東京13番サーバー②
少し年季の入ったエレベーターに乗り、展望台の上へと運ばれる。
外の見えない狭い空間の中で、上昇に伴う浮遊感だけを感じていた。
「この時代について知りたいなら、実際に見た方が分かりやすいと思う」
そう言われるがままにコトハの家を後にして、歩いて5分程の場所にある展望台を訪れていた。
頼れる物も記憶も無い状態で、ここが未来の世界だと告げられて、不安の気持ちでいっぱいだ...
(ううん。そうじゃない)
エレベーターの鉄製の扉を眺めながら、私がこの時代で目覚めた直後の記憶を思い返す。その時は今以上に記憶を思い出せない状態だったけれど、知らない部屋の扉を開ける事に迷いもしなかった。
今の私は、何もないから怖い訳でもなく、ここが私の過ごしていた時代ではない事が怖い訳でもない。
私が今持っている数少ない物ですらも、偽物なんじゃないかと思えてしまう事が怖いのだ。
「こころ、大丈夫?」
「...うん。平気だよ」
戸惑う私の心にお構いなく、ガタンと大きな音が響きエレベーターが目的地へと到達する。
展望エリアへと向かうコトハを追いかけようとするけれど、足が竦む。
けれど足が止まったのはほんの一瞬で、気づけばコトハを追いかけていた。
この一歩を踏み出せたのは、きっとコトハが前にいてくれたからだと思う。
進んだ先に見えた景色は、灰色でも白色の世界でもない。1色ではとても表せないような、虹色の世界だった。
右を見ればファンタジーの世界。中世ヨーロッパ風の市場が広がっていて、中央には大きなドラゴンの像が建てられている。
その奥側には、地区全体が1つの要塞のように見える、スチームパンクの堅牢な世界がそびえ立っていた。
左を見れば、区間全体が鋼鉄で固められた、近未来的な青白い地区が見える。かと思えば、その隣には江戸時代の地区が広がっていて、満開の桜が街を彩っているのが見える。
全く異なる色とりどりの世界観が街の区間として集められ、パッチワークのように1つの大きな街として存在している。
私が考えていた未来の景色とは全然違う世界。けれど、そんなちっぽけな妄想よりもずっと面白そうな世界だった。
「未来の世界はどう?楽しそうでしょ」
「...うん、すっごく!」
先が見えない不安なんて既にどこかに消え去っていた。
ファンタジー風の街で魔法使いの魔法を見てみたい。近未来風の街で空飛ぶ車に乗ってみたい。心は既に、目の前に広がる理想郷の事でいっぱいだった。
「気に入ってもらえて良かった。まとまりは無くってゴチャゴチャはしてるけれど...それでも私のお気に入りの景色なんだ」
そう告げるコトハの顔は、好きな物を友達に伝えて回る時の子供のようだった。
コトハは落ち着いた服装と丁寧な口調から、おとなしめの子という印象が強かった。けれど、好きな物に嘘を吐かない姿を見ていると、コトハは生粋のクリエイター側の人間なんだろうなと感じられた。
「ふふふ」
「?…行きたい場所があるなら、今から行ってみる?」
「良いの?行こ行こ!最初はファンタジーっぽいエリアで魔法を見学するか、それとも未来風のエリアで空飛ぶ車に乗るか…どれからが良いかな…」
いざ行ってみようと考えると、選択肢が多すぎてどこから行こうか悩ましくなってくる。贅沢な悩みだ。
「時間は沢山あるし、そこまで急がなくても大丈夫だよ。...でも、決めきれないなら」
コトハはそう言いながらスマホを操作すると、展望台の外に大きな浮遊物が現れる。
「いっその事、空飛ぶ車でファンタジー地区に行ってみるのはどう?」
***
空飛ぶ車に揺られながら、窓の外の景色をゆっくりと眺める。
コトハも私もハンドルは握っておらず、完全に自動運転で目的地へと向かっているようだ。
「ねえ、コトハ。この時代について、色々教えて欲しいな」
「うん、分かった。2020年頃から世界事情は大きく変わってるから、ゆっくり説明していくね」
座席に座って少し冷静さを取り戻してくると、この時代がどんなものか気になってくる。どんな仕組みで動いているのか,そしてどんな歴史を通ってここまで来たのか。
今の私ならどんな現実だって受け入れられる気がしていていたので、未来の話を聞く事に躊躇いは無かった。
「まずは...この世界がバーチャル世界って所からかな。所謂、『メタバース』って呼ばれている物だね。確か、こころがいた時代で特に広まった言葉だから、こころももしかしたら知ってるかな」
「うん、知ってるよ。VRのゴーグルを被ったりして行ける、コンピュータで作られた世界の事だよね」
「そうそう」
この街はファンタジー要素から仕組みの分からない科学要素まで、あらゆる非現実的な要素を詰め込んだゲームのような世界だ。確かに、メタバースと言われたら色々と納得ができ...
「ここ、現実じゃないの!!?」
「うわびっくりした」
流石に納得出来る訳が無く、狭い車内でついつい大声を出してツッコミをしてしまった。
...この街の様相は、私の常識を遥かに超えている。
けれど、私が五感で感じ取っているこの世界は、紛れも無い現実の物だと信じて疑っていなかった。それ程までにこの世界は、精巧に作られている。
「ここは『新世界プラットフォーム』って言うメタバースアプリ上の世界なんだよ。昔のVRと違って、五感全てが人間の知覚能力を超えた精度で提供されてるし、フルダイブ式だからログインする為の広い空間も必要ない。言わば現実の完全な上位互換だから、人類の大多数はこっちで生活をしているんだ」
「そ、そうなんだ...」
「まあ、そんなありがちな話は置いておいて。メタバースの真骨頂はここからだよ」
コトハが指差した前方方向に視線を向ける。すると、いつの間にか目的地のファンタジー地区に到着していた事に気が付く。空飛ぶ車は滑らかに速度を落とし、区間の外れへと着陸する。
「凄い、本物のファンタジー世界だ...!!」
車から降りて街を見渡すと、個性豊かな種族の人達が市場を行き交っていた。
黒い帽子を被った魔女が屋台で薬草を品定めしていたり、くま耳の獣人が両手いっぱいに食材を抱えて歩いている。
ゲームやアニメのような世界観で、尚且つ現実ではないバーチャルな世界。けれど、"実在する生活感"が確かにここには存在していた。
「この地区は
「わ、ブラックホールみたい」
市場の先を見ると、青黒い渦巻のような見た目をした物体...ゲートが鎮座しているのが見えた。
ゲートの先は暗くて見えず、飛び込むのは勇気が要りそうだ。けれど、街の人は特に怖がる様子も無く飛び込んでいくし、ゲートの先からもファンタジー世界の住人が飛び出してくるのが見える。
「今私達が居るこの
「なるほど。それじゃあ、この地区みたいなファンタジーな世界も沢山あるし、別の世界観を持った世界もある...って事かな。例えば、全部がお菓子で出来た
「うん。そんな認識であってるよ」
「良かった、当たってた」
コトハから
昔は人類みんなが1つの世界を共有していて、1つのルールの元に各々の生活を送っていた。けれどこの時代では、世界やその理すらも1つではなくなっている。
「おっと、ごめんよ」
「わ、ごめんなさい!」
市場を見る事に夢中になっていると、武器屋から出てくる人とぶつかりそうになってしまう。
かなり大柄な人...というか、全身が鱗に覆われたリザードマンだった。
よく見ると、服の下にぐるぐると包帯を巻き付けている事に気が付く。
「怪我、大丈夫ですか?」
「これか?もうほぼ治ってるから、気にしなくていーよ」
気にしなくてもいいと言われても、大怪我を見慣れていない21世紀人としては心配の気持ちが消えず、おろおろとしていた。
そんな私を見てか、リザードマンは子供をあやすように冒険譚を語り始める。
「この傷は2週間くらい前に、狼型のモンスターにやられた傷でね。鋭い牙でがぶっとやられたのさ」
「ひえ...よくご無事で...」
「怪我自体はポーションがあればすぐ治るんだけどさ。やっぱ負けたら悔しいだろ?だから、この街に来たのさ」
そう言いながらリザードマンは店の方を親指で指さすと、店内から侍と魔法少女が現れる。
2人ともファンタジー世界の住人という雰囲気ではない。恐らく『東京13番サーバー』内にある別の地区の人達だろう。
「そこの侍に剣の使い方を教わって、嬢ちゃんからは魔法を使った戦闘術を教わった。それでまた、狼野郎に再挑戦するって話よ」
自分に大ケガを負わせたモンスターに再び挑む。けれど、リザードマンの目に恐怖はなく、寧ろ早く戦いたくてうずうずしているような目だった。
「そんな訳で、今の俺はリベンジに燃えてるのさ。だから何というか...気にしなくていいぞ!」
話の落としどころを考えていなかったのか、ぎこちない笑顔で少し強引に話が締められる。
けれど、前向きに頑張ろうとしているリザードマンさんに、これ以上心配の目を向けるのも却って失礼にあたるだろう。
「お話、ありがとうざいました。リベンジ、頑張ってください!」
「おうよ!」
ゲートに向かう3人を見送りながら、この時代の在り方について考える。
私が飛び越えた180年の間で、すっかり変わってしまった人々の価値観。これを言葉にするならば...
「『世界の多様性』、か」
私の時代では1つだった世界。この時代のでは世界が幾つにも分かれ、人が行き来し複雑に混ざり合っている。
メタバースでは、自分が生きる世界すらも自在に選べて、渡り歩けられるのだ。
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