#画像の中のサヨリ

@EnjoyPug

第1話

「あっち~……。今年はどんだけ上がるだよ……」


 長めの階段、生い茂る木々の影に座りながらコトブキがスマホを見ながらぼやく。

 気温を検索した画面に映るのは三十七度。

 毎年上がり続けてそうな暑さに驚くのも億劫になるほどだった。


「今年も暑いよねぇ。毎年来るコトブキ君も大変そう」


 熱が籠り始めたスマホを上から覗き込む一人の女性。

 この暑い中で黒い制服を着ている彼女の名はサヨリだ。


「そりゃ来るだろ。盆の日に身内の墓参りいかない奴なんて普通はいないって」

「あっはっは! それはそうかも!」


 額から出る汗を手で拭いながらスマホから目を離し、コトブキは見上げる。

 黒い長髪、古めのデザインの制服に覆われた体はコトブキより少し小さいぐらいの子だ。


「今年も来てくれてありがとう」

「……ん」


 登り切った階段の先。そこには立派な墓地が広がる中にコトブキの身内もそこにいる。

 そしてサヨリと出会ったのは身内がここに入った時、墓が続く通路にこの子はいた。

 サヨリは幽霊だった。

 所謂ここの地縛霊って奴なのか。

 でもサヨリの名が刻まれた墓石はこの墓地には見当たらなかった。

 彼女はいつ、どうやって死んだのかも覚えてない。

 けれどずっと、ここにいるらしい。

 

 自分がなんで彼女が視えるようになったのかはわからない。

 なんか困ってそうな、寂しそうな、そんな彼女を視て話しかけたのがキッカケだった気がする。

 それ以降コトブキの身内を洗うついでにサヨリの話し相手になってあげる。

 真夏の盆の時期。これが毎年恒例になっていた。

 

 でもまさか、自分が幽霊の話し相手になるとは。

 こういうのは創作物の世界だけだと思っていた。

 けれど実際に目の当たりにして、今ではこの事に違和感すら感じなくなった自分に時々驚いている。

 

(……今更だけど、慣れってすげぇんだなぁ)

「みんなそればっかだよねぇ。スマホってやつ? これさ、ここに来る他の人たちもみんなこれ見てる」

「まぁ今はそういうもんじゃない? サヨリより小さな子供だって持ってるんだし」

「えぇ!? そうなの!? なんでっ!?」

「なんでって……そりゃあ便利だしな……。ただまぁ大体は暇潰しとかかな。例えばほら、墓参りって正直つまんないじゃん? そういう時とか」

「……コトブキ君もそう思ってるの?」

「あっ、いや……そういう意味で言ったわけじゃないけど……」


 スマホを手に持ったコトブキをサヨリがジドっとした目で見てくる。

 それに焦り、慌ててそれをポケットにしまい込んだ。

 中でスマホが籠った熱で壊れるんじゃないかと、そんな心配をしているとサヨリはそのまま自分の隣に座ってきた。

 

 横目で視る彼女の容姿は正直、悪くはない。

 今風ではないレトロチックなところが逆に良い。

 そんな彼女にコトブキの熱も自然と高まっていった。


「正直見ていてあんま好きじゃないんだよねぇ~それ。ここに来てちょっと話したらさ、帰っていく間にみーんなそれを見てる。昔は『この後、何食べにいくー?』とか『帰ったらあそこで遊ぼうー』とかそういうのあったけど、もう全然無いね」

「使ったことないからそう思ってるだけじゃない? そもそもサヨリは触れないけど」

「別にいいけどさ~。でもみんなそればっか見て、顔とか見なくなったよね」

「うん?」

「たまに思うんだ。忘れちゃうんじゃないかって。人の顔とか。そればっか見てると」

「いやそんなこと……」


 『ないだろ』。そう言葉を続けようとしたコトブキの視線の先、少し悲しそうなサヨリがいた。

 サヨリの身内は未だにわからない。彼女のことを少し調べたがそれも謎のままだ。

 いつ生まれて、いつ死んで、どういう風に生きて、どういう風に死んだのかはわからない。

 今分かっているのはサヨリを視られるコトブキしか、彼女の存在を認知していないということだ。


「あ~~っ! 私もそうやって忘れられちゃうのかなーって!」

「だったらさあ、こう……呪い? 祟りみたいなので存在感出すとか。そうすれば心霊スポットとして有名になるかも?」

「何言ってるの君は……。私にそうなってほしいの?」

「冗談だよ冗談」

「まぁでも、う~ん……? そういうの思ったことないな。というか出来るの?」

「いや、それ生きてる俺に聞くんだ……。出来ないと思ってんなら出来ないんじゃない?」

「……試してみる? 君に」

「…………。……やっぱやめたほうがいいな」

「あははっ! 冗談冗談! さっきお返し」

「なんだよ……。ちょっとビビッたわ。それに、仮にでもそんなことしたらさ、サヨリが変な化け物になっちゃうかもしれないし」

「何よそれー! というか『変な』って何!? なんていうか、綺麗で妖艶……艶めかしい感じになるでしょ私は!?」

「艶めかしいって、それ鏡見てから言ったほうがいいぞ」

「鏡になんて映りませーん!!」


 サヨリとのやりとりでさらに熱が帯び、シャツの首元を仰いで外気を取り入れる。

 木陰にいるとはいえこのままだと熱中症になりそうだ。

 この暑さがもっと落ち着いてくれればいいのだが。


「……コトブキ君も、忘れる?」

「ん? なんでだよ。毎年会ってるだろ」

「……それは毎年会ってるからでしょ。いつか来られなくなった時があるかもしれないし。そういう時になったら、忘れるのかなって」

「……忘れないだろ。てか忘れるの無理だな。こんな面白れー幽霊なんかをさ」

「ああーっ!!」


 サヨリは立ち上がって抗議するがコトブキの内心は少しだけ不安だった。

 一度だけこの盆の日、いつもの時間に来れなかった時がある。

 何のことはない。偶々やるべきことが出来てしまった。それだけだ。

 ただあまりの忙しさにサヨリのことは頭から離れてしまったのだ。

 幸いにもそれを思い出し、遅れながらもこの墓地に来た時、いつもの場所にサヨリの姿はなかった。


  ──いなくなってしまった。という嫌な想像が頭を巡る。

 夕暮れが空を染め始め、セミの代わりにヒグラシが鳴く頃合い。

 暑さが落ち着いてきたのもあったが、それだけで身が凍った気分だった。


「あーっ、やっと来た! もーっ、来ないかと思ったんだけど!?」


 後ろから声を掛けられる。

 振り返るとそこにはちゃんとサヨリがいた。

 待っていましたと言わんばかりの明るい笑顔で迎えてくれるサヨリ。

 その時の自分は引きつった笑顔で返さないよう精一杯だったが、彼女はそれに気づいていたのだろうか?


 その年も一緒に他愛のない会話をし、帰るときに視えた彼女の姿。

 夕闇を背にしているせいか、見送りは何処か寂しさを感じさせるものだった。

 それ以降、コトブキは忘れないようスマホに通知で知らせるようにしている。

 それでも、いつか何かのキッカケでここに来れなかったらどうなってしまうのだろう?

 一度でもここに来るのを忘れたりしたらサヨリは消えてしまうのか?

 その時に自分はサヨリのことをすぐに思い出せるだろうか?

 老人みたいに「あの時はそんなこともあったなぁ~、あれはのう~」みたいな軽いノリでこの出来事を話せるのだろうか。

 

 存在は誰かが認知して初めて形を成す。

 そんなことを猫の実験か何かでそういうのを知った。

 サヨリもその猫みたいな存在なのだろうか。


「──……い。おーい!!」

「うおっ!」

「ねぇ、大丈夫? ぼーっとして、熱中症とかになってない?」

「わ、悪い。でも少しクラクラするかも……」

「それもう大変だよ! ここホントに暑いし、もう帰ったほうがいいよ!」

「そうするか。ごめんな」

「何謝ってるの。ここで倒れたらコトブキ君もここに憑いちゃうかもよ~?」

「地縛霊ジョークはさすがにシャレになんねぇ……」


 そういって立ち上がり、少しふらつく足に力を込めながら階段を降りていく。

 振り向けば上の方でこちらを見送るサヨリ。

 そんな彼女にコトブキはふと、ポケットからスマホを取り出した。


「ど、どうしたの? 急に」

「いや、そういえば写真、一緒に撮ったことないな~って」

「私、鏡に映んないのに。それで映るの?」

「わかんね。でも最近のスマホって高性能だし、いけるかも」

「……かなりの謎理論」

「いいから。ほら、ポーズ。もしも成功したら心霊写真とかになって面白いじゃん」

「……確かに! それじゃあよろしく!」


 階段の下からカメラモードにしたスマホを上にいるサヨリに向ける。

 カメラのレンズが彼女を捉え、どう映ろうか少し悩んでいる。

 しばらく考えた後、細い手で長髪を掻き分けるモデルのようなポーズをとった。

 彼女なりの精一杯の艶めかしいポーズなのだろう。

 コトブキは内心笑いそうになったがそれはすぐに収まってしまう。

 視線を画面に向けたそこには──映っていなかった。

 

 木々が生い茂る長い階段があるだけの風景。

 サヨリのいる位置だけがポッカリと寂しく空いている。

 それは動画モードに切り替えても同じだった。


「……どうしたの? もしかして……」

「いや、似合わねぇことしてんなぁって……」

「はぁ~~~!!?」

「あ~も~、動くなよ~いい感じだったのに~。ほらほら撮るからさぁ、ポーズポーズ」

「くうぅ……」


 嫌な予感が顔に出てたのを何とか誤魔化しながらカメラを向けると、サヨリは再びポーズをとってこちらに体を向ける。

 そんな彼女をスマホの画面と実物。二つを交互に見たコトブキは心に誓った。

 

 画面に映る何もない寂しい風景。

 熱くなったスマホが温かく感じるほど支える指は冷たくなっている。

 だがコトブキの目には確かに彼女はいる。

 このシャッターボタンを押した先、そこに何もなくてもこの目と記憶には彼女がいる。

 自分だけが視ているこの風景、絶対に忘れたくない。

 その思いを込めてコトブキはシャッターボタンに指を押し当てた──。




「……で、今ではこうなったってワケ!」


 恒例の墓参りの時期。

 そこにはたくさんの人がいるが、それは明らかにの人たちではない。

 それに元気のよいサヨリとは対照的にコトブキはげんなりとしていた。

 

 あの後、無事?に心霊写真として撮れた時、熱中症になりかけていたのにコトブキはサヨリと一緒に喜びを隠せなかった。

 保存した写真や動画なら映るという、よくわからない現象を解明しようとしたが一生解決しなさそうなので、このことを考えるのをやめた。

 後日、コトブキはこのことをSNSにネタとして挙げてしまう。

 内に秘めた承認欲求を満たすというスケベ心もあったが、どうせ誰も信じないだろうという気持ちもあった。

 

 しかしその予想は見事に外すことになる。

 SNS挙げてある程度の時間が経った後、そのネタに釣られたホラー系YouTuberが出した動画にサヨリが面白半分で映り込んだのがキッカケだった。

 情報が瞬時に伝わる現代。最早“祭り”という状態にまで発展し、ここに来る大半の人が幽霊のサヨリ目当てだった。

 サヨリはコトブキ以外の目には視えていない。

 皆、スマホのカメラを経由して保存した画像の中で彼女を見ていた。

 ちなみにこの出来事によってコトブキの使うスマホの機種の売り上げが爆上がりしたらしい。


「はぁぁぁ~……。あっ! あんまり騒がないでください! それにゴミも捨てないで! 他の人たちが迷惑になるんで!」

「サヨリちゃんいる~? いたらここに写って~!」

「おっけー! イェ~イ、見てるー?」

「……毎回思うけどこれ知らない人からすれば、何にもない所をスマホ持ってふらふら動き回ってるんだよな、この人たち……。ある意味こっちのほうがホラーだろ……」


 はしゃぎながら他の人に絡みに行っているサヨリを他所に、コトブキは毎年無給でここを見回りする羽目になった。

 サヨリの存在が有名になった反面、人が集まるところにトラブルは付き物である。

 近隣住民の迷惑にならないように今ではコトブキが注意喚起をしている。

 これはキッカケをつくったコトブキの責務みたいなものであった。


「あああ~! まさかこんなことになるなんてさ、思わないじゃん!」


 あの時の軽率な行動に後悔して頭をくしゃくしゃにするが、これも毎年お馴染みになっていた。

 そして今年も夏の気温は上がり続けている。

 今日もゴミを拾い、騒ぐ人を注意したり、体調不良を起こす人の面倒をしていく。

 ふと遠くにいるサヨリに顔を向けると、他の子たちの中で嬉しそうな笑顔を見せていた。

 あんな笑顔になったのはいつぶりだろうか。

 こうなる前の記憶ではサヨリと初めて出会った時ぐらいだったかもしれない。

 

 そんなサヨリを見て彼女があんな遠くに行ってしまったような存在……なんていう気持ちはコトブキにはない。

 これは自惚れではない。サヨリは常に自分の近くにいるからだ。

 コトブキはスマホを取り出し、画像が保存されているギャラリーをタップして過去の方にスクロールしていく。

 そこにはサヨリが映っているたくさんの心霊写真があった。

 あの時、撮れたことに成功した二人は嬉しさのあまり写真を撮りまくったのがここにはある。

 いろんなポーズをしてみたり、何処まで撮れるのかという実験的なものも含めたら数はかなりのものだ。

 その中で一番下、そこに保存されたものを見つけるとコトブキはそれをタップして画面全体に広げた。

 それは最初に撮ったサヨリの写真。

 彼女なりにキメた艶めかしいポーズをした姿だった。

 この画像以外で彼女はそれを他でみせたことはない。


「コトブキー!!」


 自分の名前を呼ばれ、そこに目を向ける。

 そこにはサヨリが人の中からこちらに向かって手を振っている姿が視え、コトブキもそれに応える。

 それを他の人も画像を経由して見れられるが、彼女を生で視られるのもコトブキだけの特権だ。

 

 

 彼女は何者であるかはわからない。

 誰かの記憶、誰かの画面の中でしか生きられないのかもしれない。

 それでもちゃんと他の人に認知され、そしてここに存在している。

 サヨリがここにいるという素晴らしさを、真夏の日差しが祝福してくれているようだった。

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