第十話 ネタバラシが楽しみだなぁ(ニチャァ

「え?報酬なら出ませんよ?」


 何当然のことを、と、きょとんとするピンク髪の受付嬢シェリー。

 

「「はあ!?」」


 今俺たちは、依頼達成の旨をギルドに報告しにきているところだ。


 クラーケンの胃から出てきたブレスレットを、ケターシャが受付のシェリーに渡すが、(俺は初対面の時に嫌われちまった)「未達成になります」と返されてしまった。


「おいケターシャ!どうなってんだ!?このブレスレットが証拠になるんじゃなかったのか?」


 ブレスレットを見つけてきた時の言葉を思い出しながら、カウンターに両手をつき項垂れる、ケターシャに問い掛ける。


「……すまん、わからん。シェリー、説明してもらえるか?」


「はい。えーっと、依頼内容が、クラーミアン海域の調査と、失踪した商船の調査ですね。」


 カウンターの引き出しから資料を取り出すと、パラパラと目当てのページを探し始める。


 ページを見つけると、文章を指でなぞりながら、少し考えて話し出した。


「んーー。クラーケンが商船を襲ったとのことですが、肝心のクラーケンとは砂浜で遭遇されたんですよね。ただの異常行動なのか、はたまた縄張りを追われ逃げてきたのか。どちらにしてもなんらかの情報が欲しいので、お手数ですが、再度の調査をお願い致します」


「シェリーって言ったか?もう一度調査に行きたいのは山々なんだが……肝心の船がボロボロになっちまった。報酬が出ないってんじゃ修理も新しい船も無理だ」


「でしたら、クラーケンの亡骸を売ってはいかがでしょうか?」


「なるほど、その手があった!」


 ケターシャが目を輝かせ唸った。


「あ?クラーケンの死体が売れんのか?」


「はい、当ギルドでは買取を行っておりませんが、解体業者の紹介と手配は可能です。内臓や目玉などが綺麗な状態であれば、高値で売れます」


「おおっまじか!ってあれ?どうしたよケターシャ?」


 今度は冷や汗を流しながら唸っている。どうしたんだよ、と小突いても目が泳ぐだけだ。


「ウェイブス、私達はクラーケンを殺す時どうやったか思い出せ」


「は?」


 どうやったって……ケターシャが床吹き飛ばして、クラーケンの姿が見えたところを俺とアインで―――あっ


「わかったか?ついでにどうやってこ・れ・を見つけたかも思い出せ」


 シェリーに返されたブレスレットを、ひらひらとさせる。


 そこまで言われて初めて、ケターシャが冷や汗をかいていた理由を理解した。


 俺自身、血の気が引いていくのを感じた。


「目玉は潰しちまったし、内臓も多分ぐちゃぐちゃってことじゃねーか!?」


「そのとうりだ」


 目玉が潰れて内臓もぐちゃぐちゃ、と聞いて、シェリーは筆を止めた。


 解体業者とやらを手配するための書類だろうか。羽ペンを置いて、ため息混じりに話し始めた。


「そのような状態ですと……買取価格を解体料、手配料が上回るかと。でしたらどうしましょうか―――あ、ギルドマスターがお帰りになられました」


 俺は反射的に入り口の方を見やったが、ギルドマスターことセリヒの姿はない。


 どこにいるのかとキョロキョロ見渡していると、ケターシャが吹き出して、口角をつりあげる。


「さっき教えただろ?セリヒは私と同じ竜人だ。竜が、ギルドマスターをするような地位の高い者が、のこのこ歩いて移動するわけないだろ」


 クックッと笑いながら、天井を指差した。


「ギルドマスターは、空からお帰りだ」


「へーー」


 空から帰ってきたのに、シェリーはなぜ分かったんだ?とか考えていると、思っていた反応と違ったのか、ケターシャは面白くなさそうにする。


 この面倒な女をよそに、シェリーはなにやらブツブツと独り言を言っていた。


 相手がいるわけでもないのに、返事をしたり相槌を打っているのが不思議で見つめていると、俺の視線に気づいて、咳払いしながら俺とケターシャを見やった。


「―――はい――――了解です。え?あ、はい、ではそのように。………んっん、失礼しました。えっと、お2人を、ギルドマスターがお呼びです」


「「は?」」


「いやー、災難だったね!まさか出航する前にクラーケンに出くわすとは笑。勇者といい、クラーケンといい、珍しい者を寄せ付ける才能があるんだね!」


 前回案内された時のようにセリヒの執務室へ向かうと、やけに上機嫌なセリヒがすぐさま絡んできた。


 そこに突っ込むと、セリヒは食い気味に語り始める。


「ふふっ。今日は古い友人に会いに行っててね!最近執務ばっかりで息が詰まってたから、いい息抜きになったよ。あいつ、いい歳のくせに手合わせしようなんて言い出してさ」


「セリヒさん、話を止めて悪いんですが。私達に何か用があったのでは?」


 目をパチクリとさせて、そうだったそうだったと微笑するセリヒ。


 いやあ、こんな姿を見てたらついギルドマスターだなんてこと忘れちまうな。普通にしてれば、年頃の小娘となんら変わんねえ。


 こういう幼い面も見せつつ、時折鋭い雰囲気を醸し出すのが不思議だ。


「船も無ければ金もない。クラーケンを売ろうにも、状態が悪い。ならそのクラーケンを生贄に、精霊でも契約したらどうだい?」


 精霊?また知らない要素が出てきたぞ?


 精霊っていったらあれか、エルフだとか、サラマンダーのことか。


 伝説や、船乗り達の語り草になっている、有名な精霊達を脳裏に浮かべた。


「船の守護霊になってもらって、修復も頼めばいいさ。ああ、ウェイブス君は知らないのか。えーっと精霊ってのは……見せた方がはやいね」


 セリヒが指を鳴らすと、俺らの足元が淡く紫色に光りだし、そこに一輪の花が咲いた。


 その花はみるみるうちに蔓と葉を茂らせ、怪しく蠢きながら何かを形作っていく。


 脚ができ、胴ができ、尾ができ、最後に頭まで形成したところで、蔓は動きを止めた。


「狼か?」


 俺の声に反応するように、植物の身体をした狼は閉じていた眼を開いた。


 ちょこんと座って、くあーっと欠伸をし、主人、セリヒの指示を待つようにジッと見つめた。


「この子はトップ、この建物の防衛システムを担っている精霊だよ」


 そういって狼に近づき、優しい表情で頭を撫で始める。


「ふえー、すっげえな。なんつーか、神秘的で。……俺も撫でていいか?」


 狼の頭に手を伸ばすと、一本の蔓にペチンと叩かれ、シュン……とした。


 セリヒが手を動かすごとに、キュッキュッと鳴り、触らずとも狼の毛並みの悪さが分かった。


 ふと、何故か驚いた様子のケターシャに気づく。こいつも精霊見るの初めてだったのか?それとも撫でてみたいのか?とか思っていると、セリヒもケターシャの様子に気づいた。


「おや、不思議かい?ケターシャ」


「はい、精霊と仲の良い竜人なんて初めてみました」


「ふふふ。まあそこは、私だからね」


 ケターシャは、ドヤ!と胸を張るセリヒにおおーと拍手しながら、どういうことかわかっていない俺に説明してくれる。


「竜、竜人は精霊に嫌われるのが普通なんだ。精霊の力を借りる「魔法」が使えないのもそれが関係してるんだが……見ての通りギルドマスターは例外みたいだ」


 再度キュッキュッ言わせてるのを見て、尊敬の眼差しを向ける。


 ケターシャが前に、『私は魔法が使えない』と言っていたことを思い出した。


「精霊ってのはこういう感じだよ。肝心の契約の仕方だけど、勇者に任せるといいよ。あれは精霊との相性が非常にいいからね」


「勇者に?」


 薬中ゆうしゃが精霊と相性がいいだあ?


 精霊を発見しだい、ヒャッハアア!!と飛び掛かり、八つ裂きにする薬中の姿が目に浮かんだ。


 同じ情景が浮かんだんだろう。ケターシャに『行けると思うか?』と視線を送ると、首をブンブンと横に振った。


「え?なになにどうしたの?なにか都合が悪い?」


 狼を撫でる手を止めるセリヒに、俺は今の勇者の状態と、懸念される問題点についてセリヒに説明した。


 俺が話し終えるまで、セリヒは黙って時折頷きながら聞いた。


 話し終えると、セリヒはグリンッと勢いよくケターシャを捉えた。


「ケターシャ〜?どうして隠してた〜?」


「いやっ、そのっ、隠してた訳じゃ……」


 眼を泳がせまくって、アワアワと焦る姿に、セリヒはため息を吐いた。


 どうやら、俺達が勇者と戦い「勝利した」ところまでしか話していなかったらしい。


 薬漬け、薬漬けねえ……と頭を抱えるセリヒ。


「取り敢えず、正教会の連中にばれちゃいけないよ。女神の寵愛を受けた勇者を薬漬けにしたと知れたら……余裕で殺されるよ?」


「その時私は現場にいなかったわけですので、バレた場合はコイツを置いて逃げます」


「おい」


 もっともなことだが、堂々と見捨てる宣言をしたケターシャの頭をペシりと叩く。


「ふう、その話はまた後でするとして……勇者が使えないとなると、精霊使いが必要だね。わかった、私の友人を紹介しよう。ちょうどこの都に来ているらしいんだ」


「お、そりゃラッキーだな。そいつはどこに居るんだ?」


「それが分からなくてね……遺跡の調査をしにエルレイまで来てるってのは聞いてるんだけど」


「じゃあその遺跡に行ってみればいーじゃねーか」


 セリヒは少し考える素振りを見せ、一拍置いて頷いた。


「……うーん、まあいいか。そうだね!行ってみるといいさ!」


 セリヒはサラサラっと手紙を書いて、「ほれ、紹介状」と手渡し、じゃあ行ってらっしゃいと言う。


 は?それだけか?と疑問に思い、遺跡の場所とか教えてくれないのかと尋ねる。


「ケターシャが知ってると思うよ!有名な遺跡だから!」


 とだけ言われて、執務室から追い出されてしまった。


「なんだ、セリヒのやつ?…ところで、遺跡ってどんなとこなんだ?まさか場所を知らないとか言うなよな」


「まあそう急かすな。ここいらで遺跡といったらあそこしかない」


 俺の問いにすぐには答えず、クラーケンの胃の中から出てきたブレスレットを取り出した。


「これがエルレイの特産品だと教えたな?これは今から向かう遺跡から入手されるものだ。多くの冒険者がお宝目当てに探検し、発見された遺物によってこの街は栄えている。ただ……」

 

「ただ?」


「ものすごく危険な場所だ。人喰いの魔物が常に徘徊し、侵入者を拒む罠がそこら中に設置されてある」


「おおう……」


 セリヒが一瞬悩んでた理由はこれか!


 聞く限り命が危うそうな場所に行かせようとしといて、なにが「まあいいか!」だ!俺が文句言う前に部屋から追い出しやがってっ。


 俺が行き場のない怒りを露わにしていると、ケターシャがまあまあ、と俺を宥める。


「それはそれとして、どうする?別に遺跡に向かわなくとも、セリヒさんの言う友人には出会えるとは思うが」


「ああんっ!?行くに決まってんだろ!精霊使いとやらを見つけるついでに、遺物漁って稼いでやる!!」


「ふっ、お前ならそう言うと思ったよ。金に関しては、今こうしてる間にも必要額が増えていってるわけだしな」


 ケターシャの指差す方を見ると、金が入るからと浮かれて(報酬の金はまだもらっていない)酒場で宴会モードの野朗共がいた。


 額に太い青筋が浮かぶのを感じながら、良いことを思いついて、思わず笑みがこぼれた。


 酒場に払う金の問題はさておき、今は呑気に酒飲んでる野朗共だ。


「お前らーー?金銀財宝ザックザクの、遺跡があるってよ♪」


 俺は心の中でほくそ笑みながら、呆れるケターシャを背に野朗共の所に駆け寄っていった。

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