第4話 雲上の心理戦
長い廊下の突き当り。
『宝物庫3』と記された重厚な扉の横に、俺のネームプレートが輝いている。
扉を開けると、そこは業務用の倉庫そのものだった。
無機質な金属棚が並び、その棚板には無数の段ボール箱が隙間なく詰め込まれている。
「オオカミさんはここなんですね。私はお隣みたいです」
キツネが隣の『宝物庫4』の前で立ち止まり、寂しげに眉尻を下げる。
俺が黙って宝物庫へ入ろうとすると、彼女は決意を秘めた瞳で俺を見据えた。
「私には夢があります。憧れのマジシャンである“マジカル☆コミミン”のように、みんなを笑顔にするマジシャンになりたい。だから、私はこんなところで死ぬわけにはいきません」
「ああ。そりゃそうだ。誰だって死ぬのは怖い。俺だってこんなところで死にたくはないさ」
当たり前の生存本能だ。
だが、この状況で夢を語るその神経は、ある意味で強さなのかもしれない。
「お互い、生き残りましょうね!」
キツネは深々と頭を下げ、自身の戦場へと消えていった。
俺もまた、無言で宝物庫へと足を踏み入れる。
宝物庫の中は3段からなる大きな金属製の棚が並び、部屋の奥まで続いていた。
広さは10メートル四方だとシープが言っていたか。
棚には、ダンボールが整然と並んでおり、中には緩衝材の綿がぎっしりと詰まっていた。
「宝物庫というよりは、ただの物流倉庫だな」
扉の脇には、雲の絵柄の描かれた小箱が置かれていた。
手に取り中を確認すると、映像で見たのと同じ華美な装飾の施された王冠が収納されていた。
『対戦相手の入室を確認いたしました~。今から10分間のうちに王冠を隠してください~。隠し終わったら奥にある扉から回答ルームへGOです~』
壁に設置されたスピーカーから、あの不愉快な赤羊の声が聞こえてくる。
部屋の奥には、赤色の金属製の扉があった。
扉の上に設置された電光掲示は、すでに10分間のカウントダウンを始めている。
ここは深く考え込んでもしかたがないだろう。
俺は、迷うことなく部屋を突き進む。
「……ここにするか」
右から5列目、手前からは3メートルほど進んだ場所から段ボールを引き出す。
王冠を綿の中に埋め込み、外見に変化がないよう慎重に封をする。
なるべく最初の状態と同じになるよう慎重に蓋を閉じると、元の場所に段ボールを戻した。
*
俺の持つ超能力は、能力名を【
相手に触れながら話した言葉は、どんな内容でも信じさせることができる。
もちろんいくつかの制限はあるがな。
ギャンブルにおいて、自分のついた嘘がバレないというのは、最強の能力といっても過言ではないだろう。
しかし、このゲームは俺の能力と相性が悪い、というか最悪と言っていい。
王冠を隠すのに使える能力ではなく、対戦相手とは接触する機会がないため、相手に能力を発動する機会がない。
自身に能力を行使することで、一時的に自身の認識をゆがめ看破不能の嘘を吐くなんて使い方もできるが、質問に対し嘘の返答をすれば、何らかのペナルティがあるだろう。
俺の能力は封じられたも同然だ。
俺が勝利するには、純粋な実力で敵を破るしかない。
この段階で俺にできることはほとんどない。
早々に王冠を隠し終え、他の段ボールの中身もいくつか確認する。
中身は全部同じで、同量の綿が入っていた。
俺はいくつかの段ボールの蓋を乱雑に閉じフェイクを仕込んでいく。
これで少しでも、対戦相手を惑わすことができるといいのだが。
電光表示は、残り3分を示している。
あと何かできることはあるか?
俺は、宝物庫の中を1周する。
仮に対戦相手が俺の行動を確認できる能力を持っていた場合、宝物庫の中をくまなく歩いておけばその対策になるだろう。
そのまま1分半ほど宝物庫の中を歩いた後、俺は時間を残して回答ルームへと移動した。
『オオカミ様、いらっしゃいませ~!』
回答ルームは、殺風景な取調室のようだった。
中央にボタン付きのテーブルと、赤羊が映るモニター。
あとは粗末なパイプ椅子が一つ。
俺が入室すると同時に、背後の扉が重い音を立ててロックされた。
『は〜い! ではでは、制限時間の10分が経過したので、これより部屋の出入り口を施錠いたします〜』
間延びした明るい声とともに、カチャと、入室時に使用した扉から施錠音がする。
『オオカミ様、改めてよろしくお願いいたします~。私、この船の管理AI兼司会の【赤羊】で~す! 以後お見知りおきを~』
毒々しい赤い色をした羊は、間延びした口調で俺へと話しかけてくる。
妙に馴れ馴れしいのがうっとおしい。
だが、発言を聞く限り今のところAI特有の違和感は見られない。
……少し、テストしてみるか。
「人工知能ねぇ。そんなもんで正しく勝敗を判定できるのか?」
『ご安心ください〜。このゲームは相手の隠した王冠を見つけることが勝利条件です〜。しかもターン制で探索を行いますから勝敗を間違える心配はありませんよ〜』
「それならいいがな。俺は正直者なんだ。思ったことがつい口に出しちまう」
『またまた〜。【
【
「ちっ、俺の情報はインプット済みってことか。気に食わねえな」
AI相手に感情を隠すこともないだろう。
俺が盛大に舌打ちをして見せると、赤羊は機嫌を良くしたのか笑顔を見せる。
今の質問でわかったのは、こいつの回答の精度は予想以上に高く、俺の能力は主催側にバレている事だ。
前者はともかく、後者はあまり良い情報ではない。
俺の能力は、先ほど見た【
ギャンブラーである俺にとって超能力は、一番の商売道具だ。
簡単に超能力の内容をつかませた覚えはないのだが。
『ではでは改めて。ルールの説明をしていきますよ〜。ゲーム名、【
「無いな。さっさと続けてくれ」
『あらあら〜。ツンツンなオオカミ様のこと、私は好みですよ〜』
「……」
体を妙にくねらせる赤羊。
ペースに乗せられてたまるか。
俺は、無言でディスプレイを睨みつける。
『フフフ。そんな睨まなくても説明はちゃんと行いますよ〜。ゲームは、王冠を隠す【クラウドフェイズ】と、王冠を探す【クラウンフェイズ】の2つのフェイズからなり、クラウドフェイズは先程行っていただきました〜。もうやり直しはできませんのであしからず〜』
「頭にルールが入ってこねえ。もう少し簡潔に話してくれ」
間延びした口調で続くルール説明。
わざと声を荒げて赤羊を凄む。
『今どきのAIは、人間同様に傷つくのですよ~。高度に成長したAIに人権が認められるケースもある時代です。あまり強い口調で話されると、私も傷ついてしまいます~』
「はあ? AIが人間の真似事だ? 頭が痛くなる話はやめろ。俺が言っているのはルール説明中に無駄口を叩くなって話しだ」
『うう。オオカミ様は連れませんね~。分かりました〜。不服ですがお相手様を待たせるのもいただけません~。ルール説明に専念させてもらいます〜』
その口調をなんとかしろよ、と内心で毒づくが、それを指摘すれば更に冗長な会話がさらに続くことは火を見るより明らかだ。
賢明な俺は、その愚痴を内心にしまい込む。
『今から行うクラウンフェイズで行える行動は2つ。3分間、相手が王冠を隠した倉庫に入場できる【探索】、相手に対し1つだけ質問ができる【質問】。探索か、質問のどちらかを行ったらそのプレイヤーの手番は終了。対戦相手と自分で交互に手番を繰り返し、先に相手が隠した王冠を見つけた側が勝利となります〜』
「なるほどな。質問で隠し場所を絞れる宝探しってわけだ。質問っていうのはどんな内容でもいいのか?」
『YESかNOで答えられる質問をお願いします~。もちろんゲームに関係ない質問も禁止ですよ〜』
「……ゲームに関係ない質問かどうかなんてどうやって判定するんだ?」
『それはこの赤羊の独断で判断させていただきます〜。この部屋で質問した内容は、数秒のタイムラグの後、相手の部屋に伝達されますから、もし質問が無効の場合は質問の伝達を取り消して、オオカミ様にその旨を伝達の上、新たな質問をしてもらうことになります〜』
細かいところまでルール付けされているわけだな。
……それでこそ穴の突きがいがあるっていうものだ。
「なるほどな。無効な質問をしたらペナルティで処刑とか言うこともないわけだ」
『ええ。ゲームの勝敗以外で皆様の命は保証されていますから安心してほしいのですよ〜』
「質問に制限時間はあるのか?」
『いいえ~。露骨な遅延行為にはペナルティを出す場合もありますが、常識の範囲内であればゆっくりと考えてください~』
「一度に複数の質問をした場合はどうなる?」
『最初の質問に問題が無ければそのままその質問だけを相手へお届けします~。以降の音声は削除いたします~』
「意識を失うなどしてゲームが続けられない状態になった場合はどうなる?」
『その場合はそのまま不戦敗ですね~。私の判断でゲームが続行可能か判断させていただきます~』
あと聞くべきことはあるだろうか。
気になることがあるのならゲーム開始前のこの時点で質問してしまうべきだろう。
「例えば質問の答えがYESかNOで答えられない場合はどうなる?」
『ええっと、質問の意図がわからないのですが〜。そもそもYESかNOで答えられない質問はできませんよ〜』
画面の中では、赤羊が小首をかしげている。
「例えば『王冠は1メートルより高い場所に置かれているか』と質問して、対戦相手が正確な答えを分からなかったらどうなる。適当に答えるしかないのか?」
『その場合は『分からない』と答えてください〜。ただし、分からないとばかり回答されては、ゲームになりませんからその場合、理由も合わせてお答えください~。私が理由に納得し、回答が可能な質問であれば代わりに私が回答をさせていただきます〜』
俺の質問に対し、赤羊からの返答は言い淀みのないものだった。
少なくともこのゲームに関することであれば赤羊の回答は信用に値するようだ。
「質問に嘘で答えた場合のペナルティは?」
『私が質問の答えを嘘と判定した場合、正しい回答を対戦相手に伝えた後、追加で対戦相手に2回の質問権が与えられます』
「先攻が王冠を発見した場合、その場で決着するのか? それとも後攻のターンが行われてから決着となるのか?」
『前者ですね〜。どちらかのプレイヤーが王冠を発見した時点で決着です』
「……分かった。質問は以上だ」
質問を終え、一息ついた俺は頭の中でルールを整理する。
自分が如何に優位を取るか、どんな戦略を取るのが最善か。
アイデアを出しては精査してを繰り返す。
『ふふふ。オオカミ様は用心深いですね~。ここまで根ほり葉ほり質問攻めにされては、私、赤面してしまいますよ~。ゲーム中も、いつでも質問は受け付けますので、都度ご確認ください〜。それでは対戦相手様もすでに準備が整っているようなので、部屋同士の回線をつなげます〜』
余計な言葉が添えられた赤羊からのアナウンスに続き、ブツッという機械音が流れる。
『ええっと……もしもし? 聞こえてますか?』
数秒の間の後、スピーカーから聞き覚えのある女性の声が流れてきた。
「対戦相手は、キツネか」
『あっ、その声はオオカミさんですね! ……えっ、ということは、1回戦の相手は』
「ああ。俺とキツネの対決みたいだな」
「そんな。オオカミさんとだなんて……」
スピーカーの向こうで息を飲む気配がした。
絶望に染まる声色。だが、俺の心は冷え切っている。
相手が誰であろうと関係ない。勝つのは俺だ。
会って数分の相手に対し、私情を持ち込み落ち込むキツネの態度は、この場には似つかわしくないものだ。
これが演技なら大したものだが。
俺はため息をつきつつ臨戦態勢に入る。
『あらあら~。お二人は知り合いのようですね~。因縁の対決というところでしょうか~』
「御託はいい。早く始めろ」
俺の声に応え、赤羊のアナウンスが告げる。
『はいはい、せっかちさんですね~。それでは――第1回戦【
ファンファーレも歓声もない。
ただ無機質な開始の合図と共に、命を賭けた宝探しが幕を開けた。
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