東京13番サーバー①

「ふぅ...」


 作業が一段落したのか、少女がぐいっと伸びをした後、肩をほぐす為に腕をぐるぐると回している。

 恐らく私が来る前から長い間作業をしていたのだろうなとか、長時間のデスクワークで肩が痛そうだなと呑気に考えていたが、ふと冷静になり、今の自分の状況を思い返す。

 知らない家で、謎の機械音声を聞いて目が覚める。ここに来た記憶どころか、自分の名前以外の記憶が一切無い。勿論、目の前の少女がどういった経緯で私をベッドに寝かしたのかも分からない。

 ...この状況下では、この少女に対してどう接するのが正解なんだろう...?

 知り合いのフリをする?不審者でない事をアピールする?すぐ逃げた方が良い?

 今更そんな事を考え始めても、既に遅かった。少女が椅子から立ちあがって振り返った所で、ぴたりと目が合ってしまう。


「っ!!?」


 声にならない小さな悲鳴が少女の口から漏れる。そのまま後退りして椅子へと倒れかかるものの、椅子には座れずそのまま勢いよく床に尻餅を付いていた。


「だ、大丈夫!!?」

「うん。そんなに強く打ってないから...」

「そっか、良かった...でも、驚かせてごめんね」


 起き上がろうとする少女の手を取る。ファーストコンタクトで迷惑をかけてしまい、気まずい空気が流れる。

 しばしの沈黙が続いた後、文学少女がゆっくりと口を開く。


「起きてたんだ。体の調子は大丈夫そう?」

「う、うん。違和感に感じる所は無いし、体調もばっちりだよ。ありがとう」


 元気である事をアピールする為に、あるいは無害である事を証明する為に、両手で小さくガッツポーズをして見せた。

 こちらの体調を気にしてくれている様子を見るに、一旦は『この少女に拉致監禁されている』説は忘れて良さそうだ。...とはいえ内心では変わらず、「この対応で合ってるのかな」という不安は続いていた。


「そっか。それなら良かった。でも、起きた時にすぐに言ってくれれば良かったのに。結構待ったでしょ?」

「うん。でも、凄く集中してそうだったから。邪魔しちゃいけないかなって思ったんだ」


 そう言うと少女はチラッと机の方に目線を向けてから、ぼそっと呟いた。


「...気にしなくてもいいのに」


***


「待たせてごめんね。どうぞ」

「あ、ありがとう」


 ダイニングテーブルの椅子に座って待っていると、少女が麦茶を持ってきてくれた。形の整った氷が2つ入っており、コップを動かすとカランと心地良い音が響く。

 少し飲んでみると、味は至って普通の麦茶だった。けれど、知らず知らずに乾いていた喉が潤い、脳が程よく活性化されていく...ような気がした。


 お茶を飲んで落ち着いた私の姿を見てか、少女は対面の椅子に座り、ゆっくりと話を始める。


「急に知らない家で目覚めて混乱してると思うから、まずは私の自己紹介からした方が良いかな」

「うん、ありがとう。よろしくお願いします」

「私は『言葉ことのはしずく』。『コトハ』って呼ばれる事が多いから、そう呼んで貰えると助かるな」


 改めて目の前の少女...コトハの事を眺めてみる。

 顔つきや体型を見た所、年齢は私と同じく高校生程度だろうか。けれどこちらの事を気遣う優しい表情や、聞き取りやすい落ち着いた声から、見た目以上に大人っぽい印象を受ける。

 短くまとまった黒髪や、部屋着でもシワ一つない整った服装を見ると、正しく文学少女といった出で立ちだった。


「うん。よろしく、コトハ。私は『遊方こころ』。私は『こころ』で良いよ」

「分かった。こちらこそよろしく、こころ。それじゃあ、とりあえず私が知っている事から話すね」


 コトハは一呼吸おいてから、あらましを話し始める。


「今日の朝、出かけようと思って外に出ようと思ったら、玄関の前でこころが寝てたんだ。かなりぐっすり寝てたみたいで、声をかけたりしたけど、全然起きなかったんだ」


 思ってたよりアホな光景だった。

 これだけ聞くと、泥酔して記憶が飛んでる人のように思えてしまう。私は未成年な筈だし流石にそんな事はないよね...?


「身体的にも特に異常は無さそうだったし、私のベッドで寝かせる事にしたんだ。私目線で話すと、そんな経緯」

「そうだったんだ。ご迷惑をおかけしました...」

「ううん、大丈夫。それより___」


 ここまで得た情報をまとめても、記憶を無くす前の私が何者なのか、どんないきさつで記憶を失くしたのかは分からなかった。

 けれどその時はやってくる。遂にコトハの口から、待ち構えていた言葉が発せられた。


「___どうしてこころは私の玄関前で寝てたの?」


 コトハを疑って嘘を吐くか、適当にこの場をごまかして警察に頼るか...色々な選択肢を考えた。

 けれど、正直に話す事にした。創作に真摯に打ち込む姿を見てからというものの、私はコトハの事が好きになっていたし、私もコトハに真摯に接したいと思ったから。


「...ごめん。実は何も思い出せないんだ。どうやってここに来たかだけじゃなくて、私自身の事も、今まで過ごしてきた思い出も。名前を憶えていたのは、目覚めた時にたまたま聞いた機械音声が、私の名前を教えてくれたからなんだ」


 私が現段階で知っている情報を、隠さず全てコトハに打ち明けた。

 話を終えて恐る恐る顔を上げてみると、コトハは目を丸くして驚いていた。


 ...冷静になって考えてみると、私の話はかなり突飛過ぎるし、嘘っぽい。

 コトハからすると、かなり危ない人として感じられただろう。


「...ごめん。凄く変な事を言ってるよね」

「ううん。大丈夫。びっくりはしたけれど、嘘は吐いてなさそうだし。信じるよ」

「あ、ありがとう...!」


 多少強引だったものの、信じてもらえたようだった。コトハは逆にちょっと怖くなるレベルで聖人なのかもしれない。


「それに、こころが自分で思っている程、厄介な状況では無いかもしれないよ」

「え、そうなの?」

「これまでの会話で、こころはしっかりと受け答えが出来ている。しかも、自分の名前を聞いた時に、それを自分の名前だって確信を持つ事が出来たんだよね」

「それは、まあ、確かに?」

「なら、こころの記憶にまつわる何かがあれば、それがきっかけで色々と思い出せるんじゃないかな」

「あ、確かに...!」


 思い返せばこの短時間の間でも、過去の記憶が思い出された出来事が何回かあった。

 コトハの作業姿を見た時、学校で見た誰かの作業姿を思い出した。コトハの年齢を『私と同じ高校生程度』と考えたのも、自分が高校生であると確信を持っていたからだ。


「今思い返せる中で、きっかけになりそうな物はある?些細な事でも、ヒントになるかも」

「うーん...そうだなぁ...」


 思い出した学校での一幕の記憶はあるものの、具体的な学校の風景は思い出せないから、学校を特定するヒントにはならなさそう。

 学校というワードより気に止まり、尚且つ私という人格に関連が深そうな物...


「そういえば、パソコンは良く使ってたかも。廊下からコトハのキーボードのタイプ音を聴いただけで、それが何の音かって何となく気づけたし、聴いていてちょっと懐かしなって思ったし」

「なるほど。PCを使って、文字を沢山打つ事に馴染みがあった...それなら、私みたいに小説を書いていたり、プログラミングをやっていたりしたのかな。それか、PCを良く使う人が身近にいたか」

「今の時代、基本みんなスマホだからね...我ながら、かなり絞れそうなヒントだったかな」


 その言葉を聞いたコトハはハッとした表情になる。

 私は何気なくつぶやいただけだった。けれどそれは、コトハにとっては大きな手掛かりのようだった。


「周りの人はスマホ使っている人が多かったの?」

「うん。そうだった...んじゃないかな。持ってない人の方が少数派じゃない?」

「なるほど、それなら___」


 私達が言葉に出来るのは事実のほんの一部分だけで、その他の部分は各々が持つ"常識"が補ってくれている。だからこそ私達は、言葉を使ってコミュニケーションを成立させる事が出来ている。

 けれど、相手が自分と違う"常識"を持っていたと気づいたその時から、コミュニケーションの前提は崩れ、言葉は意味を失っていく。


「___東京第2サーバーの人って可能性が高そうだね。運営直下のサーバーの中で考えるなら、同じ東京サーバーだと、5番と7番も候補に入るし...今いる13番サーバーも十分ありそうかな」


 聞いた事の無い不思議な文字列達が並ぶ。

 コトハはふざけている様子も無いし、ゲームの話をしている様子も無さそうだ。


「...え?」

「民間サーバーで考えるなら...日本を模したワールドは沢山あるけれど、21世紀頃だけをモチーフにしたワールドってあったかな...?調べてみよう」

「ちょ、ちょっと待って!」


 コトハは真面目に、コトハにとっての常識を話しているだけ。だからこそ、話が噛み合わない今の状態がとても気持ち悪く感じられた。


「ごめん、駆け足に話しちゃったね。まとめると、21世紀を再現したワールドの中に、こころが過ごしていたワールドがあるんじゃないかなって事」

「う、うん。ありがとう。でも、日本語が分かっても、ちょっと理解できない事が多くって。1つ1つ確認させて」


 そう言うと、コトハは黙って頷いて、私の話を静かに聞いてくれた。


「まず、東京サーバーって何?ゲームの話?」

「ううん。私たちが今いる、の話」

「スマホを使う人が身近に居たかって、そんなに重要?」

「うん。、持っている人も限られてるよ」

「変な言い方だね。だって、それじゃあ...」


 記憶の大部分を失っていた私でも、当たり前に所持していて、無意識でも確実に頼りにしていた私の"常識"。

 その"常識"が間違っているだなんて信じたくなくて、コトハに気のせいだと言ってもらいたくて、その"常識"を口に出して確認する。


「...そんな言い方だと、今が2020年代じゃないみたいじゃん」

「......なるほど、そういう事...」


 常識の歪みを否定して欲しい私の気持ちとは裏腹に、コトハは事のあらましに合点が行ってしまったらしい。


「こころ、落ち着いて聞いてね」


 信じるものなど儚いものだと言わんばかりに、外の世界は私を置いて変わってしまう。

 私の中にあったちっぽけな世界が潰れて歪み、私の物語は再び始まった。


「今は西暦2200年。こころが覚えている時代の、180年後の未来の世界なんだ」

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