第5話 解答乱麻

僕の名前はフォルカ。

ここ北の森の奥深くで、小さなカフェ『縄束亭ロープ・バンチ』を営んでいる。

普通の店主の様な自己紹介をしたけど、僕の頭は黒い縄を何重にも巻き付けたような奇怪な頭をしている、異形頭オブジェクトヘッドだ。


ようやく厳しい冬が終わりを告げ、暖かい風と共に柔らかな緑が芽吹く季節になった。


今日は新メニューの試食をミリアとカイルにお願いしてある。

クリスタル製の小ぶりな器を二人の前に置いていく。

細かい細工が施された透明な器には、台形の白い物体がフルフルと揺れている。


「これはミルクプリン。岩山に生息するモンスター、ロックゴートのミルクに砂糖を加えてゼラチンで固めてある。

ほのかにバニラの香りをつけてあるから、そのまま食べてもいいし、好みで、添えてあるカラメルソースをかけて食べてみてほしい。」


説明を聞きながらカウンターに座るミリアがふんふんと頷く。

彼女がスプーンで一口すくい、口に含む。


「優しい甘さで、ぷるんとした食感も美味しい」と呟いてそのまま無言で食べ進めていく。気に入ってくれたようだ。

ミリアの横に座るカイルも試食してくれているんだけど、今日は試食という事もあって、珍しく人狼の姿になっている。

さっきから一口食べる度に「美味いな」と笑っている。


そう言えば、カイルのこの姿を見るのは久しぶりだ。

いつもの子犬姿には結びつかない、鍛え上げられた肉体的の大柄な人狼になっている。

そのデカイ狼の口に、小さなスプーンでプリンを救う仕草は可愛いやら可笑しいやら。


他にも居合わせたお客さんにも食べてもらったけど、皆の評価は上々のようだ。

良かったと胸を撫で下ろす反面、やはり引っかかる部分はある。

皆が言うように確かにそれなりに美味しく出来上がったと思う。

でも、それはプリンだけ食べた場合だ。

ここはカフェ。

やはり飲み物と一緒に食べる事が多いだろう。

例えばコーヒーやカフェラテに合わせるとなると、どうも物足りないように思えてしまう。

今手に入るロックゴートのミルクでは風味が弱いのだろう。だとしたらもっと濃厚なコクと甘味が欲しい。

その点がメニューへの追加を躊躇ってしまう理由だ。


僕がうんうん悩んでいると、ヴィーリ親方とレザードさんが連れ立て来店した。

保管庫の一件以来、よく二人で会っているようだ。

今日も建築材の魔術的補強がどうとか、二人で話しながら店に入ってきた。


丁度いいので、レザードさんとヴィーリ親方にもプリンの試食をお願いしたら、親方はミルクプリンを一目見て「ワシは甘ったるいのは苦手だわい」と顔をしかめた。

そこでレザードさんが「頭を使う作業に糖分は必要ですよ?」と苦笑しつつ親方の前に置かれた器に手を伸ばした。

それを見た親方が慌てて「食べんとは言っておらんじゃろ!」と自分の器をひったくる。

そのまま、なかば飲み込むようにして全部たべてしまった。


「ほぉ…ん?なかなか悪くないのぅ」


「おかわりはないんか?」と言う親方に、店内が笑いに包まれた。

やはり評価は悪くない。でも、僕の満足には程遠い。

どうしたものかと悩みは解決しないまま、その日訪れたお客さんに試作のミルクプリンを振舞った。



その数日後、とくに来客もなく静かな昼下がりだった時、見慣れない冒険者風の獣人男女が店の扉を開けた。

牛頭人身のミノタウロス族だ。

ミノタウロス族の夫婦の証のお揃いのピアスを着けている。

旦那さんは僕より一回り大きな巨体で、筋肉に覆われた体を鎧で包み、背中に巨大な戦斧を背負ってる。

頭は牛で、水牛みたいな大きな角が生えてる。

奥さんは旦那さんと違い頭は人間の女性だけど、水牛の様な角は旦那さん同様に生えている。

体格は人間の女性と比べると大柄だけど、さすがに僕にくらべると一回り小柄なくらい。

そして、引き締まった体に、ミノタウロス族の女性特有の豊満なバストは、鎧の上からでもその大きさを十分以上に主張している。

夫婦揃って戦士職のようで、奥さんも身長ほどもある長剣を背負ってる。


「いらっしゃいませ。」


と僕がカウンターから声をかけると、僕の方を見た二人がギョッとして一瞬固まる。

あ、最近は常連さんばかりだったから、うっかりしてた。

やっぱり初めての人は、この頭びっくりするよね。


「お二人様ですか?そちらのテーブル席にどうぞ」


務めて明るく声をかけると、二人とも気を取り直したようで席に座った。


「岩塩入りのミルクティはあるか?」


一通り店内を見渡したところで、旦那さんが良く響く低音の声で聞いてきた。

奥さんも「もしあるなら私も同じのがいいわ」と続ける。


「岩塩入りのミルクティーですね。かしこまりました。少々お待ちください。」


と急いで厨房で準備する。

ミルクティーに岩塩を入れる飲み方は、大陸の東方民族の飲み方だ。

確かいつも通り常連さんが僕の代わりに仕入れて来てくれた、同じ地域の茶葉と岩塩があったはず。と、保管庫の棚を探す。

程なくして、油紙に包まれて赤い封がしてある発酵茶葉と、ほんのり赤みがかった岩塩が見つかった。


カウンターに戻り、ミルクパンでロックゴートのミルクをコンロにのせる。

ミルクが沸くまでの間に茶葉の準備だ。

油紙の包みを開くと、ひと塊に固まった茶葉をアイスビックでほぐす。

ミルクが温まったころ合いでほぐした茶葉を入れ、ゆっくりと煮出していく。


数分後、ミルクがふつふつと泡立ってくると、茶葉の香りも立ち上ってくる。


そろそろいい頃合いだ。

出来上がったミルクティーを茶漉で漉しながらティーポットに移し、二人分のカップと共に席へと運ぶ。


「お待たせしました。ミルクティーと岩塩です」


カップをサーブしながら、その横に岩塩と小さなおろし金を添える。


「岩塩はお好みですりおろしてお使いください」


「ごゆっくり」と伝えて僕はカウンターに戻った。


しばらく岩塩をおろす音と僕がミルクティーを淹れた道具を片付ける音だけが店ないを満たしていく。

奥さんがミルクティを一口飲んで「あら、美味しい」と呟いたのが聞こえた。

旦那さんも一口のんで満足げに鼻を鳴らす。


「確かに悪くねえ。悪くねぇが、やはり西のミルクは味が薄いな」と呟いた。


「ミノタウロス族の乳じゃないとあの味は出ないのか…」


「そうかもしれないわね」


と二人の会話が聞こえてきた。

僕が「ミノタウロスの乳ですか?」と聞き返すと、奥さんが口を開いた。


「あら聞こえちゃった?気を悪くしないでちょうだいね。あなたが淹れてくれたお茶が美味しくないって言ってるんじゃないのよ?

ただ、私たちが普段飲んでいるミルクティーはもっとずっとミルクの味が濃いの。」


そう言って腰のポーチから1L程の瓶を取り出した。どう見ても小さなポーチに収まるサイズではないのでマジックポーチなのだろう。

マジックポーチはかなり高価なアイテムなので上級の冒険者かハンターくらいしか持てないアイテムだ。

取り出された瓶の中には白い液体が入っている。これがミノタウロスの乳なのだろう。


「私たちの故郷の特産なの。私はシンシア、彼はアゲロス。ハンター業をしながら行商もしてるの。

『タウロスミルク』って名前で売り出してるんだけど、こっちのミルクに比べて味が濃すぎるみたいで、あまり売れないの」


「ミルクにも好みがあるなんて誤算だったわぁ」とシンシアさんがため息をついた。


アゲロスが便を持ち上げる。


「これがそれだ。俺たちには慣れ親しんだ足だが、こっちのこのみじゃそのまま飲むにはクセが強すぎるらしい」と付け加えた。


その言葉にピンときた。「もしよろしければ、一瓶売っていただけませんか?ちょうど新メニュー用に味が濃いミルクをさがしていたんです」


「そいつぁ願ってもない事だが、いいのかい?本当に濃いぜ?」


そういうアゲロスさんからミノタウロスの乳『タウロスミルク』を受け取る。

グラスに移して一口飲んでみると、二人が言うようにとても濃厚なミルクの味と香りが口いっぱいにひろがった。

確かにこの濃さはこちらのミルクには無いものだ。

いつものミルクだと思って飲んだら面食らうだろう。

僕としてはとても美味しいと思う。そして、このミルクならうまく行きそうな気がする。


「お二人共もしよろしければ、試作にお付き合い頂けませんか?出来れば試作品の味見もお願いしたいのですが。」


僕の言葉に二人とも顔を見合わせる。

アゲロスさんがシンシアさんに「どうする?」という目を向けている。


「あ、すぐこの場で作れますので、お時間は取らせません」


「じゃあ、せっかくだし、ありがたくご相伴にあずからせていただこうかしら」


シンシアさんの一言で話は決まった。

ミルクプリンはカウンターの道具でも作れてしまう。この手軽さも魅力の一つだ。

二人がカウンターの席に移ってきてくれた。


「さて、では、タウロスミルクのコクと甘味を活かして、ミルクプリンを作ります。

今回はゼラチンだけでなくオバケカズラの根から採ったも加えて、滑らかさともっちり感がでるようにしてみます。」


そう言いながら必要な道具と材料を作業台に準備していく。


「まず、ゼラチンを水で10分ほどふやかしておきます。

その間にタウロスミルクを鍋に入れます。あ、まだ火にはかけません。

小さな容器にオバケカズラのでん粉と、鍋からとった同量のミルクを合わせて溶き、鍋のミルクと混ぜ合わせます」


「ちょっといいかしら?一旦ほかの器でミルクと混ぜるのはなぜ?」


「でん粉がダマになるのを防ぐためです。ひと手間ですが、仕上がりの滑らかさが違うんですよ。」


「へぇ知らなかったわ」とシンシアさんが感心してくれた。


「次に鍋を中火にかけて、ヘラで底をゆっくり混ぜながら加熱します。

しばらくは何も変わりませんが、段々ととろみがつき始めます」


「本当だ。底の方からすこしとろみが付いたミルクが浮き上がってきたな」


アゲロスさんが「焦げ付いたりしないのかこれ?」と心配しているけど大丈夫。

ちゃんとかき混ぜ続ければ焦げ付くことはないよ。


「ミルクの温度が70℃を超えたくらい。小さな泡が浮き始めて沸騰する手前で止めます」


そう言って鍋を火からおろす。


「ここにふやかしたゼラチンを加えて溶かし、次に砂糖を入れて混ぜ合わせます。

さらに、ゼラチンも砂糖も溶けたら、温度を下げるためのミルクを少量加えます」


「そのまま冷ますのじゃダメなのかい?」


「それでも良いんですが、熱いまま放っておくと底の部分が余熱で焦げることがあるのと、時間がかかってしまうんです。」


「なるほどぉ、プリンひとつとっても繊細なんだな…」


アゲロスさんもかなり関心してくれている。

さて、ここから最終工程だ。


「最後にザルでミルクを漉してから、容器に流し入れ、1時間ほど冷やし固めます」


普通は冷却魔法がかけてある保管庫か冬場は寒い部屋に置いたりするけど、うちの場合はヴィーリ親方とレザードさんが作ってくれた特別製の保管庫がある。

プリンを冷やすなんて物の数秒で出来てしまう。

一瞬で固まったプリンを見て、二人が言葉を失う。

そうですよねー。この変態性能保管庫には、僕だっていまだに驚くもの。

初めて見る人はそりゃあ驚きますよね。


気を取り直して、冷え固まったプリンを持ってカウンターに戻る。


「さあ、出来上がりましたよ」


と早速二人にプリンを食べてもらう。


二人とも「美味しい」と目を輝かせてくれた。

僕も一口食べる。

見事に濃厚なミルクプリンに仕上がった。

このままメニューに出しても良いくらいの出来だ。

ただ、もう一捻りあった方がいいと思う。


そうだ。


確かこの辺りに…と、食品棚を探す。

あったあった。常連さんのお土産にもらった、煎った豆の粉「きな粉」とサトウキビの汁を煮詰めて固めた「黒糖」だ。

まず黒糖に水を加えて、煮詰めながら溶かす。

少しとろみが出たところで火からおろして、濡れ布巾の上で粗熱を取る。

きな粉をミルクプリンにかけて、さらに煮詰めた黒糖をかける。


シンシアさんが急に動き出した僕に驚いて「なにをするの?」と聞いてきた。


「ちょっとしたダメ押しです。煮詰めた黒糖のシロップで甘さとコクを、豆の粉『きな粉』で香ばしさを足してみました。

どうぞ試して見てください」


と二人に勧めてみた。


二人とも恐る恐る口に運んでいたけど、食べた瞬間目を見開いて驚いた。


「お、美味しい…とっても美味しいわこれ!」


「ああ、さっきのプリンだけもよかったが、更にコクと香りがよくなっている。なんてこった」


結果は大成功だ。

「うぉおお!岩塩入りのミルクティにも合うぞ!」とアゲロスさんがやたら感動してくれている。

そんなに喜んでもらえるとは思わなかった。

でも彼の気持ちもわかる気がする。タウロスミルクの濃厚なコクと甘味がプリンに深みを与え、でん粉のもっちり感と黒蜜の優しい甘さ、きな粉の香ばしさが絶妙だ。

ミルクだけではこんなに深い味わいにはならなかっただろう。


アゲロスさんが「うちのミルクがこんな美味いもんに化けるとは」と驚き、シンシアさんも「そのまま飲むだけじゃなく、お菓子にも使えるのね。今後の行商に活かせるかしら」と喜んでくれた。


僕も期待以上のものが作れて満足だ。


「アゲロスさん、シンシアさん、このタウロスミルクは素晴らしいです。

お陰様で、新メニューが完成しました。

もしよろしければ、追加でタウロスミルクをいくつか買い取らせて頂きたいです」


「そいつぁ有難い限りだ。感謝するぜマスター」


「ええ、ミルクの売り方のヒントも貰えたし、マスターには感謝しかないわ」


お互いの悩みが合致して解決したこの出会いに、店内が温かい笑顔で満たされた。


***********************************************************************************


後日、タウロスミルクのミルクプリンは一気に人気メニューになった。

常連さん達の評判も良く、無事レギュラーメニューに組み込まれることになった。

アゲロスさんとシンシアさんとは定期的にタウロスミルクを届けてもらう契約を取り交わした。

どうやら彼らの行商にも弾みがついたらしい。正式にタウロスミルクの交易路を近くの町まで伸ばす事になったと嬉しそうに話していた。


今日も厨房から漂うミルクプリンの香りが、僕の小さな店に新しい風を吹き込んでいた。


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