくれれば、創作の手伝いはできるけど、独自の創作は無理なんだ。シアンは、とある国の作者にゲームのシナリオとして作品使用の許可を得たようだ」






 陽翔はると達以外は誰もいなくなった戦闘用のフィールドに砂埃が舞い上がる。

 そして、観客たちの喝采が上がった。


 この国の最強の戦士を相手に、旅人のパーティが勝つとは誰も予測できない。


 だが、これは祭りなのだ。

 棺桶ペナルティから立ち上がった敵将も拍手を贈る。


 ドロップ・アイテムは『極光きょっこう』という、オーロラが金属になったような美しい湾刀だった。


 刀身を引き抜くと日本刀に似ている。今のパーティでは、誰も装備ができないので、仲間が増える前兆だ。




 聖国の役人が陽翔はるとたちパーティを呼ぶ。

 陽翔はるとは勝利を実感できないまま一歩前に進んだ。

 顔を上げると、目の前には壮大なコロシアムが広がり、観客席は歓声がこだましている。中央には、いつのまにか勝者の証として、花冠を手に持つ若い娘たちが待ち受けていた。彼女たちの純粋な眼差しに、陽翔はるとは身が引き締まるような気がした。陽翔はるとたちが近付くと、娘たちはそれぞれの花冠を勝者の頭にそっと乗せた。


 音楽が奏でられ、乙女たちが集まり輪になる。舞いながら種をまくと、そこから唐草のような階段が立ち上った。ツルは伸び編みこまれ玉座までの階段となる。



 玉座に導かれると、聖王自らが陽翔はるとに石板を授与を行った。

 うやうやしく渡された石板を両手に持ち、書かれている内容を一読する。その重みがズシリと陽翔はるとの心にのしかかる。


 石板は『エラリスの欠片』と示されていた。ルーン文字と呼ばれる古代文字で書かれている。陽翔はるとにだけアシスト機能で翻訳されていた。そこに記されていたのは、雫月しずくとブラウの事だった。

 また、石板は『氷の塔』への移動ポートを兼ねている。


 勝利の実感が遅れて胸に湧き上がった。

 じんわりと熱い。

 陽翔はるとの作戦で、この勝利を導いた。

 今まで好んで勝負というものはしたことがないが、ノアや雫月しずくを助けるためならやぶさかでない。

 



「勝者ハルトよ。正しき道が開かれれば、得難い仲間が手に入るであろう。但し、未熟な者には手に入れられぬ。封印を護る翠龍すいりゅうより全力で奪いなさい」


 聖王の言葉を陽翔はるとは噛みしめる。




 それは一瞬の出来事だった。

 授与の瞬間を待っていたかのように、視界に白黒のノイズが入る。

 今まで聞こえていた歓声が止み、辺りが異常なほど静まり返った。

 人々も、舞い散る木ノ葉や紙吹雪までも、凍りついたようにフリーズしている。

 システムの介入により、陽翔とノア以外の人間は動作を停止させられていた。


 こんな事ができるのは、ゲームマスターしかいない。



「シアン?」


「正直、陽翔はるとなら諦めると思っていました」



 重力の影響をまるで受けていないかのように、シアンが空からゆっくり降りてくる。相変わらずの無表情だった。



「シアン! いい加減に目的を言え。なんだってこんなまどろっこしい事をするんだ!」



 ノアが掴みかかる勢いでシアンに手を伸ばした。

 だが、まるで見えない壁に阻まれるように手が届かない。


 シアンは眼鏡の縁を神経質そうに押さえた。少々苛立っているように見える。



「だいたい、わかっていますか? イピトAIとUbfOSは武器なのです。素直に凍結されればいいものを。蒼井博士はOSの権限を陽翔はるとに全て委譲しました。現時点では、システムの仕様を変更することは陽翔はるとにしかできないのです。だから、陽翔はるとの意思で、陽翔はるとの選択で、仕様変更ができるようにこの世界を作りました。あなたの強い意志が無いと、不正を検知するチェックプログラムが働いて仕様は変更されません。『氷の塔』で選択した内容を、倫理監査AIが承認すれば仕様が変更され、ノアとブラウは解放されるでしょう。通らなければ、全てが凍結されます」



 初めてシアンの目的が少しわかった。

 つまりシアンは、イピトAIとUbfOSを安全に運用できるように変更しろと言っているのだ。だが、システムの権限が委譲されたなどとは陽翔にとっては初耳だ。


「初めて聞くけど、今まで黙っていたの?」

「今、伝えました」


 システムの解析ができない陽翔はるとでも、変更が可能なように、また、強い意志が確認できるように、VRゲームにしたのだ。



 しかし、それだけでは陽翔はるとの生活を乗っ取る意味が無い。


 ノアとのリンクには5時間という時間制限があるため、学校に行く時間なら十分にあるのだ。他にもまだ理由があるのだろうか。





「何度も聞いているけど、どうして僕の生活を乗っ取る必要があるの? 数日前、変な男に襲われたけど、シアンの仕業なの?」




 シアンのポーカーフェイスが一瞬くずれた。

 それは、悔しさの滲む表情だった。

 その表情に隠された意味はわからない。

 なぜ、そんな顔をするのだろう。



「せいぜい、寝首をかかれないように、ノアと一緒に大人しくしていなさい」



 崩れ落ちた一瞬の表情が幻のように、元の無表情に戻っていた。

 多分、今の言葉は嘘だ。

 イピトAIは、嘘が下手だ。

 あれでは、小学生だって騙されない。


 何か裏があるのだ。

 このゲームは恐らく時間稼ぎにすぎない。

 そんな気がした。





「それが嘘だって、僕にだってわかるよ」


「理由なんて知る必要はありません。そんなに心配しなくても時期が来たら、あなたの生活はお返ししますよ。ノアと少し遊んで、気が済んだら言ってください。凍結すれば簡単に済むのに。全く、聞き分けの無い子供ですね」


「答えになってないよ。シアン!」







 シアンが逃げるようにその場から掻き消える。

 それと同時に、この世界の時間が戻ってきた。

 人々は優勝を心から歓迎し、激励の拍手を陽翔はると達に贈る。


 全ての歓声がピークになったとき、イシュタルとカイは陽翔はるとに微笑みかけていた。

 勝者を見守るように周囲の音も落ち着きを取り戻す。


「わたしたちの報酬はドロップしたアイテムの中から適当に頂いたわ。『氷の塔』の攻略を頑張ってね。困ったときは、砂漠のオアシスのアレナに来て。いつでも歓迎する」


陽翔はると。短い間だが楽しかったな。旅の成功を祈っている。元気でな」




 RPGらしく、イベントも突然。別れも突然。

 どこかでまた逢えたらいいなと、陽翔はるとは思う。

 鼻の辺りがツンとした。でも泣かない。








 このストーリーは雫月しずくとの出会いによって始まった。

 そこに何らかの意図があるようにしか思えない。

 勝利のドロップ・アイテムも雫月しずくを連想するものだった。


 紫がかったオーロラの湾刀を大切に保管する。


 ストーリーは勝利の喜びのままに進み、陽翔はるとは石板を手に取り、雫月しずくの喜ぶ顔を思い描いていた。







 ---続く---

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