第49話 この思い出、黒歴史につき危険


僕は出来得るかぎりの尊大な態度で目の前にいる大きな身体を縮こまらせている騎士服の哀れな男に話しかけた。


「見られなくもない顔だ、婚約者と噂されるのも悪くない……だったか?」


「そ、その節は大変無礼な発言しました事…」


「別によい。幼き日の過ちぐらい。母親等の噂話を鵜呑みにしただけだろう」


話しながらその男を観察する。これまで鍛錬を怠らなかったであろう体付きとキビキビとした自然体の上品な動き。目つきは緊張、後悔、卑屈が滲むが貴族の中で比べれば比較的真っ直ぐだ。……あの子とは雲泥の差だが。エイデン殿の性格を見るに比較的良心に重きを置いて育てられたようだ。


「寛大な御心ありがとうございます。それで、その近衞騎士として剣を受け取っていただける可能性があると…」


彼には謎の焦りが見えた。とりあえずは牽制しておくか。


「働き次第だな。僕の心の為に動いてくれる事を期待している。」


返事を聞いた彼は純粋に不思議そうだった。

疑問を持ってくれた事に安堵する。


「御心の為というのは…?」


「君は名誉を何より重んじる家系の出だな?しかし僕は平和と大切な者の幸せを何よりも重んじている。君の価値観が僕の価値観と合わない場合は勝手に判断せずに僕と話し合って欲しい。そして、肝心な所では僕の考えを優先して欲しい」


ヒュと彼は息を飲んだ。

これを納得してもらえない者は側に置けない。貴族でリズリー派の者を置くまでは。…それは許して欲しいと心の中で付け加える。


何も言わないで固まってしまった彼に声をかける。取り繕うように言葉を重ねなかった事は貴族としては減点だが僕にとっては好印象だ。歳もそこまで変わらないから表情管理の神童でない限り素直だとも思われる。


「もちろんそれは君が本当に剣を僕に捧げたいと思った時だけでいい。これからエイデン殿に変わって護衛に着いてもらう事も増えるだろう。よろしく頼むよ?エドワード・スカル殿」


良好な関係が築ければいい。エイデン殿は僕を出来る範囲の親切で気にかけてくれたから。




「あの、これは…?」


困惑する青髪の少年を前に僕は少し得意げになった。最近王城内に味方が増えてきて僕自身も回復魔法の腕が上達した為、お茶とお茶菓子くらいなら用意しても大丈夫だろうとなったからだ。騎士候補生とはいえソファーに座らせるには紅茶くらい勧められなければ格好がつかないからね。それにこっちの方がリラックスして話せるだろう?


ジャックにさりげなく毒味をしてもらい、人払いをしてもらう。人目が少ない方がマナーとか気にしなくていいからね。


「最近少し味方が増えたんだ。比較的安全にお茶が出来るようになった。だから君と語らってみたいと思って。」


マナーは気にしなくていいと言って紅茶を勧めるとウォード候補生は真っ青になっていた。そして恐る恐るのマナー通りの行動。間違える度に溢れる小さな呻き声。…なんでだ。気分を変えるように話題を振る。


「ウォード候補生、最近の学園生活はどうだろうか?不自由無く過ごせてる?」


「はい。殿下の力添えのおかげで充実した毎日を過ごせております」


返事と表情で安心する。どうやって山岳地区の話題に持ち込もうか。


「山岳地区は飛竜の討伐が遅れていると聞いたが大丈夫だろうか?何か聞いていないか?」


間違えた。


ウォード候補生はみるみる青ざめていく顔で無理矢理表情を作った。


「確かに難航していると聞いています。がスカーレット伯爵様がどうにかしてくださるのできっと大丈夫です」


無理矢理絞り出された答えの痛々しさと言ったらなかった。しかしここまで聞いてしまったのなら最後まで聞き出そう。どうする事が1番いいだろうか。


「ジャックも席を外したらもう少し話しやすくなるだろうか?」


ジャックからの咎めるような視線が背中に突き刺さる。言い訳をするように僕は言葉を続けた。


「ジャックが直接情報を得てしまえば僕の利益を優先してしまうが聞くのが僕だけであればいくらでも心の内に留めておける。あと僕はウォード候補生を信用する事に決めたんだ。少しの間だけだ。2人きりにしてくれ」


「…わかりました。」


ジャックを見送ってから向き直って聞く。


「さてウォード候補生、本音を聞こうか。」


僕がそう言うとウォード候補生は目を彷徨わせながら話し始めた。


「多分今年の飛竜討伐は上手く行きません。消えかかっている民族に高貴な方々の力を無理に借りてしまうのもどうかと思いまして」


「なぜ?」


「その、私が失敗したり間に合わなかったりすれば青髪の一族は滅びるだろうからです。ですので半分は諦めていると言いますか…現に今、春に飛来する飛竜の討伐が遅れてしまっています。逆にあの場所が今の内に竜の土地になってしまえば殿下はもっとマシな地を献上されるのではないでしょうか」


視線下げて言うウォード候補生はガラリと纏う空気を変え、どこまでも卑屈だった。普段は意図的に考えないようにしているのだろう。


「何てことを言う?」


「私は何も、何も出来ていません。殿下の為にも生まれ故郷の為にも」


「ウォード候補生、大人の社会に入る準備段階の君と大人の社会に入って見習い中の僕で4年も差があるんだ。だから焦らなくて良いんだよ。飛竜討伐の件も何とか出来る方法を考えてみるから、僕と一緒に頑張ってくれ」


「しかし、今のままでは私は殿下の負担にしかなっておりません」


「大人にさえなってしまえば努力と環境の差でいくらでも追いつける。そうしたら今僕が環境を整えている分、返してもらおうかな?どうだろうか?」


「……私に出来る事でしたら。」


「それでいい。ちゃんと助けを求めてくれ。どうするかはそれから話し合うしか出来ないのだから」


「承知しました。でも、なぜそこまで…?」


頷いてくれた事に安堵する。恐る恐る聞いてくるウォード候補生に咄嗟に出た答えは1番の本音だった。


「僕も前に同じ間違いをして叱られたんだ。その恩人は僕を叱って、それから助けてくれた」


それから山岳地区の現状を聞いた。現地の狩人が雪オオカミに乗って狩りをする事、2年前から配属された騎士に竜狩りの手伝いの際に雪オオカミに乗る事を禁じられた事。狩人の犠牲者の数が馬鹿にならなくなっている事。


ウォード候補生を帰してからジャックに共有する。


「よろしいのですか?」


「この情報でジャックがウォード候補生の不利益になる事をしようとはならないだろう?信頼している」


「ありがとうございます」

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