第2話 【Won/Dead《ウォンデッド》】
頭が痛い。意識がかすむ。
俺は、いつもより悪い寝起きの頭を押さえつつ体を起こす。
鈍い頭痛と共に瞼を持ち上げると、そこは暴力的なまでに煌びやかな黄金の部屋だった。
10メートルはあろう異様な高さの天井には巨大なシャンデリアが吊られている。
床には深紅の絨毯、壁際には美術館でしか見ないような調度品が並び、悪趣味なほどの富を誇示している。
だが、窓はない。出口も見当たらない。
そして何より異様なのは、壁一面を覆いつくす漆黒の巨大モニターだ。
まるで、この部屋の主が我々を見下ろす瞳のように鎮座している。
俺の周囲には、死体のように転がる男女が7人。
猛獣のごとき巨躯の男。
神経質そうな灰髪の学生。
吊り目の団子頭をした女。
フードを目深に被った小柄な子供。
白衣を纏った女。
赤い手袋のスーツ男。
そして、全身白ずくめの女。
俺を含めて8人の人間が部屋の中には存在していた。
「……ふざけた真似を」
ヘリに乗ってからの記憶がない。
恐らく薬か何かで眠らされたのだろう。
俺は上体を起こし、腹部をさする……痛みがない。
ヘリに乗せられる前、確かに腹を殴られたはずだ。
だが、シャツをめくったそこには、青あざひとつない滑らかな皮膚があった。
一晩で完治したとは考えづらい。
だとすれば、組織が治療したのか? 傷跡ひとつ残さない未知の技術で?
背筋を冷たいものが這い上がる。
ただのギャンブル大会じゃない。
俺たちは、見世物としてここに放り込まれたのだ。
……思考を切り替えろ。
目的は生存。そのためには情報を集め、利用できる手駒を探す。
俺は、手近で身じろぎをした白ずくめの女に視線を向けた。
「おい、生きてるか」
肩を揺すると、女はビクリと震えて目を開けた。
焦点の定まらない瞳が俺を捉え、次いで異様な部屋の光景に絶句する。
「ここ、は……? 貴方は?」
「俺も被害者だ。黒服に拉致されて、気づいたらここに居た」
「拉致……そうです、私、ステージの帰りに……逃げようとしたのに囲まれて……」
女はパニック寸前の様子で俺にすがりついてくる。
演技には見えない。少なくとも、こいつは“カモ”に近い部類か。
「あっ! 帽子!」
不意に女が叫び、床を転がる白いシルクハットへ飛びついた。
それを愛おしげに頭に乗せると、ようやく安堵の吐息を漏らす。
全身白のスーツにシルクハット。どこかのマジシャンかパフォーマーか。
妙ちくりんな格好だが、この異常な空間では逆に「まとも」に見えるから不思議だ。
周囲でも、他の参加者たちが呻き声を上げて起き上がり始めていた。
困惑、恐怖、警戒。負の感情が部屋に充満し始めた、その時だ。
『皆様、お目覚めかな。ようこそ我が船、ヘルメースへ』
ブツン、という音と共にモニターが起動する。
画面に現れたのは、羊の仮面を被った男だった。
仮面の無機質な瞳が、俺たちをねっとりと見回す。
『私が君たち8人を招待した主催者、シープだ。単刀直入に言おう。君たちは全員、人知を超えた異能を持つ超能力者だ』
朗らかな声色が、逆に神経を逆撫でする。
『今から始まるのは、その命をチップとした極上のギャンブル大会【
画面が切り替わり、豪奢な台座に鎮座する“黄金のサイコロ”が映し出された。
一辺が2メートルはあろうかという巨大な金塊。
億どころではない。あれ一つで、小国なら買えるかもしれないほどの質量。
「ふざけるな!」
鋭い怒声が、部屋の空気を切り裂く。
灰色の髪をした学生服の男が、モニターへと歩み寄っていた。
華奢な体躯だが、全身から立ち上る殺気は尋常ではない。
「僕は金があるというから来ただけだ。命を賭けるなんて聞いていない。僕は降りるぞ」
……馬鹿が一人。俺は心の中で毒づく。
状況も読めず、自身の力を過信して吠えるだけの子供。
一番厄介な手合いだ。
『ゲーム以外での退出は認められない。ルール説明が終われば――』
「無視をするなと言っているんだ!」
学生服の男の髪が、重力を無視して逆立った。
ビリビリと肌を刺す静電気のような不快感。
周囲の重厚な置時計や調度品が、見えざる手によってふわりと浮き上がる。
「あれは……【
俺の呟きに、隣のシルクハットの女が息を飲む。
男の能力は強力だ。だが、あまりに短絡的すぎる。
「僕を、なめるなっ……!」
男が腕を振るうと同時、浮遊していた調度品が弾丸となってモニターへ殺到した。
――ガァンッ!!
轟音が鼓膜を叩く。ガラス製の置物は砕け散り、時計はひしゃげた。
しかし、黒いモニターには傷一つ付いていない。
『ルールは一度しか言わない。よく聞くことだ』
「あくまで僕を見下すか……なら、これならどうだ!」
男の狂気が加速する。
今度は金属装飾の施された重厚な飾り棚が宙に浮いた。
数十キロはある質量の塊が、唸りを上げて空を切る。
――ドゴォォォォンッ!
衝撃が辺りを揺らす。
だが、棚はひしゃげて床に落ちたものの、モニターは嘲笑うように無傷のままだ。
……特注の防弾ガラスか、あるいはそれ以上の未知の素材か。
どちらにせよ、暴力による突破は不可能ということだ。
男は肩で息をしながら、次なる獲物を探して視線を巡らせる。
これ以上暴れられては、とばっちりで死にかねない。
……だから馬鹿は嫌いなんだ。
俺は小さく息を吐き、声を上げた。
「その辺にしておけよ、少年。うるさくて説明が聞こえない」
男のギロリとした視線が俺を射抜く。
「……君も、僕の邪魔をするのか?」
「そのつもりはないさ。あんたが大人しくしてくれるならね」
「こんなイカれた大会だぞ。ルールを真面目に聞くなんて君は馬鹿なのか」
「あいにく昨日の出来事すらも綺麗さっぱり忘れちまう鳥頭でね。馬鹿と言われりゃ否定はできないな」
対話は不可能か。
男の周囲で再び物体が浮き上がる。
今度の矛先は、明確に俺へと向けられていた。
「言葉の通じない馬鹿は黙っていろ!」
宙を舞った雑貨が、凶器となって俺の頭上へ迫る。
俺の能力は戦闘向きじゃない。だが、やるしかないか。
俺は右手でピストルの形を作ると、その指先を自身のこめかみへと当てる。
学生服の男は、俺に向け手を振り下ろし――
「――そこまでだ」
地響きのような低音が、その場の空気を凍り付かせた。
俺と学生の間へ割って入ったのは、あの猛獣のような大男だった。
丸太のような腕。はち切れんばかりの筋肉。
ただ立っているだけで、物理的な圧力を受けた錯覚を覚える。
「物を壊すのは勝手にしろ。だが、俺の前で暴力行為は許さない」
ギロリ、と大男が学生を睨む。
超能力ではない。純粋な生物としての「格」の違い。
学生服の男は、蛇に睨まれた蛙のように硬直し、浮遊させていた雑貨をゴトリと床に落とした。
「……チッ」
男はバツが悪そうに視線を逸らす。
一触即発の空気は霧散し、再び静寂が戻った。
それを待っていたかのように、シープの声が朗々と響き渡る。
『では、最初のゲームといこうか』
画面の中の羊が、口元を吊り上げて笑ったように見えた。
『第1回戦。競うのは知力と運。その名は――【
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