第9話 竜の炎石と砂漠の豆②
僕の名前はフォルカ。
ここ北の森の奥深くで、小さなカフェ『
異形の頭を持つ魔人だ。
今、僕は、世界的な建築の権威であるドワーフのヴィーリ親方と焦土の魔女の二人が作り上げた、高性能のコーヒー焙煎機の前に立っている。
いよいよ僕は、西の砂漠のコーヒー豆を焙煎する。
保管庫から豆を持ち出し、焙煎小屋にやってきた。
先ほどと同様に焙煎機に火を入れる。
火竜の炎石が輝き、温度が上がっていく。
今回は浅煎りにするため開始の温度は低めの120℃。
余熱が終わったところで豆を焙煎機に投入する。
ここまでは前回と同じだった。
焙煎が初めってすぐの事だ。なにも弄っていないのに急に炎石が赤く輝き、炉の中で赤く加賀が焼く魔素が渦を巻いた。
しかし温度は変わらず120℃、そのまま予定通りの上昇の仕方をしている。
「・・・石の魔素と豆の魔素が踊っている?」
赤く輝く魔素に包まれ、豆がゆっくりと回りながら焙煎されていく。
そのまま、一爆ぜが始まる。
頃合いだ。
豆を一気に取り出し、広げながら冷ましていく。
程よいミディアムローストに仕上がった。
ただ、どうにもおかしい。
豆が赤く輝いている。
輝きは豆が覚めるとともに落ち着いていくけど、時折、オーブ状の光の塊がふわふわと立ち上ったりしている。
さっきのハウスブレンドのときも、多少の魔素の輝きがあったけど、こんなに激しい事になるとは思ってもみなかった。
出来上がった豆を瓶に移し、店内に戻る。
その豆を見て、ミリアが驚いた。
「なにその豆。どうしたらそんなことになるの?」
「いやあ、僕にもわからないんだけど、急に石の魔素が溢れてさ・・・」
彼女に経緯を話す。
「魔素と豆が踊る・・・?そんなことが・・・でも実際に・・・」と考え込んでしまった。
「なんだかわからんが、その豆を焙煎するために新型の焙煎機を作ったんじゃろ?
ならまずは味わってみてはどうかの?」
「そうですね。まずはコーヒー飲んでみましょうか」
そう言ってコーヒーの準備を始める。
豆を挽くんだけど、手応えは深煎りの豆よりも若干硬い。
ガリガリという手応えと共に、輝く魔素が火花の様に飛び散り始める。
熱くはないけど、ハウスブレンドに比べて桁違いに激しいのでかなり怖い。
ゆっくりお湯を注ぐと、もこもこと粉がふくれあがる。
店内に甘くスパイシーな香りが広がる。
抽出が終わり、深い赤褐色のコーヒーがカップに注がれる。
一口飲んでみると、酸味と苦味の奥に、火竜の息吹のような熱い余韻が広がった。
「これは…普通のコーヒーではなくなってしまったね」
このコーヒーは確かに美味しい。
それこそ頭ひとつ飛び出ている。
ただ、それだけに、気軽に飲んでもらえるような味ではなくなってしまった。
何かの記念の際にでも使う事にしようか。
例えば、新しい焙煎機が出来上がった今日とか。
コーヒーの出来と焙煎機の性能に満足して、それぞれコーヒーの味を楽しんでいると、カラカラとドアベルが音を立てて新らしいお客さんを知らせてきた。
灰色のローブをまとった旅人で、フードの下から金色の瞳が覗いている。
「いらっしゃいませ。お好きなお席にお座り下さい」
僕が声をかけると、彼女は静かに頷き、窓際の席に着き、低くよく響く声で言った。
「何か温かい飲み物をいただけるかしら」
僕は少し考えて、この新しいコーヒー豆を進めてみようと思った。
「ちょうど、試作したばかりのコーヒー豆がございます。コーヒーが苦手でなければ、おためしになりませんか?」
彼女は「ではそれを」と静かに頷いた。
それから豆を挽きコーヒーを淹れる。
その間、彼女は興味深そうに、じっと僕の作業を見つめていた。
芳しい香りと共にコーヒーがはいる。
「お待たせしました。本日のコーヒーです。今日は珍しい西の砂漠産の豆を、浅煎りでお出ししております」
彼女はカップを受け取り、香りを確かめるように鼻を近づける。
一口飲んだ後、目を閉じて小さく息をついた。
「この味…面白いわ。火竜の魔力が感じられるわね」
僕は少し驚いて彼女を見た。
「おわかりになるのですか?」
彼女はまた一口コーヒーを飲み、その金の瞳を細めコーヒーが、なにか愛しいもののように見つめながら語り始めた。
「かつて西方の砂漠は、今よりももっと小さく緑に囲まれていたの。
そこには、今は砂に埋もれてしまった、神々が住まう奇岩の都市があったと伝えられている」
ゆらゆらと揺れ、店内の光を受けるコーヒーを見つめながら、彼女はさらに語る。
「その神々は、魔法に長け、自然を友にし、竜すら使役したと言われている。
そして、私はその神々の末裔の一族」
彼女はまたコーヒーを一口飲み、味を確かめるようにゆっくりと飲み下す。
「ここしばらく、この森のどかから火竜の魔力を感じていたのよ。
火竜の生息域ではないこの森で何故と面白い、この森を調べていたの。
そして今日、一際強い魔力を感じて、その方向に向かってみると、ここに行き着いたの。
驚いた事に、火竜の魔力は小さな小屋とカフェの看板を掲げたこの建物から感じるじゃない」
竜種の魔力は不思議と懐かしさを感じてしまうのよねと、彼女が誰とはなく呟く。
「このコーヒー、火竜の魔力が溢れているわ。
火竜の生息域の西の砂漠。
その土地で作られたコーヒー豆。
親和性が高いのも分からない話ではないわ。
焙煎には火竜の素材が使われているわね?」
鋭い指摘に僕は頷く。
「ご明察です。彼らに依頼して、火竜の炎石を焙煎の熱源として使いました」
彼女は驚きと呆れた顔をして、カウンターのミリアと親方を見る。
「竜種の持つ魔素の量は膨大よ。それがどんなに小さな鱗の欠片であってもね。
ましてや、その炎の源から生まれた炎石をコーヒーの焙煎に使うなんて・・・」
どんな奇天烈な頭してたら、そんな発想になるのかしら…と僕を見あげてくる。
「ああ、奇天烈な頭していたわね。
ちょっと納得したわ」
彼女がクスクスと笑う。
この異形頭を怖らがられたり驚かれした事はあるけど、イジられた事は初めてかもしれない。
何故かミリアが不機嫌そうにこっちを見ている。
「竜のような強大な魔物から放たれる魔素が吹き溜まるって、ある条件が揃うと、オブジェクトヘッド。そうちょうど貴方のような魔人が生まれることがあるわ」
じっと見つめる彼女の言葉にドキリとする。
「当然だけど、魔人は誕生の素になった影響を受けやすいわ。
君の頭…黒い縄の塊・・・」
彼女は何かを思い出すように目を閉じた。
「縄とは、境界を分かつもの。それはテリトリーや領域の明示・・・」
「領域ですか?」
「そう、それが神の住まう場所やあの世とこの世。人の手が及ばざる世界であってもね」
「そして、領域を分かつ縄の起源は、絡み合う二匹の蛇とも言われている。
蛇は不死、再生の象徴。そして毒、力の象徴でもある」
あなたの素になった力は、とても風変わりな物なのかもしれないわね。と彼女が笑い、コーヒーを飲み始めた。
もうこの話は終わりという事らしい。
僕は彼女の傍を辞するとカウンターに戻った。
言葉を失ったようにじっと考え込む。
「あの女なんなの」
とミリアがブツブツと言っている。
確かに何なのだろうか。
僕の起源についてはあまり考えないようにしてきた。ここに店を持つ前、うんざりした日々を過ごしてきたけど、自分が何に由来するのかなど考える事もなかったし、興味すら湧かなかった。
でも、彼女の言葉は何か深い部分に訴えかけるものがあり。
僕の中に義務感にも似た少しの焦燥が生まれたように感じる。
「コーヒー、美味しかったわ」
彼女はそう言って立ち上がり、何事も無かったかのように店を出て行った。
僕は空のカップを見つめながら思う。
僕は何なのだろうか。僕の起源とは。
もしそれが火竜のような存在だったなら?
火竜は荒々しく、炎をまき散らす存在だ。いまのようにのんびりとコーヒーを淹れるなんて生活に辿りつくことなどできなかったかもしれない。
このコーヒーを淹れているとき、僕はただ静かに、丁寧に豆と向き合っていた。
「僕の起源か・・・・それが何であれ風変わりな性質のなにかだったんだろうね・・・」
カウンターの向こうで「フォルカが変わってるのなんて、今に始まったことじゃないじゃない」とミリアが苦笑する。
それはちょっと心外ではあるけども、いまこうして色々なお客さんと過ごせる毎日を送れているのなら、風変わりな起源で良かったのかもしれない。
ふと窓の外に目をやると、新しくできた焙煎機を設置した焙煎小屋が見える。
ヴィーリ親方とミリアの協力で生まれたこの機械は、人が行き交うこの縄束亭の象徴といえるものだ。
僕が作った店の象徴が人の繋がりの帰結であるなら、僕もまたそう在りたいと思う。
「さて、今度はどんなお客様がいらっしゃるのかな」
僕はそう呟きながら、カウンターのコーヒー器具を磨き始めた。
北の森の奥深く、縄束亭の穏やかな日常はまだまだ続く。
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