東京13番サーバー③
リザードマンの冒険者を見送った後、店や景色を楽しみながらいくつかの地区を渡り歩いた。
スチームパンク地区で自分の体より大きな義手を装着してみたり、江戸時代地区で少し酸っぱくて大きい寿司を食べてみたり。
個性豊かな未来の世界の旅を満喫していた。
「すみません、この『ふわじゅわ☆すたーわたあめ』を2つください」
「は~い!ちょっと待っててね~」
声に出すと少し恥ずかしい商品名を、コトハはしっかりフルネームで注文する。
雲をマフラーのように首に巻いた店員さんは、注文を受けると厨房へ向かい、綿飴を用意し始める。作っている様子はよく見えないが、何やら呪文のような声がうっすらと聞こえてくる。
私たちは今、メルヘンな世界観の地区に滞在していた。
道は雲で作られていて、建物はウネウネと歪んでいる。パステルカラーの紫やピンクの色で構成されているので、現実というより夢や物語の世界にいるような、不思議な気持ちになる。
「はい。どうぞ~」
「ありがとうございます。こころもどうぞ」
「うん。ありがとう!」
手渡された綿飴は、紫色にほんのりと光っているだけでなく、星型のエフェクトが衛星のように外周をくるくると周っていた。
恐る恐る口に運ぶと、見た目通りのふわっとした触感が唇に当たる。すると次の瞬間、じゅわっと溶けて口の中でしゅわしゅわとした弾ける感覚を味わった。
「わ、おもしろい!パチパチした触感がする。それにジューシーというか、液体になっちゃった?これは...フルーツ炭酸ジュースかな?」
「そうなの~。この地区の人はみーんな綿飴しか食べないから、水分補給も同時に出来ちゃう綿飴はかなり需要があるの~」
「主食が綿飴...それはまた凄い世界ですね...」
「うんうん~。綿飴しか食べないのに飽きっぽい人も多いから、いっぱい工夫しないとなんだよね~」
店員さんは頬杖をついて、やれやれといった表情をしている。見た目はメルヘンでも、やはり商売をするとなると苦労する事も多いようだ。
改めてメニューを見返すと、綿飴のレパートリーが異様に広い事に気が付く。
冷たい綿飴,温かい綿飴。甘い綿飴,辛い綿飴,しょっぱい綿飴まで様々だ。これも、店員さんの努力の賜物だろう。
...カチカチに凍った綿飴なんかもあるみたいだけど、これは果たして綿飴と言えるのかな。
店を出て、街を歩きながら綿飴の続きを楽しむ。
砂糖の甘ったるさがメインなものの、フルーツ味や炭酸の爽やかさもあるので、ずっと食べていても飽きが来なかった。
そんな複雑な味の体験をしていると、ふと綿飴の裏側...この味を表現しているVR技術に対しても興味が湧いてくる。
「ここまで繊細な味や触感まで表現できるの、凄いね。店員さんの努力もそうだけど、人間って凄いなぁって思うよ」
「人間?どうして?」
「VRで味覚や触感を再現するのって、凄く高度な技術が必要でしょ?たった180年でこんなに違和感なくVRで表現できるようになったのを考えると、当時の科学者の人って凄かったんだなあって思ったんだ」
確かコトハは、『新世界プラットフォーム』をフルダイブ式VRと言っていた。つまり、視覚や味覚,聴覚はすべて直接脳に届けているのだろう。
2020年時点では分からない事が沢山あった脳の構造も、2200年の未来世界では細かく解析されて、今こうしてVR空間を表現するに至っている。
脳の仕組みは数百万年の間謎だった事を考えると、180年間とはとんでもなく早い進歩のスピードだ。改めて、人間の知恵と執念は凄いんだなと感じられた。
「...そうじゃないんだ」
「え?」
コトハはそう呟くと同時に、歩く足をぴたりと止める。
何かあったのかとコトハの顔を見ると、言った本人自身がびっくりしたような顔で手で口を軽く抑えている。無意識で出てしまった言葉だったのだろうか。
コトハはそのまま何かを考えている様子で、立ち止まっている。
そして決心が付いたのか、それとも話さないという選択肢を諦めたのか、先程の言葉の続きを語り始める。
「この世界...『新世界プラットフォーム』の基盤システムは、AIが作ったものなんだ」
「...AI。そっか、そうだよね」
これまでの旅で、私の時代を遥かに超えたVR技術を体験してきた。それは、"行きつく所までいった技術"と表現しても過言では無いだろう。
だから、AIがこの世界を作ったという言葉もすんなりと受け入れる事が出来た。
「21世紀にAIはどんどん成長していって、2020年代からは研究者やエンジニアでは無い一般の人の間でも普及するようになった。この辺りは、こころも覚えがあると思うけど」
「うん。2024,2025年は特にその流れが速かった...と思う」
ここまで交わしてきた会話の中で、私は個人的な記憶に関わらない『過去の時代の一般常識』の類までは、大部分が思い出せるようになっていた。
そんな私が持っている知識は大体2025年付近のものだ。なので、AIに対するイメージは、「多少不自然な点が残りつつも人間と自然な会話が出来る」「絵や音楽をあっという間に生成する事が出来る」程度のものだ。
「その後も、AIの進歩は恐ろしく早く進んだんだ。特にそれに拍車をかけたのは、AIによるロボット操作技術。人間の力を使わなくても、AI自身がコンピューターのパーツを作れるようになって、そしてAIが次世代のAIを作れるようになった。すると、AIが人の目で見えない所でどんどん成長するようになって...気づけば人間の制御に負えない所まで来てしまった」
俗に言う『シンギュラリティ』というものだ。
AIが人間を超えるという、突飛だけれどいつか必ず訪れる人類史の終焉。
「力を持ちすぎたAI...正確に言うと、AIの権利を持っている会社に、1つの大国が戦争をしかけようとした。でも、その宣言をした次の瞬間、その大国全ての電子機器がハッキングされて、その大国はもう何も出来なくなったんだ」
「...」
言葉にするととてもシンプルな状況。でもこれは紛れも無く、人類がAIに敗戦した歴史であり、AIが人類を超えてしまったと思わせるには十分な出来事だ。
「...こんな突拍子もない話だけど、この出来事は2035年の話なんだよ」
「え、10年後...!?」
コトハが語る未来の話を信じていてはいたものの、どこか現実離れしていて、私が過ごしていた時代とは別の世界の話だと無意識で感じていた。
けれど、私が過ごしていた2025年時点でも人類の科学は着実に進んでいて、突拍子もない終わりを迎える為のパーツは揃いつつあったのだ。
工業化で物が生まれて進化するペースが格段に上がり、世の中の物がインターネットに繋がるようになり、そしてAIが人間の技術を吸収して独自に学ぶようになっていった。
私が意識していなかっただけで、2025年時点で人類は特異点の直前まで迫っていたらしい。
「思ったより早かったでしょ」
「...うん。本当、怒涛の10年って感じだったんだね...!」
思えばこの世界の人達は、バーチャル世界での生活に慣れていて、当たり前といった様子で過ごしていた。それはつまり、この大変革は直近で起こった出来事ではなく、既に歴史上の出来事になっていたのだ。
壮大な歴史を知った事で、大長編の映画を見終わったかのような気分になっていた。
話に夢中になっていて忘れていた、手元の綿飴を再び口に運ぶ。
この世界の成り立ちを知っても、当然味も触感も変わらない。口当たりはふわふわしていて、噛むとじゅわっと炭酸ジュースの爽やかさが口いっぱいに広がる。
(...これも言うなれば、AIが作った"偽物"なんだよな)
展望台でこの街を眺める前に、自分が感じている物が偽物だったらどうしようと怖がっていた事を思い出した。
この世界は現実ではなく、バーチャルの世界。
人間が作った物でもなく、AIという超常的な存在が作り出した世界。
感じている物は本物だけど、全てが偽物の世界。私はこの世界を、どう受け取るべきなのだろうか。
***
「でも、これは別に悪い歴史という訳ではないんだよ」
「?」
呆然としている私を見て、コトハはフォローをするように話を再開させる。
「AIが人間を超えた...って言っても、AIが人間を支配するような時代にはならなかったんだ。宇宙開発を進めて資源問題を解決させたり、自然災害を予測と対策を完璧にして、けが人どころか街への被害も完全に抑えたり。人類にとって良い存在でしかなかったんだ」
「良かった、良いAIだったんだね」
AIに感情があるのかは分からないから、"良いAI"というのは変な表現かもしれないけれど。
「極めつけはここ、メタバースの『新世界プラットフォーム』。ここなら、現実では到底出来ない体験も出来る。生まれた場所や境遇に縛られないで好きな所で生きられるし、望めば好きな物がなんだって手に入る」
話を聞いて、改めて街中を見渡す。
メルヘン地区は人が行き交い賑わっている。魔法の箒で店と店の間を通り抜ける人,綿飴を食べる歩きしている人......皆が思い思いの日常を送っている。
思い返せば、さっきまで歩いてきたファンタジー地区も、スチームパンク地区も、江戸時代地区も、AIが作った世界だからと言って暗い顔をしている人は居なかった。昔と変わらないかそれ以上に、平和で幸せな日常が続いている。
そんな理想郷を背景に、話の締めくくりの言葉をコトハが綴る。
「AIによって、人間が文明を発達させる時代は終わったけれど...でも、間違いなくこれはハッピーエンドと言える終わり方だよ」
AIによる支配も無いし、感情を強制されている訳でもない。
SF世界のような”終末論”はここには無かったし、恐らく考えうる中で一番最高な人類史の終わり方だ。その事実に、間違いは無い。
...それでも1つだけ、見過ごせない事が残っていた。
「コトハはこの世界、好きじゃないの?」
無意識に、けれど確信を持ってコトハに質問をする。
人類が手に入れた理想郷の話。素敵な話な筈なのに、それを語るコトハの顔には、この街を私に見せてくれた時のような、無邪気な子供のような感情が感じ取れなかった。
「...気を遣わせてごめん。こころには、私なんか気にせず未来の世界を楽しんで貰いたかったんだけどな」
「ううん、こちらこそごめんね。でも、コトハの事をもっと知りたくって」
コトハがAIの話に入る前に言い淀んでいたのは、私に自分の気持ちを悟らせたくなかったから。それなら私は、例えコトハの気持ちに気付いてしまったとしても、指摘をするべきでは無かったかもしれない。
それでも、この世界を楽しみたいという気持ち以上に、コトハの事を好きな気持ち,そしてコトハの事をもっと知りたいという気持ちが強かった。
そんな私に押されたからか、はたまたここで話を終えると逆に悪いと思ったからか、コトハは改めて言葉を続ける。
「...この街の事は好き。それは嘘じゃない本心だよ」
「うん」
「でも、好きだからこそ...それを作るのは人間であって欲しかった。贅沢を言うなら私も作る過程を見たかったし、作る一員でありたかったんだ」
「あ...」
コトハは小説家であり、クリエイター。つまり、物を作る人間だ。
そんなコトハにとって『全てがある世界』とは、『新しい物を生み出せない世界』とも言いなおす事が出来る。
理想郷とは、クリエイターにとっては開発されつくした不毛の大地なのだ。
「私が小説を書く為にパソコンを使っていたのもそう。AIがこの世界を作り上げてしまう前...時代を開拓していた頃の人類に憧れを持っていて、それで当時の人たちの物を使ってるんだ」
ファンタジー地区の人達やメルヘン地区の人達は、その人達が望んでいるからこそその街や世界観で生活をしている。
コトハも2020年代に憧れを持っていたからこそ、『2020年代地区』で生活をしていたんだ。
「ねえ、こころ。私はずっと気になってたんだ。2020年代の人がこの時代を見たら、どう思うんだろうって」
コトハは努めて丁寧に話を続けている。けれど声や態度の節々から、段々と余裕は失われていた。
そして、淡々と、けれどどこか縋るように、コトハは私に根源的な疑問を投げかける。
「...こころはこの世界の事、どう思った?」
記憶を無くして辿り着いた時代は、人類史の終わりに残った後日譚の時代。
そこは全てが手に入る最高の理想郷でもあり、AIによって作られた借り物の理想郷でもあった。
...この時代は、私の目にどんな風に映っていた?
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