Chapter4 雫月はなぜブランカとARリンクする?

Episode15 『氷の塔』




 陽翔はるとはココアと屋上に居た。考え事をする時はここが一番いい。

 冬の澄んだ空を眺めシアンが語っていたことを反復する。


『イピトAIとUbfOSは武器なのです』

 重い言葉だ。


 また、石板には『雫月しずくは何故、ブラウとARリンクするのか?』と書かれている。



 ノアとブラウは、陽翔はるとの家族となる事を真の目的としていた。また、石板の名前は『エラリスの欠片』。


 『エラリス』は『error』からきている言葉だ。

 この石板に書かれていることは陽翔はるとの両親のエラー。つまり、過ち。



 どのような理由があっても、雫月しずくに処置した内容は、犯罪であり悪魔の実験なのだ。



 そうなると、ブラウは完全凍結が正しいのだろう。

 自分を蔑むような瞳で両手を見ていた雫月しずくに、もう傷ついてほしくはなかった。

 

 武器を生み出すしかなかった両親は、科学者として何を思っていたのだろうか? 実験による苦痛は雫月しずくにあったのか?

 そのことを考えると、悔しさがこみ上げてくる。自分が世間知らずで甘いのは分かっているが、せめて傍にいられたらよかったのにと思う。



 陽翔はるとは両親に雫月しずくを託されたのだ。

 暗殺者に仕立てられてしまったが、本来の雫月しずくは優しい女の子である。






 カランカランと鉄骨の階段を上ってくる音が聞こえた。

 買い物から帰って来た雫月しずくの足音だ。

 陽翔はるとは階段のほうへ顔を向ける。




 低い位置にある太陽の西日は金色に輝いていた。白い息が、群青色と金色が混ざったような空に、滲んで広がり消えていく。

 雫月しずくは、冬の澄んだ月光のような子だ。

 長いまつげも、すみれ色の瞳も、その全てが綺麗だった。



陽翔はるとくん。これ見て。見切り品の箱に入っていたの」


 透明なビニール袋の中にピンク色の束が見える。

 冬の風景の中で見る線香花火は、忘れ物のようにどこか頼りなく繊細だ。


「花火? 好きなの?」


「うん、日本の花火はキレイなんでしょう? 夜空に花が咲くようだって未空みく先生から聞いた事があるの。観てみたいな」



 陽翔はるとは懐かしい景色を思い出した。

 蒸し暑い夏の夜。

 人波は陽翔はるとの目線より下にある。

 遠くまで見渡すことができた。


 父の頭が目の前にある。

 多分肩車をしてもらっていたのだろう。


 屋台の赤い光。

 陽翔はるとは肌触りが気持ち良い服を着ていた。

 金魚の柄だった。

 今思えば甚平じんべいなのではないかと思う。


 母が陽翔はるとを見上げた。

 覚えているようで覚えてない。

 ただ、微笑んでいたと思う。


 目の前の雫月しずくと母の面影が、重なるような気がする。

 似ているはずは無いのに。

 陽翔はるとは小さく首を振る。


「その線香花火はとても小さいけど、きれいだよ。でも、雫月しずくの言っている花火は、打ち上げ花火だね」


「打ち上げ花火?」


「打ち上げ花火は夏に大会があって、花火師さんが打ち上げる。来年になっちゃうけど、一緒に観に行こう」


「来年? 未来の約束はできない」


「なんで?」


「わたしはアサシンだから、約束は嫌いなの。守れないかもしれないから、落ち着かない」


「ここは日本だし、組織はもう無いよね」




 雫月しずくはまた異物を見るように、自分の指先を眺めた。無価値で蔑む対象に向けるような視線だった。

 親指の爪で人差し指の爪を弾く。

 そして祈るように指を組んで顎に当てた。



「―――戦うために生きてきたの。わたしは陽翔はるとくんの為に戦いたい。そうしなければ、わたしはわたしでいられない」


 硝子のように繊細で、不安定さが滲み出た瞳を陽翔はるとに向けた。

 その瞳を見た途端、陽翔はるとは落ち着かない気持ちになる。

 

 陽翔はるとの両親が育てた大切な存在である雫月(しずく)のことを、雫月(しずく)自身が無価値であると決めつけないでほしい。


 陽翔はるとにとって雫月しずくは、優しさも、暖かさもある普通の女の子だ。





「ねぇ、雫月しずく。僕の両親は良い人だった?」


 突然の問いに、雫月しずくは驚いたように目をみはる。

 それから、淡く微笑んだ。

 透明で頼りなくて、心が痛くなるような笑顔だった。


「とても、優しくて良い人だった。良くしてもらった。陽翔はるとくんの両親なのに、私が取っちゃって、ごめんね。陽翔はるとくんに申し訳ないなって、いつも思ってた」


 陽翔はるとは首を横に振る。


 子供のころ寂しくなかったと言ったら噓になる。

 授業参観、運動会、事あるごとに両親が居ない寂しさを感じていた。


 両親と引き離されたことは不幸なことである。


 雫月しずく拉致らちされ両親と引き離された。

 とても悲しいことだ。


 けれど、寂しさにも意味があったと、今は感じる。


「僕の両親が、少しでも雫月しずくの役に立ったのなら、うれしいよ。ここに居る雫月しずくが、雫月しずくで良かったと思う」


「どうして?」


「僕の両親が雫月しずくに出会わなければ、今の雫月しずくに僕が出会えなかったかな、と思って。その線香花火、僕が預かっていい?」


「いいけど、花火しないの?」


「明るいと見えないよ。夜にならないと。それと、花火以外にしてほしい事とか、欲しいものとか無い?」


「一つだけ心残りがあるわ。未空みく先生が作ってくれたテディ・ベア。叶うのならば、――――取りに戻りたいな」


 雫月しずくは、そうポツリと呟いた。






✽✽✽







 いよいよ、陽翔はるととノアは『氷の塔』に入る。

 聖国フロームの神殿の祭壇に『エラリスの欠片』を捧げた。


 足元が凍り付き、水銀色のエフェクトに包まれる。

 閉じ込められたような感覚の後、体が暖かくなり融解ゆうかいした。


 塔の中は肌寒く、四方八方が氷に覆われている。



 目の前には先の見えない階段が浮かんでいた。

 薄氷が幾重にも伸び、螺旋のように絡み合っている。


 軋む階段は恐ろしいほど不安定で、足を掛けたところからガラガラと崩れ落ちた。



 陽翔はるととノアは、崩れ落ちる階段を全力で走る。


 後ろからサソリのしっぽを持った蜂のモンスターが大群となって追いかけてきた。

 耳障りな羽音が聞こえ、毒の尾に狙われる。



炎陽えんよう-転」



 ゆらりと黄金色の炎が矢の先端に灯る。

 炎を纏わせた弓で、進行方向のサソリバチを射抜きながら走った。


 毒持ちのモンスターは厄介だ。


 ノアが広範囲の氷の魔法で攻撃すると、十メートル圏内のサソリバチは氷結して落下するが、次から次へと湧いてきてキリが無い。


 全力で逃げ切り、階段の突き当りの扉に飛び込む。

 勢いあまり床に倒れこんだ陽翔はるとの瞳に飛び込んできたのは、驚愕するほど信じられない光景だった。


 ノアを見るとノイズが入りフリーズしている。


 脳をかき回されるような混乱の後、導き出された記憶。

 真っ暗な部屋で再生されている立体ホログラムは、両親の姿を映し出していた。






  ---続く---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る