第十二話 ボクっ子、再来

「レティオン様?レティオン様ですよね?ずっと、ずっと探していたのです!なぜ、あの時わたしを置いて行かれたのですか……!?」


 得体の知れない何かが、月明かりでハッキリ見えるほどに近づいてきた。


 黒髪の少年、身長はユートくらいだ。年は十五くらいか?


 前髪が夜風に吹かれて、その隙間から真紅の瞳が覗いた。


 血のように赤いその瞳が、どこか俺の不安を煽った。


「レティオン?誰だ、お前の知り合いか?」


 決して警戒を解かずに、小声で確認する。


「いや、知らん。それよりも気をつけろ、吸血鬼だ」


 吸血鬼だぁ!?それって、あれか。ドラキュラとかヴァンパイアってやつか。


 少年との距離が狭まったことで、より一層香る血の匂い。


 慣れてはいるが、少年からするのは異常な匂いに顔をしかめる。


「どうすんだ?俺たち今から襲われて吸血鬼にされんのか?」


「――さっきからうるさいぞ、人間」


「っ、聞こえてんのかよ!」


 こいつ一瞬で雰囲気変わりやがった!!見た目の割に、なんてエグい殺気飛ばしやがる!!


「レティオン様、なぜ下等な人間風情と一緒におられるのですか?」


 そういってケターシャに歩み寄る少年。ケターシャは距離を保ったまま、少年が進んだ分だけ後退する。


「レティオン様?なぜ離れてゆくのですか。百五十年の歳月で、忠実なるしもべのことをお忘れですか?」


「……忘れているのはお前ではないのか?」


「と言いますと?」


「吸血鬼、お前は自分の主人の顔も忘れたようだ。私はレティオンではない。察するに、そのレティオンという奴は竜人なのだろう。お前は気配を読み間違えている」


「なっ!?そんなはずは…」


 信じられないと言った様子で、真偽を確かめるように、ケターシャに近づく。


 今度は離れて行かずに、少年が満足いくまでケターシャは付き合う。


 ようやく合点がいったのか、よろけながら後退り、震え声で話し出した。


「なん、て、ことだ…………すまない、私の勘違いだったようだ。失礼した、赤の一族の竜人よ」


「いや、わかってもらえたなら結構だ」


 最初とは打って変わって興奮が落ち着き、少年は静かな声で謝罪をした。


 ケターシャも、もう大丈夫と判断したのか警戒を解いて、謝罪に応じる。


「しかし困った、私の姿を見られてしまった。ただで返して、後で人間どもの襲撃を受けるのは避けたいが……レティオン様の同族である竜人は殺せない。――だが人間、お前は別だ」


「は?」


 ケターシャ、俺ともに警戒を解いたのも束の間、少年は数メートルもの距離を一歩で詰め、手刀を構える。


 咄嗟に剣を振るが、掻い潜って躱され、少年は俺の首を目掛けて手刀を繰り出した。


『あ、これ間に合わねえ』


 振り抜いた剣を戻す暇もなく、鋭く伸びた黒い爪が、完全に俺の命を捉える。


 全身を悪寒が走り抜け、死を覚悟する――瞬間、少年の手刀は俺に届かなかった。


 少年が手刀を繰り出した直後、その手首から先が飛んだのだ。


「む?」


 少年は鮮血を撒きながら、大きく後ろに飛び退く。


「ぎ、ギリギリだったね、海賊さん?」


 俺はぺたんと崩れ落ち、声のする方を見上げた。


 たった今少年に殺されかけたかと思えば、今度は少女が立っていた。


 白髪に、これまた少年と同じく真紅の瞳をした少女だ。


 少女は息を切らして肩で呼吸している。まるで全力でここまで駆けて来たかのような様子で。


「お前、確かあの時の―――そうだ、ジアか!!」


 俺らがこの島に上陸した時に、砂浜に一人でいて、町まで案内してくれた、不思議な少女。


 フリージア、こと、ジア。


 ジアはこくりと頷くと、俺の奥にいる少年の方を見やった。


 どうやったかは分からないが、どうやら今俺は、この少女に命を救われたらしい。


 手首を切断された少年はと言うと、切られた腕を見つめ、滴る血をペロリと舐めていた。


「魔力を感じぬ……精霊術か。……竜人に精霊使い、なぜその人間を庇うのか理解に苦しむが、まあよい。人間、今日の所は生かしておいてやる。もし次に出会うことがあるのなら……」


 俺の側にきて牙を剥き出しにするケターシャと、両手を前に構えるジアの姿に、少年はため息を吐いた。


「命はないと思え」


 そして少年は、夜の闇の中へと姿を消した。


 さっきの反省もかねて、姿が見えなくなった後も一分ほど警戒態勢でいた。


 ケターシャは竜の姿を保ち、ジアは目を閉じて深く集中している。


「…もう大丈夫だよ」


 目を開いたジアの言葉で、俺らはへたっと座り込んだ。


「二人とも怪我はない?」


 ジアは屈んで、俺らに傷がないか確かめ始めた。


「ああ、大丈夫だ。ジアと呼ばれていたな?助かった、礼を言う」


 人の姿に戻りながら、ケターシャは胡座をかいて頭を下げた。


 俺もケターシャに続いて頭を下げる。


「また会ったな。初対面の時からやる奴だと思ってはいたが……一体何者だ?」


 さっき黒髪の少年こと吸血鬼に、「精霊使い」と呼ばれていた。


 多分、セリヒに紹介された精霊使いというのは、こいつ、ジアのことだろう。


 詳しく話を聞きたいとこだったが、ジアはそう焦らないでよと苦笑した。


「こんなところで話すのもなんだし、向こうで話そ?あっちのほうが賑やかだし!」


 そういって野朗共が騒いでる方を指差すから、俺らは焚き火を囲った野朗共のとこまで歩いていった。


「あ、キャプテン。さっき子供がそっちに走って行ったけどどうした……って、君、あの時の!」


 いち早く俺たちに気づいたユートが、ジアを指差して驚いた表情を見せる。


 どうやら吸血鬼とのいざこざには気づいていなかったらしい。


 ユート含め驚いた様子の野朗共に、何があったのかを説明した。


「――ってことだ。じゃあそろそろ、ジアから話を聞くか」


 説明がひと段落したところで、話の主役を呼んだ。


「お?待ってましたー!」


 鎖に繋がれたドラッキーと遊んでたジアが、駆け足で戻って来る。


「勇者、今はドラッキーだっけ?凄いね、あれ!精霊との親和性を全く感じなかった!」


 あれじゃ女神の使いというより、悪魔の類だね!とか言ってるジアに、俺らは苦笑いするしかなかった。


 ワンチャン精霊との契約は、アイツでもいいかと考えていたが、やっぱダメか………まあ、あれじゃあな。


「よし!じゃあ説明するね。えーと、何から聞きたい?」


「はい!はーいっ!」


 どこから聞きつけたのか、遠くで寝てたはずのゲイルが勢いよく挙手する。


「ジアちゃんの好きなタイ――」


――ガキッ!、ボキッ!、ゴキュッ……


「えーと、まずはそうだな。お前が精霊使いって奴で間違い無いのか?」


 二秒で片付けられたロリコンを遠くに捨て、一番気になってたことから尋ねる。


「うん、そうだよ!精霊たちは気まぐれだから、いま姿を見せてあげたりは出来ないけど……さっき助けたのが証明ってことで!」


 元気にサムズアップするジアに、セリヒから渡されていた紹介状を手渡す。


「あ、セリヒからの紹介なんだ?えーと、クラーケンを生け贄に――」


 文字なんて読めるのか?と思わせるような見た目の少女だが、紹介状を両手に持って、しっかり読み進める。


「うん!おっけ、任せて!」


「本当か!?俺のオポジットノアは直るんだな!?」


 どんとこい!と腕を組んで鼻を鳴らすジアの姿が、一瞬女神に見えた。


「でもいいの?『そいつら金がないから、遺跡調査でも手伝わせて代金の代わりにしてあげて』って書いてあるけど」


「なにっ!?」


 ほら、と突き出された紹介状を読むと、うん確かに書いてある。


「まあ、いいぜ!もとから遺跡には入ってみるつもりだったしな!」


 そこは異論がないようで、野朗共もみんな頷いた。


「うーん、分かってないみたいだから、教えてあげる。あの遺跡はね、さっきの吸血鬼の根城なんだよ」


「「ッ」」


 この場で唯一、吸血鬼の恐ろしさを知っていた俺とケターシャは、息を呑んだ。


「あの吸血鬼はずっと遺跡に閉じこもっていてね?どうしても遺跡を突破できなくて、町で対策を練っていたら……奴の気配を感じたもんだから、ダッシュで来たよ!」


 ダッシュで来たって、町からここまで?


 吸血鬼が俺らに接触する少し前に、その存在に気づいていたとしても、そこから俺が襲われるまで、五分か十分くらいしかなかっただろう。


 町からこの遺跡までは、徒歩で大体一時間ってとこだ。


 町から吸血鬼に気づく探知能力といい、長距離を一瞬で移動する移動能力といい、こいつはやっぱりバケモンか。


「……やっぱあいつ強いのか?」

 

「うん、めっちゃ強い。あんまり長い時間生きてる感じじゃなかったけど……戦争で血を吸いまくって、強くなったたちだね!」


 さっき襲って来られたらヤバかったよ!と笑うジアに、戦慄する。


「だからすぐには奴に手を出さないけど……やっぱり別の方法で支払ってもいいよ?」


「いや、そこは手伝わせてくれ。さっきは不意打ちだったから、危なかっただけだしな!」


「ボクがいなかったら、死んでたくせに?」


「おう!」


 ジアは俺の顔をじっと見つめて、少し考えた。


 見極めているのだろう。根拠のない自信で無駄死にするような奴なのか、それとも本当に頼りになる奴なのか。


「……ふっふ〜、分かった!じゃあお願いするね!」


 どうやらお眼鏡にかなったらしい、ジアから差し出された手を握り、船のことは任せたぞ?、と笑い返す。


「船は明日直しに行こっか!二人は、さっきの話を詳しく教えて。それ以外は解散!」


 パンッ!と手を鳴らすジアに、「じゃ、おやすみー」と野朗共は散って行った。


「まずは、竜人のお姉さんに質問。お姉さんは、今何歳?」


「……ケターシャでいい。多分、六十くらいだ」


「は?」


 今なんつったコイツ?この見た目で六十超えてるとかぬかしやがったぞ?


 俺の視線に気づいたケターシャが、バツが悪そうに言った。


「竜人は長生きするんだ。私は若い方だ」


「海賊さん、年齢聞いたのはボクだけど、乙女の年齢を聞いてそんな反応はメっ!だよ!」


「あ、ああ、すまねえ。年齢になんか意味があんのか?」


「さっきの吸血鬼が、レティオンって名前を言ってたでしょ?レティオンって二百年前くらいの有名な竜人でね」


 レティオン様〜って、たしかに言ってたな。あの吸血鬼が様って付けるくらいだから、多分偉い奴だ。


「ケターシャがなにかしら関係してるかと思ったんだけど、六十歳なら関係なさそうだよ!」


「……レティオンという竜人は、どんな風に有名なんだ?これまで生きてきて、一度も聞いた事のない名前だ」


「へ?あ、そっか、そうだよね〜」


 一度も聞いた事のない、に反応して驚くジアだったが、一人納得して、そっかそっかと頷く。


「レティオンって竜人族を裏切った大罪人として有名なんだ!竜人は裏切りとか大嫌いだからね!語られることも無く、消えて行っちゃったんだよ、多分」


「なるほど、それなら私が知らない理由もわかる……」


 顎に手を添え、裏切り者か…と呟くケターシャ。


 なんとなしに、彼女の所作を目で追ったり、顔だとか肌を注視してみるが、とても六十歳だとは思えない。


 時折、こいつ母ちゃんみたいでババくせえとは思ってたが、まさか俺よりニ十歳も歳上だとは思わなかった。


「なあ、そもそもなんで吸血鬼なんか追ってるんだ?」


 セリヒからは、遺跡調査をしている奴、として紹介されたが、こいつの目的は遺跡じゃなくて吸血鬼だと、なんとなく分かる。


 こんなガキの見た目をしているが、多分実年齢は結構いってるんだろう。


 ジアの正体が気になるってのもあるが、俺はどうしても、ジアと吸血鬼の瞳が、同じ「真紅の色」だということが引っかかっていた。


「ケターシャはもう分かってるだろうけど、ボク実は吸血鬼でね?悪さをする同胞が見逃せなくて、各地を回ってるんだ」


「っ」


 ジアの言う通り、ケターシャは気づいていたらしい。


 ジアの告白に驚くことはなく、その分俺の態度が浮き彫りになった。


「やっぱり、怖いよね。私、隠し事とか嘘は苦手だから……」


「怖かねーよ!ただ、ちょっとビックリしただけだ」


「そう?ならいーんだけど」


 そんな悲しそうな面されたら、怖いなんて言えるわけねーだろ。


 正体とか、実年齢とかは置いておいて、ガキが不安そうにしてるなら、安心させてやるのがおっさんの役目だ。


「お互いの目的もハッキリしたことだし、もうそろそろ寝よっか!船長さんも、はやく船直したいでしょ?」


「ああ、そうだな」


 そうして俺らは固い地面に寝転がり、パチパチと弾ける焚き火の音を聴きながら眠りについた。

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海賊歴30年、初めて銃を弾かれた〜異世界に召喚された海賊だけど、勇者に銃が効かないのは聞いてません〜 けいふ @keifu

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