第11話 似たもの同士(その1)

「うっは、ちっさ、やっば!」


 カプチーノを見た千咲ちさきの最初の言葉は、これだった。


 お互いに無事MT免許を取得してからも、Lineでちょくちょくやりとりをしていたみどりだったが、「買ったクルマを見せて欲しい」という千咲の要望に応えるべく、休日の市役所の駐車場で待ち合わせをしていたのだが。


「それにしてもこのクルマ、めちゃくちゃ綺麗じゃん。一体いくらしたの?」


「えっと……200万円と、少し」


 おずおずと答える翠に、大きく目を見張る千咲。


「すっごいねぇ、これまた随分と奮発したもんだ……ってまあ、これだけ極上のクルマだったら、それぐらいはするか」


 満面の笑みを浮かべる千咲に「運転席、座ってもいい?」と聞かれ、自らカプチーノの運転席側のドアを開けた翠だったが、千咲が乗ってきたクルマにちらりと目をやって呟くように言った。


「それにしても……千咲さんのクルマもオープンカーなんですね」


 少し離れた場所に停まっている千咲のクルマは白色のナンバー普通車で、まるで白いカエルのような見た目をしていた。偶然とはいえ、千咲も自分と同じようにオープンカーを選ぶとは思わなかった。


 だが、翠のカプチーノとは決定的に違う部分もあった。


 黒い幌は今は畳まれていて、ぱっと見には可愛らしくも思ったが、車の室内にあたるスペースには何やら太いパイプのようなものが、不気味な蛇のようにグネグネとのたうっている。


 翠が今までに見てきた車とは、明らかに違う雰囲気を感じた。


「うん。仕事絡みで知り合ったおっちゃんから、40万で買ったんだ」


 上機嫌でカプチーノのハンドルを触りながら、千咲が答えた。


 翠のカプチーノに比べると少し色あせた感はいなめないが、それでも普通車のオープンカーが40万円で買えたというのは、ちょっとした驚きだ。


「なんてクルマですか、あれ」


「マツダのロードスター。おっちゃんはえぬびーなんとかって言ってたけれど」


 車名を聞いてもまるでピンと来なかった翠だったが、どうしても聞かずにはいられなかった。


「何ていうか、その……何だかすごいクルマ、ですね」


 翠の言葉に、運転席からひょこっと首を出した千咲がニッ、と笑う。


「売主のおっちゃんが、趣味のレースで使っていたクルマらしいんだ。散々乗り倒したし、新しいクルマが欲しくなったから売ってやるって言われてさ」


 レース、と聞いて、翠はふと北岡のことを思い出す。北岡の店に飾ってあった、少し色あせた写真。


「でもさぁ……どうせあっちこっち改造するだろうから、少しでも安いクルマだったらいいやって思って買ったんだけれど、正直今のクルマがどんな状態なのか、いまいち良く分かんないんだよねー」


 そう言って、やや気まずそうに苦笑する千咲。翠は少しの間考えてから、言った。


「あの……もし良かったら、私がクルマを買ったお店に行ってみませんか」


「へっ、何で?」


 不思議そうな顔をする千咲に、翠は苦笑で返す。


「えっと、その……そのお店の店長さんも、昔何かのレースをしていたみたいで」


 ひょっとしたら北岡なら、千咲のクルマの状態を的確に判断してくれるかも知れない。少なくとも中古車屋の看板を掲げた店の店長なのだから。


「えっ? 翠ってこのクルマ、どこかのチューニングショップとかで買ったの?」


「いえ。どこにでもありそうな、街の小さな中古車屋さんですが」


 翠の言葉に思わず拍子抜けしたような顔をした千咲だったが、再び白い歯を見せて笑う。


「ふうん……じゃあ、別にこの後もこれといって予定は無かったし、いっぺんそのお店に行ってみよっか」


 前々から健康的な美人だとは思っていたが、やっぱりこの笑顔が良い――屈託の無い笑みを見せる千咲に、翠はつくづくそう思った。

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