第十一話 そもそもなぁ

 カチッ―――ビュンッ―――ガキンッ


「「「……」」」


 何処からか飛んできた矢が、ゲイルの目の前で壁に突き刺さる。


 ゲイルは、ギ、ギギッ、とゆっくり振り返り、頬に出来た傷に手を当てながら震えた。


「……金銀財宝ザックザクの宝の山、安・心・安・全・とかぬかしてたよなぁ?なんだよ、これ?」


 壁に刺さった矢と俺を交互に見る野朗共。


 無言の圧力が、可愛い部下たちからこれでもかと向けられる。


 耐えきれなくなった俺は、握り拳を自身の頭にコツンとぶつけ、


「てへ☆」


「「「殺すッ」」」


 一斉に腰の剣へ手を伸ばした野朗共を背に、俺は神速で駆け出す。


「だいたいテメェらが悪いんだぞ!?俺の心労を気にも留めず、酒盛りをエンジョイしやがってっ!!」


「「「あ"?」」」


 俺の言い分を聞こうともしない部下たちに涙しつつ、次々と飛んでくる剣やら石やらを避けるのに集中する。


「ケターシャぁ、お前からもなにか言ってくれよ!!」


 遠くで巻き込まれないようにしていたケターシャの姿が目に入り、助けを求めた。


「はあ、それぐらいにしておけ。この遺跡について説明してやる」


 渋々諦めた野朗共が、ぶつぶつ文句たれながら武器を下ろす。


「いつか殺す」


「寝顔に落書きしてやる」


 俺は木の影からキョロキョロと安全確認をし、全員が武器を下ろしたのを確認して「悪かった悪かった」と皆の輪の中に戻った。


「それで?なんでこんな危険な遺跡に僕たちは来たんだい?」


 何気に俺を追いかけていなかったユートが、危険、を強調して俺を睨みながら尋ねる。


「ああ、それはだな――」


 遺跡に来た理由の説明を終えた所で、アインが不思議そうに話し出した。


「……その精霊使いさん?を待つなら、この遺跡に入る必要は、ないんじゃ?」


「それはそうなんだが……俺らがまだ一文無しだってのが、どうしても気になってな」


 アインと俺の話どっちにも、確かにとうんうん頷く野朗共。


 実際、俺らの金事情はどんどん笑い事じゃなくなってきている。


 薬中と死闘を繰り広げてから今日で……十五日ってとこか。


 薬中と出会う直前に宴をしていたのもあって、食料は早々に尽きてしまった。


 俺ら総勢二十人分の食糧費、酒代、ケターシャにつけてもらっている分がそろそろやべえ。


 俺としてはちょっとした危険くらい乗り越えて、一発当てたいところなんだが……


 なんとなしに、実際に危険な目に遭ったゲイルに視線が集まる。


「お、俺は絶対に嫌だからなっ」


『この根性なしがッ』


『このロリコンめっ』


 遺跡入って稼ごうぜ派閥からの、舌打ちと心無い陰口を聞き流し、明後日の方を見つめるゲイル。


「なあケターシャ、俺らはどれくらい金を借りてる?」


「あー、そうだなあ。言うほど貸して無いとは思うがっ!?」


 懐から取り出した手帳を見て、顔をしかめるケターシャ。


 思ったより金額が大きかったらしい。


 震える手で渡された手帳を、恐る恐る開く。


「おおうっ………って、これ俺らにも分かりやすくするとどれくらいだ?」


 この町で使われている通貨は、俺らの全く知らんやつだ。


「お前らにも分かりやすく言うと……」


 ケターシャは腕を組んで考え込み、ゆらゆら揺れて、「あ!」っと閃く。


「クラーケン五体分くらい?」


「「「そんなに!?」」」


 クラーケンってあのクラーケンだろ!?やばい、やばすぎるぜ。一刻も早く、お宝見つけるなり、仕事して稼ぐなりしねーと!


「俺は一人でも遺跡に行くぞ!!お宝見つけた時は分けてやんねーからな!!」


「……私も行く」


「ッ!?どうしてだいアイン!?さっきは遺跡に入る必要ないって……」


 ユートの言う通り、最初は遺跡入るの反対派閥だったくせに、俺につられて立ち上がるアイン。


「……最近、お金がなくて節約しないといけなかったから、遠慮して満足いくまで食べれてない……」


『『『あんだけ食っといて!?』』』


 普段から暴食するアインを見ているだけに、皆の心の声が一致した。


 アインの彼氏はと言うと、奴でさえ目をかっ開いて驚いている。


「ケターシャの話を聞いて考えが変わった、これ以上我慢できそうにないの。……目の前にお宝(飯)があるのなら、私はどんな危険もいとわない」


 こ、こいつ飯のためにそこまでっ


 覚悟を決めた目の食い意地ちゃんに、俺らは涙した。


「アイン、君がそこまで言うのなら、もちろん僕も行くよ!」


「ああ!」


「俺だって!」


 アインの覚悟に応えて、次々と立ち上がる野朗共。


 一人乗り遅れたハゲが、「お、おい?嘘だろみんな?」と、味方を探してキョロキョロする。もちろんいない。


 お前はどうするんだ?と野朗共皆の視線が集まり、ゲイルは少し堪えたが、すぐに耐えきれなくなった。


「い、行けばいいんだろ、行けば!!」


 俺らとは別の涙を流し、立ち上がるゲイル。そんなゲイルを横目に、俺はケターシャに遺跡について詳しく教えてもらうことにした。


「お前らは本当に仲がいいな。遺跡についてだが……危険な状態になったのは実は最近のことなんだ」


「は?どういうことだ?」


「罠自体は元から遺跡にあったんだが、罠が補充されたり、魔物が徘徊するようになったのは、最近のことなんだ」


「なにか問題があるのか?」


 少し勿体ぶって話すケターシャに違和感を感じたが、だから何?と何を伝えたいのかわからなかった。


 そこに何か気付いた様子のユートが、もしかして……と口を挟む。


「もしかして、遺跡について全然知らない、そもそも遺跡の情報が無いってことかい?」


「まじかよ!?」


 驚いた俺たちがバッ!とケターシャの方を見やると、ケターシャは申し訳なさそうに頷いた。


「何か危ないものが住み着いたってのは分かるんだが……罠の種類だとか、魔物の特徴なんかは全くもって知らん」


「金銀財宝があるかどうかも分かんねーのか……?」


 恐る恐る尋ねると、いやそんなことはないぞとケターシャ。


「実際に探検した冒険者が、宝石を持ち帰って豪遊してるってウワサを聞いたことがある」


「なら問題ねえ!!」


 大体、簡単にお宝をゲットしても味気ないってもんだ。


 未知の危険な冒険だなんて、俺らの子供心をくすぐりまくるじゃねーか!


 同じ事を思ったのか、野朗共の顔つきを見ると目がキラキラしてやがる。


「なあ、キャプテン。この遺跡罠以外にも化物が出るんだろ?ドラッキー連れて来て戦わせたらいいんじゃねーか?」


 ドラッキー?なんだそれ。


 キョトンする俺に、言ってなかったっけとゲイルが説明してくれる。


「ほら、あの薬中の名前だよ。いつまでも薬中って呼びにくいしな、みんなで考えたんだよ」


「あのな、あの勇者にはきちんとケント・スズキって名前が……」


 後ろでぶつぶつ言ってるケターシャはさておき、いい案だと久しぶりにハゲに対して感心した。


「お、確かに連れて来たらいいかもな。ちょっと船に戻って連れて来てくれよ?俺は精霊使いが来るかもしれねーからここを離れられないし」


「あ?めんどくせーけど、確かにそうか」


 本当は連れて来るのがだるかっただけだが、適当にそれっぽく理由をつけて任せる。


 それもそうだなと、ゲイルを筆頭に数人が船へと戻って行った。


「さて、勇者が来るまでどうする?遺跡には入らないだろ?」


「あー、そうだなあ」


 頭をぽりぽり掻きながら、太陽の位置を確認する。


「まだ時間はあるが、ゲイルたちが戻って来る頃には日が沈むだろ。かといってここを離れて船に戻るなりするのもめんどくせーし、今日はここで野宿だ。その準備でもしてよーぜ」


「「「アイアイサー」」」


 野宿の準備、と聞いて野朗共がテキパキと動き出す。


 今の時期(正確にはわからないが)、寒さ対策が必要ないから、準備することなんてほとんどない。


 俺らが宿を取れずに野宿ってのは慣れてるのもあって、ゲイルたちの戻る頃、日が沈む頃にはすっかり準備が整った。


「探してる奴は来たのか?」


 薬中ことドラッキーを繋ぐ、鎖を引いたゲイルが近寄って来る。


「いや、まだ来てねえ。そいつ、ドラッキーだっけか?見張りもかねて、番犬変わりにどっか繋いどけ」


「分かった。おら、行くぞ」


「ギッ…」

 

 鎖を引っ張られて大人しくついていくドラッキー。最近は夜に騒ぎ立てることも少なくなって、大分大人しくなった。


 そういえば、あいつも精霊との相性がいいってセリヒが言ってたな。


 今の大人しさを見れば、ワンチャン精霊との契約とやらもできそうではあるが……


 昼の騒ぎ具合を思い出し、やっぱ無理だと悟りため息を吐く。


「ため息を吐きたいの私だ、ウェイブス」


 背後からの声に振り返ると、疲れた目をしたケターシャが突っ立っていた。


「いくら宿が取れないからって、遺跡のすぐそばで野宿するか普通?それに勇者だって薬漬けにしていなければ、契約してそこで終わりだったのに」


「それを言い出したら、お前がセリヒみたいに精霊と相性がよければすぐ済んだぞ」


「あのなあ……!」


 あの人は特別なんだとキレるケターシャを宥める。


「悪かったって、あ、ほらもう一回竜の姿見してくれよ!カッコよかったしもう一回観たいしさ」


 今俺とケターシャは、野朗共とは離れた場所で話している。


 焚き火を囲って騒ぐ野郎共の声が、遠くから聞こえる。


 野郎共の方をチラッと見て、見せるだけなら……と上着を脱ぎ出す。


「火を吐いたりはしないからな?そもそもあまり人に見せる物ではないんだ」


「わかったから」


 そう言って一歩下がり待機する俺に、ケターシャはやれやれと目を閉じて、祈るような形で手を組んだ。


 以前のように、淡い光がケターシャを包み、その肌が赤く染まって鱗も生えて来る。


「おおー」


 さすがに前ほどテンションが上がることはなかったが、やはりこの竜の姿には目を見張るものがある。


 月明かりに照らされたケターシャの姿はどこか神秘的で、気圧される様な雰囲気に、鳥肌がたった。


 俺がケターシャの姿に見惚れていると、唐突にケターシャが、暗闇に向かって警戒した態勢をとった。


「気をつけろ、なにか……来る!!」


 ケターシャのただならぬ雰囲気に、俺も剣を抜き構える。


――ザッ、ザッ


 確かに、誰かが歩み寄って来る音が聞こえる。


 ゆっくり近づいて来る音を聞いて、俺は違和感に気づく。


 敵からは必ず聞こえるはずの、カチャカチャという金属音が聞こえない。


 武器を携帯していない?ただの一般人じゃ………


 今までの経験から、敵ではないんじゃないかと、少し警戒を解く。


 だがケターシャを見るとまだ警戒したままだ。


 得体の知れない奴がさらに近づいて来て、俺もケターシャの警戒する理由がわかった。


『血の匂いがする……!!』


 あともう少しで姿が見えると言うところで、何かは歩みを止めた。


 俺もケターシャも臨戦態勢だ。


「……レティオン、レティオン様ですよね?」


 消え細る様な、希望の込もった声が聞こえて来た

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