第3話 【雲隠れの王冠《クラウン・イン・クラウド》】
『さっそく1回戦のルールを説明しよう。競うのは知力! その名も【
モニターからは、このゲームの主催者であるシープからのルール説明が続いていた。
大男の一喝によって場が静まり返る中、俺の横に白ずくめの女がそっと身を寄せた。
「あの……結局、私たちは何をさせられるのでしょうか? 話が急すぎて、頭が追いつかなくて」
不安げに潤んだ瞳で見上げてくる。
庇護欲を誘うような仕草だが、ここはすでに戦場だ。
隙を見せた者から食われる。
「それを今から戦うかもしれない俺に聞くのか? ……まあ、アドバイスするなら、ルールはうろ覚えでも最後までしっかり聞いておくんだな。わからなければ後で質問する機会もあるだろう」
「そ、そうですよね! 頑張ります」
女性は真剣な顔で何度も頷く。
やけに素直な女の態度に、俺は逆に警戒を強める。
こんな場所に集められた人間に、まともな人間などいるはずがないからだ。
「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私は
唐突に、彼女の手元から1メートルほどの白いステッキが現れた。
俺があっけにとられていると、キツネは満面の笑みでステッキを前に付きだし、その先端から赤い花を咲かせた。
「どうですか、私のマジック?」
「あ? ああ……すごいな」
この異常事態にマジックだと?
俺が呆れを隠せずにいると、彼女はさらに畳みかけてきた。
「まだ駆け出しですけど、いつかラスベガスでショーをやるのが夢なんです!」
超能力者がマジックをやってどうするんだ!
思わず内心でツッコミを入れてしまう。
「あなたのお名前も伺ってよろしいですか?」
屈託のない笑顔でキツネは俺の名前を聞いてくる。
まあ、隠すのも不自然か。
「あ? ああ。俺はオオカミロンリだ」
「オオカミさんというんですね! これからよろしくお願いしますね。オオカミさん」
キツネは、微笑みながら手を差し出す。
これは、握手を求めているのか? この状況で?
「俺は嘘をつけない正直者だ。何かあれば助けることぐらいはできるかもな」
「本当ですか! 嬉しいです、一緒に頑張りましょうね!」
……好都合だ。
俺は歯の浮くような返事とともに、好意的な笑みを浮かべ握手を返す。
キツネは笑顔のまま、俺の手をしっかりと握り返した。
さすがの俺もこれには気恥ずかしさを感じ、手を引くと、視線をモニターに戻した。
俺が手を離すと、彼女は嬉しそうにステッキを抱きしめた。
さて、茶番は終わりだ。俺は意識をモニターへと戻す。
モニター上では、シープが第1ゲームのルール説明を続けている。
『今回のゲームは1対1の対戦形式。プレイヤーはそれぞれ別の【宝物庫】へ移動してもらう。広さは10メートル四方。内部には無数の棚と、綿の詰まった段ボール箱が山積みにされている』
シープが足元の木箱を開くと、中から眩い光が溢れ出した。
現れたのは、豪奢な装飾が施された黄金の王冠。
『プレイヤーの目的はただ一つ。この【
あれは純金製だな。
あれだけでいくらの価値になるのか。
俺の口元に、自然と笑みが浮かぶ。
『ゲームはターン制で行われる。プレイヤーは自身のターンに【探索】か【質問】のどちらか一方を選択する。【探索】を選んだ場合3分間、相手が王冠を隠した宝物庫の中を自由に探索することができる。【質問】を選んだ場合はYESかNOで答えられる質問を1つだけすることが可能だ』
なるほど。質問で範囲を絞り、探索で回収する。
シンプルな「宝探し」に見えるが……超能力が絡めば話は別だ。
嘘を見抜く能力、透視能力、あるいは物体をすり替える能力。
それぞれの超能力がどう作用するかで、勝敗は大きく揺らぐ。
『どちらかが相手の王冠を見つけるまでゲームは続く。勝者は2回戦に進出し、敗者は――その場で処刑される』
「しょ、処刑だって!?」
学生服の男の言葉に反応したかのように、頭上で機械的な駆動音が響いた。
天井のパネルがスライドし、そこから現れたのは――死の象徴。
10メートルの高さがある天井では、最初何が現れたのかわからなかった。
しかし、それは徐々に降下し、俺たちへと近づく。
6本の銃身を束ねた、漆黒のガトリングガンだ。
ウィーン、とモーター音を唸らせ、その銃口が俺たちに向けられる。
「ひっ……!」
『超能力者の君たちなら、あるいは逃げられると過信しているかもしれない。だが、この船は要塞だ。至る所に死角なき銃口と防衛システムが存在する。脱走は不可能と思え』
シープの言葉はハッタリではない。
あの口径なら、サイコキネシスで障壁を作ったところで紙切れのように引き裂かれるだろう。
『ルール説明は以上だ。ここからの進行はアシスタントに任せよう。――赤羊、頼む』
『は~い。シープ様、了解です~!』
突如、画面が切り替わり、毒々しい赤色をした羊のアニメーションキャラクターが現れた。
デフォルメされた二頭身の体で、赤ちゃんのように手足をバタつかせている。
『皆様、ごきげんよう。シープ様から司会進行を引き継ぎましたアシスタントAI、赤羊です~。これ以降、ゲームの進行は私が行います~。以後、よろしくお願いします~』
なんだ、この気味の悪い見た目と、頭の悪い話し方のキャラクターは。
いきなり現れた、訳の分からない存在に、俺は眉をひそめる。
「ふざけるな! 羊だのマスコットだの、僕たちを馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
『あはは、元気ですね~。質問などは会場移動後にお受けしますから~。さあ、速やかに移動してくださいね~!』
学生服の男の抗議に耳を貸すことなく、赤羊はゲームを進行していく。
「あっ、見てください。扉が開いています!」
キツネの上げた声に、俺を含めた参加者の視線が一斉に扉へと集中する。
見れば、唯一の出入り口である扉が勝手に開いていた。
『会場へは廊下をまっすぐに進んでいけば到着しますよ〜。自分の名前の書かれた部屋へ入室してください〜。それでは、後ほど~』
言いたいことだけを言って、赤羊の映っていたモニターは、ブツンッ、と消灯する。
後に残された俺たちの間には、沈黙が流れる。
「くそ! なんなんだよこれ!」
学生服の男が悪態をつく。
その声に答えるものは居なかった。
さて、移動しろという指示が出たが、どうしたものか。
ここは敵地だ。うかつに行動すれば、痛い目を見る可能性もある。
他の参加者も行動を決めかねているのか、動きは見られない。
できれば、目立たないように誰かが行動をしてから移動を始めたいが。
「ええっと、どうしましょう?」
キツネは白いステッキを胸に抱き、不安げな様子で問いかけてくる。
俺は、もう一度周囲を見回すが、だれも動き出す様子は見られない。
「まあ、ここは指示に従うしかないだろうな。こんな会場を用意したんだ。いきなり罠が発動して殺されるなんていう可能性は低いんじゃないか」
このまま指示に従わずここへ残っているのもよくない。
そのうち、主催者側がしびれを切らして、なにか強硬手段に出る可能性もあるのだ。
学生服の男や、熊のような大男あたりが率先して動いてくれるのを期待したのだが……
学生服の男は、先ほどのシープとのやり取りで気力が尽きたのか、呆けたような表情をし、尻もちをついたままだ。
大男は、腕を組み周囲の動きを監視している。
どうやら率先して動くつもりはないらしい。
「行くか」
「あっ。オオカミさん。私も行きますよ!」
俺が動き出すと、恐る恐るといった様子でキツネが後をついてくる。
いつまでもこんなところでぐずぐずしているわけにも行かない。
会場に遅くつけば、対戦相手に仕掛けを施す隙を作るかもしれないんだ。
俺が開いた扉の先を覗くと、まっすぐな廊下がしばらく続いているようだった。
壁の両側に取り付けられた照明は、無駄に金の装飾が施されており光を反射してまぶしい。
そして天井は、先程いた部屋と同じようにありえないほど高く作られている。
「待ってくださいよ! オオカミさん」
俺の後に続いてキツネが部屋を出てくる。
後ろを見遣ると残った参加者も、周りをけん制するように互いの動きを確認しながら、1人、また1人と部屋から出てきた。
「お前は行かないのか?」
「……行くよ! 行けばいいんだろ! なんで僕がこんな目に!」
熊のような男に声を掛けられ、部屋に最後まで残っていた学生服の男も扉から外へと出る。
俺たちは無言のまま、長い廊下を進んでいく。
それぞれの思惑を、その胸に隠したままで。
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