第9話 ノクターン

 期末試験が終わり、夏休みが控えていた。

 MJとの仲はぎくしゃくとしたままだった。

 KHの騒動や成績が上がった事で、幾らかは挽回したが以前とは程遠かった。


 ダジャレを投げかける事も無くなり、増してや、何かにかこつけて後ろの席を見る事も減っていた。


 言わば、拷問とも呼べる毎日だった。

 直ぐ後ろに、美しくかぐわしい花が咲いて居るのに見る事が出来ないのだから~。

 出来る事と言えば、大きく息を吸ってMJの香りを取り込むことくらいだ。

 幾ら近距離に居ても、それは叶わぬことであった。


 次の一手を打てぬまま夏休みに入ってしまった。



 夏休み中、部活とアルバイト以外で何をして居たのか余り覚えて居ない。

 ただ、一目だけでもとテニスコートの周りをうろついたり、ふらふら~とMJの家の近所に立ち寄ったりしていた様に思う。


 MJの家からピアノの音が聞こえてきた事も有った。

 音楽の素養が無い僕にはそれがなんと言う曲か分からなかったが、街の雑踏から離れた湖畔の近くの小さな家から漏れ聞こえて来そうな感じがして居た。



 かくして、勝負は二学期に持ち越された。


 二学期そうそう、俄然勉強に打ち込んだ。

 今の所、MJに近づけるのはそれだけだった。


 生まれて初めて家での予習を試みた。

 母親が眼を丸くして驚くことも屡々(しばしば)あった。

 いや、却って心配して居たのかも知れない。


 可笑しなもので、自分流の勉強の仕方を一つ覚えてしまえば、各教科にもそれが応用できる事を知った。


 小テストの度にMJに控えめのドヤ顔を見せる回数が増えて行くと、次第に成績が上がり始めた。

 これには担任のトラも目を見張った様である。

 


 それとは別で、幸いが向こうからやって来た。


 体育祭、二年生はフォークダンスを披露するのが恒例であった。


 その練習が始まった。


 男女がペアになって大きな輪を作る。

 初めはなんだかんだと、あちこちでざわめきが後を絶たなかった。


 その度に、ハンドマイクからお叱りの声がグランドに流れた。


 残念な事が判明した。

 それは僕の身長が原因だった。

 用意、ドンの位置を決めるには身長がモノを言った。

 従って、僕の位置からMJまではかなり離れていた。

 ダンスを踊るに連れてペアが変わって行くのだが、MJまで後もう少しと云う所でハンドマイクから、


『は~い、元の位置に戻って』


とつれない声が発せらる。


 どう考えても、僕が憧れのMJの手をしっかり握れるのは運動会の本番だけだ。

 

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