第八話 男の子だもんっ

「アンタ達クラーミアン海域の調査に行くんだろ?!俺も連れてってくれ!!」


「はぁ?」

 

 なんだコイツ、盗み聴きしてやがったのか?にしてもアインと飲んでたお前がなんで知ってんだよ


「俺は耳が良くて話してるのが聞こえたんだよ!どうしてもあそこに行かなきゃなんねぇんだ!!」


 何がこいつを動かしているのか、その必死な剣幕にちょっと引く。


 行きたいっつってもな……こいつ、アインに負けた憂さ晴らしをしようってんじゃねえのか。


 こいつとアインがどれだけ飲んでたか知らないが、いざこざを起こす程度の金は動いてただろう。突っかかってくんのは良くあることだ。


 俺が適当にあしらって追い払おうとすると、ブロッコリーは、


「友人が!友人が乗っていた船が、あの海域で消息を絶ったんだ!」


「……お前が嘘をついていないと、どうやって証明する」


「船員リストに名前が載っているはずだ!名は、サンレ=レイク!」


「っんなもん持ってね―――あっ、あんのか」


 ケターシャがスッと懐から出したものを受け取り、パラパラと捲ってみると……ふむ、確かにサンレとやらの名前があるな。


 怪訝な目でリストを見つめる俺に、ブロッコリーは確信したのか、黙って俺の返答を待った。


 むぅ………


「仕方ねぇな、一回船に来い!話はそれからだ!」


 ムキムキ男からの熱ーい視線と、好奇心に満ちた野朗共の視線に、耐えられなかった俺は乗船を許しちまった。





「それで?そろそろ説明してもらえるか?」


 船に戻ってきた俺達に、酒気を察知した留守番組は襲い掛かってきた。


 留守番組の相手は飲んでた本人達にまかせ、いつもの事だから健全な争い(?)を眺めながら、俺は焦らされていたクエストの内容を尋ねていた。


「そこのガ・ー・タ・ー・が言ってただろ?クラーミアン海域で消息を絶った商船の調査だ。もっとも、船そのものを見つける必要はなく、積荷を見つけるだけでも良いとあるがな」


 ついさっき自己紹介を聞いたばかりのブロッコリーことガーターに、視線を移しながら言うケターシャ。


 ……つまり、商船が沈没したのを確認してこいってクエストか。ガーターの友人が乗っていたという話を聞いた後だってのに、配慮のかけらもねぇな。


 それでも付いて来るのか?っていう意味合いもあるんだろうが。


 言葉を包まないケターシャにガーターは少し眉を動かすが、続けてくれと沈黙のまま頷いた。


「なんてゆーか、思ったより危険そうじゃねーな」


「どこがだ。商船が行方知れずになった原因が分からない以上、私たちも同じ道をたどる可能性がある。十分危険なクエストだ」


「その原因ってのも、どうせ海賊か嵐かなんかだろ?心配するこたねーよ」


 ア・レ・やセリヒ並みの化物が出てこない限りは、だけどな。


 いざというときには、アレを解き放てばなんとかなるだろう。ほんと最終手段だが、頼れる部下達がいれば早々機会はないはずだ。


 その頼れる部下達が絶賛仲間割れ中なのは置いておき、ふとアレは今どうしているのか気になり出す。


「おいテメーら!!アレは今どうしてんだ!?」


「舵の近くに繋いである!!様子見んなら噛みつかれねーよーにな!!」


 甲板にいる野郎共に届くよう、喧騒に負けねぇ声を張り上げるとすぐさま返答が帰ってくる。


「へいへい、舵な」


 ケターシャ達と居た船長室をあとにし、すぐ上にある舵に直行する。


 最近めんどくさくて野郎共に世話を任せていた勇者。噛みつかれないようにとは言っていたものの、大分暴れなくなってきたらしい。


「よぉー薬中くん」


「………」


 話しかけても、以前のように狂った反応をすることはなかった。その変化に薄気味悪さを感じつつも、反応以外に異常はないか、軽く確認する。


 当たり前だがコイツいい加減汚くなってきたな……誰も洗えねぇから仕方ねぇんだけどどうしたもんかな。……あ!


 船尾から海に落として後で引き上げよう作戦を思いついた所で、それは唐突に起こった。


 船が横転するのではないかと思うほど、なんの前触れもなく激しく揺れたのだ。いや、揺・ら・さ・れ・た・


 船が大きく揺れることなんか、俺らにとっちゃ日常茶飯事だ。しかし今回は事情が違う。いつも揺れるのは海・の・上・だけであって、陸・ではない。


 俺達が居るのは、船を泊めてある砂浜だぞ!?


 一体何事かと、船から身をのりだし砂浜を確認しようとすると、何か、ただ太くて長い何かが、俺の眼前を過ぎていった。


 ……流石にお目に掛かるのは初めてだな!!


 砂浜から伸びる真っ赤な塔、そう錯覚させるほどでけぇ腕が3、6、8―――それが生物であることの証明である、脈動的にうねる様は、さながら生きた大木。


「数多くの海賊達を海に沈めた、船をも引き裂く伝説の大ダコ、クラーケンじゃねぇか!!!!いたのかよまじかよでけぇ!!!!」


 海で生きるのなら誰もが必ず聞いたことのある海の化け物。


 長年の夢が、まさかこんな所で叶うとは!!いや、こんなところだからこそなのだろうが。……懐かしいぜ、ガキの頃俺がクラーケン酒つくって飲ましてやるって親父に息巻いてたっけな………


 懐かしく、少し苦い思い出に浸りながら、長年の論争の勝者が決まったことに微笑む。


「クソ親父、やっぱクラーケンは赤色じゃねーか!!!」


「「「言ってる場合か!!!!!」」」


 いつの間にか甲板に集まっていた野朗共は、それぞれ既に戦闘体制だった。


 帆柱を締め上げ、ミシミシ鳴らすクラーケンの腕を必死に叩くなら斬りつけるなりどうにかして引き剥がす。そんな野朗共の姿に、殺し合いはもう始まっているのだと分かる。


 フッ………


「野朗共ォ!!!マストは死守しろ!!絶対腕に捕まんなよ、引き摺り込まれるぞ!!おらガーターボケっとしてんな!!!大砲用意しろ!!!!」


 既に動いている奴もいたが、大半の奴が俺の声で眼を鋭くし、剣を振り回し出す。


 あぁ、やっぱり慌ただしいコイツらを見てると船長だって実感が湧くな。戦いは良い、何にも打ち込めねぇ俺達みてぇなのを、がむしゃらにさせてくれる。


「ぐ、ぐ、ぐぐ、グギャギャギャギャギャァァ!!!!!」


 意気揚々に指示を出して、俺もさあ暴れるかってとこで、この勇者が邪魔しやがる!


 さっきまで大人しかったくせに、クラーケンの姿を捉えるなり獲物認定しやがって。


 このまま暴れさせておけば縛ってある船の一部ごと壊しかねぇから鎮静剤(猛毒)を打ち込みたいところだが、こんな状況じゃめんどくせぇ。


 ……待てよ、コイツ今こそ使いどきじゃね?


「グゥウウウウギャアアア!!!!!」


 思いついてからは早かった。俺が拘束を断ち切ると、勇者は大砲の如く飛び出し、薬漬けだとは思えねぇ身体能力でクラーケンの本体へと向かっていく。途中、障害となる腕はまさかの素手で引きちぎり進行する。


「さすがだな、本能なのか?腕には興味示さず本体、頭を探してやがる」


 床を這い近づいてくる腕を切りつけながら、俺もクラーケン本体を探す。


 特徴的な状況で、敵がクラーケンだってことは分かるが、肝心の頭が姿を見せやがらねぇ。


 未だ砂中から姿を現さないクラーケンに、痺れをきらした薬中は、腕を力の限り引っ張りだす。クラーケンは化け物の存在にようやく気づいたのか、薬中1人に3本の腕をよこす。


 薬中は腕を引っ張ることに夢中で、迫り来る腕達には目もくれない。


「コラ薬中ッ!!ちっとはよそ見しろっ!!」

 

 すかさず俺は勇者の元へと駆けつけ、迫り来る腕を迎撃する。何十もの攻撃を重なるが、俺の剣では細すぎて、勇者に怒ったクラーケンの勢いは止めきれなかった。


「やべッ―――」


 クラーケンのでっかい吸盤が、俺の腹に軽く触れる。


 腕に捕まるのを覚悟するが、間一髪のところでガーターが腕を大斧でダンッと切断した。


「うおらああっ、船長さん、避けろおお!!!」


「シュルルル?!!!」


 切断された腕先がバタバタとのたうちまわる中、どうやら本体のものらしい鳴き声が聞こえてくる。


「どこだ!?どこにいやがる!!」


 吸盤に吸い付かれた服ごと切り離しつつ、戦況を確認すべく一瞥するが見えるのは、腕、腕、腕―――


 こっちは体張って戦ってるっていうのに、クラーケンの野郎、目玉一つ見せやがらねえ!!


「おい船長さんっ!!このままじゃ船が持たないぜ!!」


 斧を振り回しながらガーターが声を張り上げる。


 薬中が腕を引っ張ってる間も、船はミシミシと嫌な音をたてている。


「分かってる!!だが頭が出てこないんじゃどうしようも―――」


「バカっ!!それでもアンタ海賊かっ!!」


 駆け寄ってきたケターシャが、剣の切先を船底に向けて言い放つ。


「クラーケンは船底に張り付くもんだっ!!取り敢えず勇者をどうにかしろ!!」


「グギャ!!グギャアア!!!」


 どうりでっ!!薬中の方へ意識を集中させると、腕を大きく引っ張ると同時に、船全体が軋み、少し傾くのがわかる。


「船底にいるやつをどうやってやるっ、のっ!?海ならまだしも、ここっ、はっ、砂浜っ!!」


 腕に捕まった仲間の一人を引き剥がながら、アインが尋ねる。


「船底に穴を開け、そこから攻撃する!!何人かついてきてくれっ!!」


「わかった!!アインだけでいい、ついてこい!!」


「「(僕も)俺も行くっ!!!」」


「ガーター、斧は船内じゃ振り回せねぇ。ユートも、酒抜けてねえだろ。薬中をどうにかしてくれ」


「「ぐっ」」


 二人はもっともだと判断したのか、口惜しそうにしながらも、迫り来る腕の相手をしにいった。


 そういえば酒抜けてないのは、アインも一緒かと思いながらも、アインとケターシャを手招きし船底へと急ぐ。


「ここが一番底だ!!どうやって穴を開けるんだ?」


「任せてくれ」


 ケターシャは一歩前にでると、何を血迷ったのか、服を脱ぎ出した。


「うおっ!?おい!何考えてんだ!!」


「邪魔になるんだよ!黙って見てろ!!」


 一喝され、しゅん…とした俺をよそに、上半身はサラシを胸に巻いただけの姿になるケターシャ。


 ケターシャは胸の前で両手を組み、目を閉じて集中し出す。


 一拍すると、組んだ両手から赤く淡い光が漏れ出し、ケターシャの肌が赤・く・染まりだす。


「ッ!?」


 真紅に染まった肌は、徐々に蠢いて―――いや、肌じゃない?妙にトゲトゲしてこの艶感、これは鱗か?


 気づいたのもつかの間、光が収まりケターシャが目を開くと、彼女の身体は赤い鱗に覆われ、その瞳はさながら蛇かトカゲのようになっていた。


 ―――ああ、こいつは、そうか。翼がないだけの、


「竜、か?」


 『ご名答』と言わんばかりにケターシャは角張った頬の口角を上げ、びっしり並んだ鋭い牙を覗かせる。


 ケターシャはしっし、と俺たちに離れるよう示唆し、床にかがみ込むと、息を大きく吸い込み、胸を膨らませていく。


「……おいおい、ケターシャ、マジなのか?マジなのかあっ!?」


 年柄もなくテンションが上がってしまう(いや別にいつものことか)、だってこれは、そういうことだろっ!!


「焼き払え!!ケターシャっ!!」


 チラッと『なに楽しそうにしてんの?』って顔してるアインが視界の端に映ったが、テンションの上がった男の子にはどうでもいいことだった。


 膨らみ続けるケターシャの胸がピタリと止まり、そして勢いよく炎が放たれた。


 轟々と燃える烈火が船底を直撃し、爆発した。


 爆発と共に、爆風にのって木片やその辺のゴミが勢いよく周囲に四散する。


「うおおおっ!?」


 俺とアイン、ケターシャ自身も爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


 上手く受け身を取りながら、肝心の底を見やるとそこには、所々が焦げたり飛び散り、明らかに弱った姿のクラーケンが顔をのぞかせていた。


「やっとご対面だなっ!!クラーケンさんよおっ!!」


「シュルルルルルルルッ!!??」


 俺とアインは、その姿を目視した瞬間に動いた。身を守る腕もなく、完全に無防備なクラーケンの頭に飛び乗る。


 その時に、でっかいでっかいクラーケンの目玉、羊にそっくりな目玉と目が合う。


「ッ!?ッ!?」


 何が起こったのかまだ理解していないのか、でかい目玉を慌しくギョロギョロと動かし、やがて焦点を俺に合わせる。


「ハッ!相手が悪かったなあ。なってったって、お前が敵に回したのはこの大海賊―――」


 俺とアインは剣を大きく構えた。


「ウェイブス・オールシー様だ!!!」


 同時にクラーケンの頭部へと、剣を深く突き刺す。クラーケンは最初こそ激しく暴れたが、数秒の後に痙攣を繰り返したかと思うと、完全に動かなくなる。


「……やった、の?」


 アインは肩を震わせながら、壁にもたれかかってすっかり人間の姿に戻ったケターシャと、俺を交互に見つめる。


 俺は無言で耳を船上へと澄ました。すると、


『うおおおっ!!キャプテン達がやってくれたぞ!!』『俺達の勝ちだあああ!!!』


 勝利に歓喜する野郎共の雄叫びが聞こえてくる。


 俺もアインがしたように、アインとケターシャを交互に見て、ニヤリと笑った。


「……ああ、俺達の勝ちだっ!!」

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