東京13番サーバー④

「良い時代になったなって思ったよ」


 2020年の人間から見て、AIが作り上げた未来の世界をどう思ったか。

 私は考える時間も左程使わず、この返答が自然と声に出ていた。


「そっか、そうなんだ」


 私がすぐに答えたからか、あるいは想定外の返答だったからか、コトハは少し驚いたような声でそう呟いた。

 コトハは下を向いていて表情はよく見えないけれど、きっと意外という感情だけではなく、失望の気持ちも含んでいたと思う。


「ごめん。無責任な言葉だったかも」

「…ううん、大丈夫。続けて」


 技術の進歩は、当然人類に大きな恩恵を与えてくれるものだ。けれどそれは利益という一面性だけでなく、同時に何かを失わせる物でもある。

 交通手段は物を作る人の顔を忘れさせ、工業化は物の希少性を失わせ、遠隔通信は物理的なコミュニケーションを失わせた。

 この180年間、AIの進歩で人類が失ったものが何なのか、そしてコトハがこの時代で得られなかった物が何なのか、私はきっとまだ本質的には分からないでいる。


 それでも、この時代に残っている物も確かにある。

 この街を観て回ってそう感じたからこそ、私は自信を持って話を続ける事が出来た。


「最初にこの街...ファンタジー地区に降り立った時、活気に溢れてるなって思ったんだ。もちろんそれはファンタジー地区だけじゃなくって、他の地区も、このメルヘン地区も同じ」

「うん...それは、私もそう思う」

「『活気に溢れてる』って話すと単純な事に聞こえるけど、それって実は凄く複雑なものだと思うんだ。そこにいる人達がただ幸せなだけだときっと駄目で、皆がそれぞれの理想の未来に向かって歩いている事が大事なんだと思う」


 出会った人の顔を思い浮かべる。誰もが楽しそうに過ごしていたけれど、全てが満たされているような顔ではなかった。


「リザードマンの冒険家さんは闘志に燃えていたけれど、自分を負かしたモンスターへの怒りも確かにあったと思う。綿飴屋の店員さんは楽しそうに綿飴を作っていたけれど、一筋縄では行かない商売に四苦八苦している様子だった。...私が出会った人達は、誰もが満たされている訳じゃなかった。けれど、今よりもっと良い未来になる為に前を向いて、自ら困難に立ち向かっていた」


 与えられた幸せでは人間が満足できない。だから人間は、自分の足で幸せを掴み取りに行く。


「私が居た時代から、世界の仕組みは変わっちゃったのかもしれない。この時代にはもう意味なんて無いのかもしれない。でも、この世界が全部嘘だったとしても、人を突き動かす活力は残っている。私は、そう感じたよ」


 バーチャルな世界は、見た目も仕組みも本物ではない。けれどそこには、人を人たらしめる、"人の本質"がある。

 だからこそ私たちは、この世界をもう一つの本物として認識ができるんだ。


「...ごめん。それでも私は信じられない。どれだけ前に進められたとしても、それもAIが出来る事なんだって知っちゃったら、全部が無意味に思えるんだ」


 前に進んでいない私...クリエイターではない私には、きっとコトハの言葉を否定する事は出来ない。それでも。


「...私がこう思えたのは、コトハのおかげなんだよ」

「え?」

「この時代ではAIが全てを作る事が出来て、人間が出来る事はもう残されていないとコトハは信じている。でも、信じていたとしても、コトハは創作から目を背けていなかった」


 帰る場所も記憶も失って、空っぽだった私の心。

 そんな穴を埋めてくれたのが、他でも無いあなただったから。

 貰った大切な物を少しでもコトハに返すために、真っすぐコトハの方を向いて宣言をする。


「私がこの時代で目覚めて初めて見た景色が、コトハが頑張る後ろ姿だったから。だから私は、この時代を最高の時代だって言えるんだよ」


 どんなに恵まれた時代に生まれてきても、この時代にはまだ進むべき先があるんだと信じて、戦い、進み続ける。

 そんな不器用でかっこいいコトハの生き様を、私はどうしようもなく好きになったんだ。


「...作業中の背中を見ただけなのに、大げさだね」


 私の心をぶつけきった。

 生まれてからずっとこの時代と戦い続けているコトハの心には、過去に生きている私の言葉は届ききらないかもしれない。


「そう...なのかな。でも私にとっては、とっても眩しい景色だったんだ」

「そっか。そうだったのなら...嬉しいな」


 それでも、少しだけでも。コトハの気持ちを前向きに動かす事が出来ただろうか。



***



 気が付くと日は傾いていて、街が夕焼け色に染まっていた。

 私達が何処で過ごして何を感じていたとしても、時間は平等に過ぎていく。


「ねえ、こころ。これからどうするかって決めてるの?」


 お互い感情的に話し合って少し気まずい雰囲気が流れていたけれど、その空気を破ったのはコトハの方だった。


「これから?次に何処に行くかって事?」

「ううん。それより先、明日以降の話」

「あ!そういえば全然決めてない!どうしよう!?」


 私はずっと「未来を冒険している過去の時代の人間」として過ごしていた。

 けれど、過去に帰る手立てが無いのであれば、この「未来」は私にっても新しい「今」になるはずだ。




「...ねえ、こころ」

「?どうしたの、改まって」


 コトハは立ち止まり、私の方を真っすぐ見つめて話を続ける。


「旅をしてみない?この世界、『新世界プラットフォーム』を」


 その声色には、私へのただの提案という意味だけではなくて、コトハにとっての決意を感じたような気がした。

 けれど夕日が逆光になっていて、コトハの真意は分からない。


「旅?」

「今日みたいに、知らない世界ワールドに立ち寄って、知らない人に出会ったり、新しい経験をする。そうすれば、こころにとっての"目指したくなる理想"が見つかるんじゃないかな」

「私にとっての...理想」


 帰る過去も進む未来も無い今の私にとって、それはディスプレイの向こうにあるフィクションのような存在。

 でも、もし私にも、手に入れたいと思えるような理想があるならば。きっとこの世界は、もっときらめいて見えるんだろう。


「勿論、記憶を取り戻すのを優先するのならそれも良いと思うし、私も協力する...」

「ううん、大丈夫。もう、決めたよ」


 コトハの話を途中で遮り、今度は私がコトハの方に真っすぐ向き直した。コトハのようになりたいのであれば、この選択は私自身が決めるべきだと思ったから。



 他の誰の言葉でも無い、私の言葉を使って、コトハにお願いをする。


「コトハ。私と一緒に、旅をしてくれませんか?」


 可能性に溢れた虹色の世界で、私の色を見つける旅。

 そんな旅路を、あなたの隣で歩みたいと思った。


「うん。私で良ければ」


 まだ何者でもない私が、目の前に居る憧れの人のようになりたいと願った。

 私の外にある理想の世界を見つける為、私の旅が今始まった。

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