第九話 いやあ、ずっと言いたかったんだ
「ヒック、ヒック、グスッ」
「もー、いいおっさんがそんな泣くなって」
「ん、だらしない」
「そうだぜ、キャプテン」
野郎共が口々に泣き止むように言う。なにせ、泣いているのは他でもない俺様なのだ。
「だってよお……」
え?クラーケンをやっつけた後になんで泣いてるのかって?そんなのもちろん、
「俺の、俺様の船があ!!オポジットノアがこんな、こんな無惨な姿にっ」
そう、我が子、自分自身ともいえる俺の船が、クラーケンとの殺し合いで、修復の余地がなく思えるほどボロボロになってしまった。
クラーケンを倒した後も、興奮した薬中を拘束するために奮闘した俺たち。
周囲を一瞥すれば、憔悴しきった顔の野郎どもが悲しげに船を見つめているのがわかる。
5歳!5歳の時からの付き合いだぞ!?初めて親父に乗せてもらったときに、一目惚れしたんだ。
それがどうだ!今やマストは触手に折られ、船底には大穴が空き、甲板はなんか粘液でベタベタしている!!
今までも戦闘や嵐のなかで、幾度となく破損してきたが、このレベルになると、諦めざるを得ない。
「新しい船を探せばいいじゃねーかよ?」
誰かの提案に、複数人がそうだそうだと頷く。
「あぁんッ!?」
こいつら、乗組員のくせになんて白々しいことをぬかしやがる!!それに、俺がオポジットノアにこだわるのは、ロマンだけじゃねえ。
「馬鹿野郎!!俺ら全員が乗り込める船が、一体いくらかかると思ってやがる?盗むにしても、俺はあのギルドマスターがいるこの街からは絶対にごめんだ」
それに、とゲイルが俺の発言に続ける。
「留守番組はまだ聞いてなかったと思うが、俺らがありつけた仕事は海域の調査。つまり船がねえと仕事もできねえ。今までみたいに魚を釣って自給自足ってのも無理だ」
未だになんとかなると思っていた野郎共は、その発言を聞いて動揺し出す。
ゲイルの言う通り、今の俺らには家も飯も仕事も金も無い。
もう一度冒険者ギルドに行けば、新しい仕事を斡旋してもらえるかもしれないが、「海に行く前に船が壊されました」なんて言う海賊達に、なにか任せようとしてくれるだろうか……
「なに悩んでんだ?海域の調査ならほとんどおわったようなものだぞ」
「「「え?」」」
まじ?と割と真剣に悩んでた俺らは、船底に空いた穴から出てくるケターシャに、希望の目を寄せる。
船上の床は粘液でぬるぬるべたべただったから、俺らは浜辺に座り込んでいた。
俺らが集まっている所まで歩み寄りながら、ケターシャは背中越しに船の方を指さす。
「今、クラーケンの胃を裂いて中身を確認してきた。すると……これが出てきた」
ケターシャは、手に持っていた小物を顔の前に持っていき、まじまじと見つめ、うんと頷いて、俺に向かって放り投げる。
「うっげ、胃を裂いたって……きったねーな―――さてっ、これはなんだろなー!?」
ケターシャの投げた小物をキャッチし、あからさまに嫌な顔をしていたら、すぐさまケターシャに睨まれた。
俺の周りを囲っていた野郎共も、なんだなんだと俺の手元を覗き込む。
「ブレスレット?」
青い宝石のはめ込まれた、金装飾の生臭い腕飾りが手の中にあった。
「この辺りでとれる宝石を加工した、この街の特産品だ。海域を航路にしていた商船の積荷だろう」
「……なあ、ちょっと待ってくれよ」
絞り出すような声に振り向くと、俯いたガーターが、わなわなと震えていた。
その理由を知っていた俺と、ケターシャだけは、ガーターが何を言わんとしているのかが先に分かった。
「それはつまり、サンレ、俺の友人は商船と一緒に沈んだってことか……?」
「……その可能性が高い」
あえてはぐらかさずにハッキリと言うケターシャ。現実を受け止められないのか、ガーターはカッと目を見開き、絶句する。
見かねたケターシャは、だが、と続けた。
「消息を断った原因と思われる、クラーケンが、ご覧の通り砂浜にいる。つまり、商船も比較的近海で襲撃を受けた可能性が―――」
「それじゃあただの骨折り損じゃねーかッ!!貴重な竜人の女だったのに!!」
「は?」
こいつ今、なんて言った?骨折り損、竜人?友人が死んだかもしれないってのに何を口走ってんだ。
ガーターがなぜ船に乗り込んでいたのかを知らない野郎共も、この男の豹変具合に戸惑う。
それもそのはずだ。さっきまでの陽気で気さくな男が打って変わって、怒りに身を震わせ、友の死に骨折り損だと唾を吐いた。
「おい、ガーター、お前さっきから何を言ってやがる……ダチが死んだかもしれないんじゃねーのか?」
「ダチだと?いつまでそんな嘘を信じてんだよ!」
ガーターはブロッコリー頭を掻き上げ、わしゃわしゃと掻きむしると、舌打ちして言い放った。
「俺はなあ、奴隷商の用心棒をやってんだ。あの竜人の女はど、れ、い!!うちの売物だ。商船には、奴隷も乗せてあって、そこにあの女、紛れ込みやがった。あいつのせいで責任を取らされて俺はクビ。汚らわしい人外と俺がダチだと?ケッ、吐き気がするぜ!!」
汚らわしい、に反応して、それまでボケっとしてた野郎共の顔つきが変わる。
きっと、俺の顔つきも。
「途方に暮れてギルドで飲んでたら、お前らの話が聞こえて少しは希望が―――って、なんだよ」
俺らの異変に気づいたガーターは、冷静になったのか、わしゃわしゃする手を止め、訝しげに俺らを見つめた。
「……俺らの故郷じゃな。見た目が違うだの、生まれが卑しいだの、どうでもいいことで、ごちゃごちゃ五月蝿いやつが多いんだ」
俺が静かに口をひらけば、野郎共が続いた。
「……その竜人?っていうのが、あなた達にとってどんな存在なのか知らないけれど」
とアイン。
「僕達は、その人と関係ない要素で、差別するような奴が1番嫌いなんだ」
とユート。
「俺らは、自分らしく生きてるだけで、窮屈に感じる―――そんな野郎の集まりだ。そんな俺らの前で人外だから汚らわしいだあ?いい度胸じゃねーか」
とゲイル。
うんうんと、自分の言いたいことを代弁してくれる野郎共に感心していると、ふと、目をパチクリとさせたケターシャが目に入った。
ケターシャは何故か強く握っていた拳をゆるめ、ふうっと息を吐き肩の力を抜く。
ケターシャはどことなく優しい目をして、ガーターに敵意を向けている野郎共を見据えた。
……竜人、竜人か。
クラーケンとの殺し合いでの、ケターシャの姿を思い出す。
赤い鱗に包まれ、鋭い牙を生やし、炎を吐いた。あの姿はまさしく人の形をした竜―――竜人と表現するにふさわしかった。
ケターシャ自身が、竜人のことをどう思っているのかは知らない。だがその姿を見たただの人間が、何を思ってどんな事をするのかは予想がつく。
竜人だから、そんなどうでもいい理由で理不尽な思いをしたこともあるだろう。
……むかつくな
「もうお前の目的は終わっただろ?お前を見てると不愉快だ、さっさと行けブ・ロ・ッ・コ・リ・ー・頭・」
「〜〜〜ッ!!?言われなくてもこんなとこにもう用はねえ!!」
ガーターは顔を赤くして、背に帯びてあった斧に手を伸ばすが、すんでのところで堪える。
盛大に鼻をフンッと鳴らすと、ぶつくさと俺らを罵りながらその場を後にした。
「チッ、武器を持って手を出してくれば1発ぶん殴る理由が出来たってのに。それでなくても殴っておくべきだったな、なあケターシャ?」
「っ、なんで私に言うんだ―――ってもう隠す必要もないのか」
ケターシャは一瞬顔を背けるが、すぐに俺の方を向き直した。
「ウェイブス、お察しの通り、私は竜人、赤竜の一族の者だ」
「「「え?」」」
見知らぬ竜人とやらのために、ブチ切れてた野郎共だが、まさかこんな近くに実物がいるとは思わなかったのだろう。
アインを除いた野郎共が、馬鹿みたいに口をあんぐりと開ける。
「そして、ケターシャは偽名で本当の名をサンレ・レイク」
ああ、偽名だってことには気づいてたが、今教えてくれるのか。ってあれ?その名前って確か……
「つまりさっきの奴隷商に追われている、脱走奴隷だ。紫竜のセリヒ……ギルドマスターに脱走を手伝ってもらって、私の名前だけを商船に乗せた」
「え?」
今度は俺が野郎共みたいに口をあんぐりとした。
ちょっと待て、情報を一気に詰め込みすぎだ。さ、さすがにそれには気づいていなかった。
しかし、今のケターシャ(いやサンレ・レイクか?)の言葉で、今まで不可解だったことの辻褄があった。
ギルドマスターなんて、地位の高いやつと繋がりを持っていたのは、同じ竜人だったからか。魔法ではない不思議な力とやらも、竜人特有の何かなのだろう。
初対面で彼女を支柱に縛り付けていた時、脱走された思い出を、なんとなく脱・走・奴・隷・と結びつけた。
「なるほどな……じゃあ、今回の海域調査に付いてきたのも理由があるのか?」
なんてったって、脱走奴隷の自分の名前を乗せた船が、消息を絶ったのだ。
あのギルドマスターが俺にこの仕事を選んだのも、ケターシャが仕組んだことなのかも知れない。
「ああ、もしかしたら私を追った奴隷商の連中が、商船に迷惑をかけたのかと思ってな。幸い私のせいではなかったが……残念だ」
ケターシャは未だ俺が手に持っていたブレスレットをみつめ、やるせなさそうに項垂れた。
……なんだよこの空気。クラーケン倒してめでたいめでたいの所で、俺の船が壊れて、ガーターと野郎共がブチ切れて、ケターシャの衝撃の事実が判明して……
…なんかもう疲れた!!
「ねえ、ケターシャさん、さっき本当の名前はサンレ・レイクって言ってたけど。これからはなんて呼んだらいいんだい?」
「そうだな、今まで通りケターシャで頼む。さっきの奴隷商の奴はサンレが死んだと思ってくれたようだが、念には念を、な?」
そう言ってウインクするケターシャに、微笑しつつ、「よろしく、ケターシャ」と口々にする俺たちであった。
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